第8話 衣装(1)
騎士叙任の祝いが続いている。
今日はついに、ゼブラノール邸に人々を招待しての宴だ。主役のオディロン、騎士である叔父たちはもちろん、家族総出で客人たちのもてなしだ。
マティアスもこの日ばかりは外出せず、宴席の準備を手伝っている。
使用人たちが門から玄関、廊下、応接間に正餐室、遊技場と、客が立ち入りそうな場所すべてを整えている。マティアスは部屋の様子を見て、調度品の配置を指示し、不足している物品がないか確認していく。
「花はまだ?」
「庭で薔薇の棘を抜いています。花瓶には薔薇を。ムスカリのセッシェをたくさん用意できましたから、壁に飾ります」
赤と白と黄色の薔薇に、青色のムスカリ。まだ少し殺風景な部屋も、すぐ色とりどりに飾られる。
「モクレンの水鉢は? あれは玄関にと義姉上が」
こうした時、普段は義姉シャルロットが先頭に立つのだが、もう随分とお腹が大きくなってきたため部屋で休んでいる。本人は仕事をすると言い張るが、夫がそれを止めていた。
「部屋の確認も大事ですが、マティアス様のご衣裳も決めていただかないと」
マティアスが家中を渡り歩いていると、隙を見ては従僕が捕まえようとする。
「君が用意したものでいいと言っただろう。靴はもう決めてあるから」
「そうはいきません。せめて一度、お色合わせを」
マティアスは追いかけてくる従僕と視線を合わせないよう、前を向いたまま廊下を進んだ。
社交の席で服装が大切なことはよく理解している。しかし今日の主役はオディロンであり、ゼブラノール家は客を迎える立場だ。マティアスが凝った装いをする必要はない。昨日までに従僕が候補として並べていた服なら、どれを選んでも失礼には当たらないはずだ。
この従僕や義母は、ことあるごとにマティアスを飾り立てようとするが、どうしても抵抗がありそれを避けてきた。なんだか、矮小な自分を隠して服装だけが煌びやかになりそうな……。
「この間仕立てた上着、あれを着ればいいんだろう?」
「ですから、それに合わせて帯やリボンを決めましょう。意外な色の組み合わせがお似合いになったりするものです。マティアス様にお召しになっていただかないと、それは分からないもので」
「何を揉めてるんだ?」
ドアの開く音と共に声をかけてきたのはオディロンだ。
振り返ると、ちょうど今通り過ぎて来た部屋からオディロンが顔を出していた。
「ああ、オディロン様からもおっしゃってください。マティアス様はいつもご自分の服をきちんとお選びにならないのです。靴にしか関心がないのです、靴にしか」
「ボクはちゃんと選んだんだよ。細かいところは任せると言っただけで。今はシャルロット義姉上が動けないし、ボクが手伝わないと回らないのだから、服を選ぶ時間はないんだ」
「そんなに忙しいのか。すまない、俺は家のことはまだよく分かっていなくて」
「大丈夫!」
マティアスはオディロンの語尾を遮るように言い返した。
「ボクがきちんと見るから、大丈夫」
マティアスが強く言い切ると、従僕が顔を曇らせて小さく息を吐く。
「最近のマティアス様は、少々気負いすぎていらっしゃいます」
「マチューの気持ちは分かる」
オディロンが目を伏せて俯く。何を言われるのか、お前ではまだ頼りにならないと続けられるのかと、マティアスは息を止めて身構えた。
「衣裳選びは、億劫なものだな……」
「え?」
「オディロン様?」
マティアスと従僕がほぼ同時に聞き返した。
「騎士になったら、鎧か制服を着ていればいいと思ったのに。アテが外れたよ」
「お話はお済みになりましたか、オディロン坊ちゃま」
オディロンの背後、扉の中の部屋の奥から、聞き慣れた声がした。
ゼブラノールの家令である。
よく見ると、オディロンは珍しく華やかなサーコートを纏っていて、後ろに立つ家令の横にはお針子もいた。
こちらも衣装選びの真っ最中だったのだ。
「どうして制服じゃダメなんだ。騎士叙任の披露なのだから、制服で十分じゃないか」
オディロンは深く長いため息を吐いて、項垂れるように額に手を当てた。
「何をおっしゃいますか。今日は夜会ですぞ。夜は夜に、映える色合わせがあるのです。さあ坊ちゃま、脇の直しがまだ途中ですから、お戻りください」
家令とお針子が張り切ってオディロンの腕を捕らえる。オディロンは一日中遠駆けしてきた帰りのように疲れた顔で、部屋の奥に引きずり込まれていった。
「じゃあ、ボクは仕事があるから」
戸を閉めるのに罪悪感を覚えたが、マティアスは急いでその場を離れた。
「あ、マティアス様、お待ちください!」
従僕を振り払うように、大股で屋敷をもう二周してやった。
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