勇者セラフィーナの道程

塩鮭亀肉

一章・フストリムワーネ編

プロローグ

はじけ飛ぶ石のブロック、夏とはいえありえないほどの光量と温度。

 僕とセラは崩壊した建物の陰に隠れていた。


「ジョン、これ不味くない?」

「ああ、そうだね、セラ、結構不味いかもしれない……」


 建物や地面の爆ぜる音で、その音を出している相手に聞こえはしないだろうが、一応は小声でやり取りをする。

 勇者であるセラと、一応は賢者の弟子である僕が、何故、今こんなことになっているのかと言えば、迂闊にも魔族と顔を合わせ、戦闘が始まってしまったからである。

 とはいえ、この放棄された街である、オーマスに来た時点で戦いが起こる可能性を排除していたわけではない。だが、魔族というのはあまりにも強かった。魔獣とは大違いだ。

 魔王を相手にするわけじゃないので、僕らなら大丈夫だろうという油断が準備不足に繋がり、そのせいでピンチに陥っていると言うわけだから、反省しなければいけない。


「この場合、どうするの?」

「どうするって言われてもいったん撤退するしかないでしょ、そしてしっかり対策や準備をしてから再び戦う」

「なるほどね、分かった」


 その後、時折相手の方を窺いながら詳しい作戦について話し合い、大体だが作戦がまとまる。


「よし、それじゃあ、作戦通りに」

「うん」


 セラが飛び出し、魔族に向けて炸裂魔法を放つ。その着弾の直後に僕も飛び出し別の建物の陰へ身を移す。

 物陰からそっと相手の様子を窺う。セラの放った魔法は相手に直撃したようだけど、どれほどのダメージを与えられているだろうか。

 衝撃で巻き上がった砂埃や煙が晴れると、そこから大した怪我もない様子の魔族が姿を現した。

 まったくの無傷というわけではないが、やっぱり無詠唱無記述の現代魔法では、魔法に対する耐性を持っている魔族には大打撃を与えるには威力が弱い気がする。とはいえ、さっきの炸裂魔法は、しっかりとした教育機関を出た勇者の印持ちが放った二属性混合魔法。魔獣はともかく、ある程度のモンスターですら普通に屠れるほどの火力はあったはずだ。

 相手が特別強いのか、魔族は皆こうなのかは分からないが、いずれにせよなかなか厳しい戦いになりそうだ。


「もうかくれんぼは終わりか?」

「勇者の力を見せてあげるよ」


 特に構えらしい構えも向き合った魔族に対し、セラは手の平を広げ、次の魔法を放つ用意を始める。

 さて、どのくらい時間を稼いでくれるだろうか。相手がどう考えてもこちらを侮っているし、セラの力を考えて、しばらくは大丈夫だろうけど、こちらも早く動いておかなければいつかはやられかねない。


「よいしょっと、くらえっ」


 セラがまたいくつかの炸裂魔法を放つ。

 相手が火属性の魔法を放っていたことから、火と風の混合である炸裂魔法はあまり相性がいいとは言えないのだが、一般的には高火力で知られているし、この局面で放つのはおかしくない。違和感なく視界を隠すにはちょうどいい魔法だ。


「それなりには痛いが、問題ない範囲の魔法だ」

「あれ、全然平気そうだね、結構いっぱい撃ったと思うんだけどな」

「この程度であれば、何発撃たれようと大した問題にはならない」

「それは困ったな」


 セラが少し焦った表情で頬を掻く……とはいえ、これはある程度想定通りだ、セラの演技もなかなからしい。


「次はこちらから行かせてもらおう」

「えっ、それはちょっと」


 お返しとばかりに相手も炸裂魔法をいくつか放ってくる。対抗してセラも炸裂魔法を放ち相殺を狙うが、魔族式の魔法は無詠唱の魔法よりも更に出が早い。最初はいいが、時間が経つにつれ徐々に押され始める。

 そうしてついに、捌ききれなかった物が数発セラの周りに着弾してしまう。

 大丈夫だと信じてはいるが、大怪我をしていないという自信はない。

 不安な気持ちでいくつかの魔法の準備をしていると黒煙の中からセラが飛び出してくる。


「うっ……けほっ、けほっ……」

「直撃してないとはいえ、ほとんどダメージは受けてないようだな」

「君たちと一緒にしないでよね、こっちは火傷や擦り傷だって重なったらいつかは死んじゃうんだから」


 見たところ、右足と右手が中程度の火傷で、そこかしこに切り傷や擦り傷と言うところか。火傷によって感覚が変わるのを嫌ったか、セラがポーチから液薬を取り出して飲み干した。

