第10話 衣装(3)
あっという間に招待客が正餐室の席を埋めた。食事が済むと遊戯場に移り、卓につかない者は応接間やサロンホールの長椅子で寛ぐ。
主役のオディロンはあちこちに引っ張られていって、挨拶し、酒を飲み、上機嫌のお偉方の前でニコニコと愛想良く過ごしている。
「もう従騎士は決められたので?」
「気が早いことを。先月叙任されたばかりですぞ」
「あっはっは!」
すでにいくつかの樽を開けた男たちは、オディロンが聞いていようがいまいが関係なく、楽しそうに笑い声を上げる。
マティアスはそれとなくオディロンの近くにいて、時折助け舟を出していた。
「疲れない? 少し休もうか」
話が途切れたのを見計らって、給仕に持って来させた水を渡す。
オディロンはそれを飲み干すと、長時間書物を読んだ後のように眉間を揉んだ。
「疲れないと言えば嘘になるが、まあ、大丈夫だ。マチューはすっかり社交が上手くなったな。俺はもう目が回りそうだよ」
「さすがにね、慣れたよ」
マティアスは最近、あちこちの夜会に顔を出している。招待には両親が出席するものだが、すべてに応じるのは難しい。後継の義姉が身重なため、ここでもマティアスに代役が回ってくるのだ。
二人が壁際に並んでいると、また別の客が声をかけてきた。
「お揃いで。騎士の誕生に、盾の誓いと、めでたいことが続きますな」
数人連れ立ってきた彼らは、マティアスもオディロンも子供の頃から見知っている近縁たちだ。
「叔父様方のおかげですよ」
「本当にいつもお世話に。ワインは足りていますか?」
「二人ともすっかり立派になって」
「我々も年を取るはずだ。あんなに小さかったオッド坊やがついに騎士様に」
マティアスの指示で追加のワインを運ばせると、しばし叔父様方は思い出話に花を咲かせた。
まだ生まれたてのオッドは体が弱かったとか、小さい頃のマティアスは母似で可愛かったとか、そんな他愛無い話ばかり。
「昔から仲が良かったが、盾の誓いを決めたのはいつだった?」
「もちろん、出会ったその日に」
オディロンが満面の笑みで言い切った。
二人が出会ったのは、オディロンが八歳、マティアスはまだ五歳の頃だったと聞いている。もちろん、当時は盾の誓いのことすら知らなかった。
叔父様方は大笑いだ。
「そうか出会ったその日から」
「なんだ、それならここじゃないか。あの時も一門を招いての夜会の席だったな」
マティアスは愛想笑いを浮かべながら、内心にひやりとしたものが流れた。
あの時とは、いつのことだろう。
「そうですよ。あの壁の剣で遊んで、父上にこっぴどく叱られた日です」
「覚えてる覚えてる。それを真似したがったマチューが、剣が持ち上がらなくて泣いて」
「そんなこと、ありましたっけ……」
思わず問い返してしまった。
マティアスは五歳の時にオディロンと初めて会った。そこまでは知っているのに、出会った時のことは何故か一切記憶にない。
壁の剣で遊んだことも、初めてオディロンの姿を見た瞬間も、何も覚えていないではないか。
「ああ、マチューは、まだ小さかったかなあ」
「そうだなあ。小さ過ぎて覚えていないか」
「我々も年を取るはずだ」
叔父様方は何事もなかったように会話を続けた。マティアスも、場の空気を濁さぬよう笑みを浮かべ、引きつりそうな口元を隠すためにグラスを傾けた。
「マチューはまだ五歳でしたからね」
オディロンもグラスに残っていたワインを飲み干した。
「俺も自分が五歳だった時のことなんか、ほとんど覚えてませんよ。でもあの日のことは俺がよく覚えているから、何も問題はありません」
そして見せつけるようにマティアスの肩を抱いた。客人たちは嬉しそうに笑う。
「はっはっはっ、結局は惚気られたじゃないか」
「めでたい、めでたい」
「さあ、もう一杯」
目配せを受けた給仕が、すぐに全員分に新しいグラスを渡す。マティアスは慣れた愛想笑いを取り戻して、会話を再開した。
オディロンの機転に助けられ、言葉の内容も嬉しいものだったが、マティアスの胸には小さな曇りが残った。
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