第9話 衣装(2)
家令の衣裳選びは完璧であった。
客人を出迎える玄関ホールに現れたオディロンを見て、マティアスは衣裳選びに対する考えを少しばかり改める。
「こういうヒラヒラしたのは、着慣れないな」
オディロンは鳥の尾羽のような裾を摘まんで苦笑する。後ろだけ布を長く取って足首の近くまで垂らすのは、ここ数年で夜会の定番になった着こなしだ。
明るい青の地のサーコートは脇を大きく開き、中のチュニックが腰帯より下まで見えて、背の高いオディロンをさらにスラリと見せている。
帯はうすい黄色に銀糸の刺繍。流行りの細い帯に明るい色を選んだことで、祝いの席に控えめな華やかさを添えている。
特に足元は素晴らしく、脛をようやく覆う程度の少し短いブーツが、逞しく長い脚にピッタリだ。一見して騎士が履く軍靴と似たような意匠だが、もっと硬い厚地の革が使われていて、脛当ての代わりに同色の綿レースで紋様を貼っている。きっと今日のために仕立てたのだろう。できることなら靴作りには呼んでほしかった。
「すごくよく似合ってるよ。格好いい」
マティアスはうっとりと、オディロンの姿を上から下まで三往復は堪能してから、これ以上ないありきたりな感想を漏らした。
自慢じゃないが詩歌の才はない。率直な言葉しか選べないのが悔やまれるが、本心であった。
「君の衣裳選びなら、参加すればよかった」
「俺も、マチューの服なら選びたいな」
囁き合って、笑い合う。お喋りをしていると、来客を告げるノックに続いて、玄関のドアが大きく開かれた。
「よくぞおいでくださいました」
最初の来客に、家長である義父シャルルがまず声をかける。
「本日はお招きに預かりありがとう存じます」
「新騎士の誕生、お祝い申し上げます」
客人たちの挨拶に、義父の隣のオディロンが深く頭を下げて応えた。客はみな祝いの品を持参していて、召使いから召使いに大荷物が引き渡されていく。
「ジュスタインの奥方も、よくぞいらしてくださいました。お久しぶりにございます」
義父の挨拶に、相手の貴婦人は隙のない優雅なお辞儀を返した。
豊かなブルネットの髪と、中年らしく厚みのある肢体。風格と威厳を感じさせる女性は、ガーランド一門ジュスタイン家の正妻である。自身も伯家と縁のある良家の娘で、フォンフロワドで知らぬ者のいない高名な貴人の一人だ。
「この度は誠におめでとうございます。主人からも、くれぐれも宜しく祝辞を伝えるようにと託されて参りました」
ジュスタイン夫人はマティアスの前で足を止めた。
「マティアス殿。お元気そうで安心しました」
「お久しゅうございます。夫人は今宵ますますお美しく」
マティアスが型通りに頭を下げると、ジュスタイン夫人も手本のような所作で会釈をする。
この人は、マティアスの実父の奥方だ。
「息災で何より。父上もアリエージュの地から、あなたのことを思っていますよ」
夫人は感情を滲ませず、会うたびに同じ内容の言葉をかけてくる。
マティアスはやはり会うたびに、同じように謝辞を述べて、その場限りの親子の交流はすぐに終わる。
「父上様にも宜しくお伝えください。お陰様で、つつがなく暮らしております」
「ええ、もちろん伝えます」
夫人は当世流行の長いスカートを引きずりながら、使用人の案内で屋敷の奥へ進んだ。その姿が見えなくなってから、他の客たちが囁き合う。
「今回もジュスタイン当主はいらっしゃらないか」
「もうずっと任地から帰って来ないな。よほど居心地がいいのか……」
フォンフロワド伯の取り立てで大きくなったガーランド一門は、国王に仕えると同時に、伯爵にも忠誠を誓っている。
故に伯領を守ることを第一としているので、他の任地に長くいるのは大変に珍しいことだった。
夫人と不和で本邸に寄り付かないのだとか、実は伯爵の不況を買って帰れないのだとか、様々な噂が飛び交っているが、マティアスにはどれが真実かは分からないし、興味も湧かなかった。
他家に出されたマティアスに憐憫の目を向ける人は多いが、ゼブラノール家で何不自由なく暮らしている自分より、こうして事情を勘繰られる腹違いの兄弟たちの方がずっと不憫だ。
そんな風に思うほどには、生家は縁遠く、マティアスにとって思い入れのない存在であった。
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