 あれは、中程度の品質の治癒薬だ。高品質のものに比べると、少し回復は遅いだろうが、確かにあの程度の怪我であれば、それで十分だろう。


「魔力の節約か?」

「ま、まあね」


 相手に情報を与える必要がないのでセラはそう言うが、治癒魔法はこちらの領分で、セラはあまり得意ではないため薬を使ったのだろう。


「同じ魔法の打ち合いはちょっと分が悪いなぁ、どうしようかな……」

「さっさと降伏でもしたらどうだ、なるべく苦しませずに殺してやろう」

「いやぁ、死んじゃうのは困るんだよね」


 内容の割に二人とも余裕のある声色で会話をしている。それが逆に不穏で恐ろしさを感じるのだが、しかし、会話をしてくれているのはありがたい。この隙に準備を進められる。

 二人の会話に耳を傾けながら、手を動かす。あと少し、もう数秒あれば……よし、準備ができた。

 準備が出来たので、最初に隠れていた場所に設置した魔法を起動させる。

 爆音が鳴り響く、近くにいたら脳が揺れるほどに空気を揺らす。


「なんだっ、これはっ」

「今だっ‼」


 僕が起動した魔法はただ一回爆音を鳴り響かせるだけのものだ。設置した魔法陣の上にいるならばともかく、ある程度距離があるとうるさいだけのものだ。だが、強者同士の戦いであるならば、一瞬でも意識をそちらにもって行ければ、それがそのままチャンスになる。


「ウォーターバイツ」


 巨大な水塊が竜の頭の形作り、魔族に噛みつこうと襲い掛かる。


「なにっ、水魔法っ!」

「ふふん、ボクは全属性余裕で使えるからね、得意不得意はないよっ!」


 今まで威力重視の火属性が含んだ物ばかり使っていたから油断したか、相手の魔族は火属性魔法で行ってしまう。

 あのレベルの水魔法を急遽放った火魔法で打ち消したのは流石だが、水を火で打ち消せば大量の水蒸気が発生する。それに加え、水魔法を放った後、セラは水と風の混合で霧魔法を放っていたようで、辺り一面は霧に包まれて何も見えなくなる。

 あの魔族のことだからこの程度の霧、数秒もかからずに晴らされてしまうのかもしれないが、それだけ時間があれば十分だ。


「セラ、無事でよかった」

「うーん、心配な気持ちが伝わってこない」

「まぁ、無事だと信じていたからね」

「ボクもジョンが何とかしてくれるって思っていたから出来たわけだけだし、今回はそれでよしとするね」


 セラと合流した後、また別の物影に隠れた直後。爆音と共に霧が晴れる。


「また隠れたか……面倒な奴らだ」


 目標の場所が確認できた。ならば、後は魔法を起動するだけ。

 先ほどまでセラが時間を稼いでいる間、物陰の間を走り回り書いて回った魔法陣が全て起動する。

 それらは土属性の古代魔法だ。現代で一般的に使われている物とは違い、古代魔法であれば魔法に対する耐性はある程度無視できる。それに、土属性のものは他属性に比べて物理的な要素が強い。


「なに、古代魔法だと」


 四方八方から尖った岩が襲い掛かる。これならば、さしもの魔族といえども、無傷とはいかないはずだ。


「厄介な……」


 必死に炸裂魔法で対処しているが、四方八方からくるのでは対応しきれないようで、少しずつ体に傷を増やしていく。

 この隙に脱出の準備をしてしまおう。


「ぐっ……くそっ」


 撃ち落とすものの判断を見誤ったか、それとも対処が間に合わなかったか、それなりの大きさの礫が魔族の腿を貫いた。

 これならばもしかして撤退しなくても勝てるのではないか……そんなことを思った瞬間、何を思ったか魔族は守りを放棄した。

 次々と礫が魔族の体を傷つけ貫いて行く。


「小賢しい!」


 そして、次の瞬間、街の数カ所がはじけ飛んだ。

 それは、僕が魔法陣を設置したところだった。


「馬鹿な……嘘だろ、ピンポイントで……」


 魔法が起動してからまだそこまで時間は経っていないはずだ、発動地点が分かりにくくなるように設置して、更に広範囲から攻撃を飛ばすような形にしていた。それなのにまさか、攻撃を捌きながら、その全ての場所を見抜くなんて、とんでもない化け物だ。


「どうするの? ジョン」

「うん、諦めて、一旦逃げよう」

「分かった、ジョンがそう言うならそうしよう」


 そうやってセラと言葉を交わしていると、上から強いプレッシャーを感じ、思わず見上げてしまう。


「なっ、早すぎる……」


 そこには、魔族がいた。

 まるでそこに立つかのように宙に浮かび、こちらを見ると口元を歪ませた。

 傷だらけの体を治せている訳ではないようだが、致命傷は無いように見える。どうやら、防御を捨てつつも身体を動かして、動きに影響が出ないように受けていたようだ。


「ようやく見つけたぞ、これで終わりだ」

「えっと、これって、ピンチだよね」


 セラにそう言われ、僕は首を振った。


「消えろ」


 街の一角が吹き飛ぶほどの威力だろう、火魔法が放たれた。



「「うわああああぁぁ‼」」

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