第9話



 コミネはやはりこの道を、抜海駅へ向かう道をまっすぐに歩いている。


「まぁ、それもええんちゃう。ワイも駅まで行きたかったさかいに」


「何か、ご用事でもあったのですか」


「まぁ、用事言うほどのこともないねんけどな」


「そうですか」


 一人と一匹は、また互いに語り合うこともなく歩き続ける。

コミネのバックパックから煙が上がり出す。


「熱っつ」


「ちょっとぺペンギンさん、ほんとに大丈夫ですか?」


「安心せい、言うてるやろ。ワイは昔、火消しのめ組におったんや」


「もう、よろしいです。カバン焼かないようにお願いしますよ」


 また歩き出す。


 前方に抜海駅が見え出した頃、ちょうど列車が走り出したようだ。

少し間を置いて、一人の人が見える。

乗客が降りてきたのであろう。

こっちへ向かって歩いてくる。

髪の毛が長い。

女性だろうな、コミネはそう思う。

が、何処かで見たような気もする。

互いの距離が段々と近づいてきた時、さらにその思いは強くなる。

誰だったのであろう? コミネは少し考えてみるが思い出せない。

そこへ突然、


「やぁ! サエちゃん」


背中で大きな声がする。


「うわ、急に大声を出さないでください! びっくりするじゃないですか」


 コミネも思わず大きな声で反応してしまう。

その様子が可笑しかったのか女性が笑っているように見える。

そして、コミネに話しかけてくる、と思ったが勘違いである。


「マルセリーノ統括教授、わざわざ迎えにきてくださったのですか」


「まぁな、野暮用のついで、言うやつかね」


「え、統括教授? マルセリーノ?」


 コミネは口の中でモゴモゴと言いながら、?の団体さんが頭の上で舞を踊り出す。


 そんなコミネを無視してぺペンギンはリュックから身を乗り出してサエに喋り掛ける。


「サエちゃん、何ヶ月ぶりや? 今回はゆっくり出来るんか?」


「うーん、やっぱり二泊三日が限度かな」


そう言いながら、サエはコミネに軽く挨拶をする。


「あ、そうそう、こいつコミネ。知ってるやろ? あの学者はんや」


コミネの頭の上の、?団体客は未だ去らない。


「はい。コミネ先生、お久しぶりですね」


「え?」


「お前、未だ思い出されへんのか? サエちゃんやん、モトキの元彼女やん、お前、忘れたん?」


「あっ」


 そうか、と思い出す。

捨てようとしても捨てきれないでいる忘却の彼方に残存する過去。

一度だけ上司のオオサワのガーデンパーティで出会ったことがある。

その後のパーティは全て断り続けていたので、あの日が最初で最後になったが。

確かにモトキが連れて来ていた女性である。

いつもはコミネに懐いて離れなかったオオサワの娘のケイは、どう言う訳かこの女性には遠慮することもなく、すぐに懐いていた。

それを傍で見ていたオオサワの妻トキコも、その姿に安心してか、サエとはその日のうちに親しくなっているように見えた。


「お、お久しぶり、です」


?マークが去らないまま、コミネはやっとのことで声を出す。

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