第2話・パラレル世界とアナザー妹
「えっと、お邪魔してます……」
苦し紛れにそんなことを言ってしまったがリモコンは既に手の中にある。もしものことがあったらボタン一つで帰還することができるだろう。とはいっても、そんなことしたら不信感を与えることになるだろうから、最終手段ではあるし、間違いなく妹神への相談案件となると思われるけど。
さて、これからどうしよう。そんな風に考えていると彼女が早足でこちらへ向かって来た。
「お兄ちゃんっ!」
これはまずいかなと思うと同時に僕の体に衝撃が走る……物理的に。
彼女が勢いをそのままに抱き着いて来たのだ。
「あ、あの……」
なにかあったらすぐに指を動かしてボタンを押しこもうと思っていたはずなのに、いざ緊急事態になっても意外と体は動かないものだった。いざ体験すると、避難訓練とかも大事だったんだなと全く関係ないことに意識が向きかける。
「お兄ちゃん……」
僕を抱きしめる腕の力が強まり、意識が彼女へ引き戻される。
本当にどうしよう。そこまで力が強くないなか別に苦しくないけど、力づくで振りほどくわけにもいかないし。
こういう状況になったにも関わらず僕は意外と驚かなかった。あまりにも驚かなかったばかりにそっちに驚いたくらいだ。それと同時に彼女が自分の妹だということがなんとなく理解できた気がした。
情報の上ではそうなんだろうとは分かっていた。妹神の言葉やこの世界のあれこれがそれを証明していたから。ただ、こう、実際に触れあってみて、なんというか……納得した……と表現するのが正しいのか、本当に僕に妹がいたんだろうなという感覚を覚えたのだ。
「と、とりあえず、落ち着いて……え、えっと、きょ、響香」
リモコンを持っていない方の手で彼女の頭を撫でてやる。
身体が自然に動いていた。もしかしたら、僕はこの行動を何度かやったことがあるのかもしれない。
「うええええん、お兄ちゃん、お゛に゛いちゃん」
自然にやった行動ではあるが、これは逆効果だったのか余計に泣きだしてしまった。
玄関先で泣かれ続けるのは困るので、抱き着かれたまま、とりあえず靴を脱いでリビングまで移動した。
「ほら、落ち着いて」
「うえええええん」
言葉をかけてやったり、背中をさすってあげたり、頭を撫でてあげたりしたのだが、その後も全く泣き止む様子は見られなかった。途中で腕は解いてくれたので、買っていた缶コーヒーをあげようとしたのだが、「苦いの嫌い」とだけ言われて断られてしまった。
結局彼女が泣き止むまで三十分ほどの時間を要した。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんなんだよね」
「あー……いや、まぁ、僕は確かに米軽交藍だけど、別に君のお兄ちゃんってわけじゃないんだけどね」
「でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
「あはは……はぁ……」
時間をかけて彼女が泣き止んだのはいいけど、今度はずっとこの調子だった。
「なんだか沢山泣いたからか、のどかわいたし飲み物とってくる」
そう言って彼女は冷蔵庫から牛乳を取り出した。
なるほど、毎回牛乳を買っていたのは彼女がいた名残だったんだな。とそう思った。
響香がマグカップに注がれた牛乳をレンジに入れて温めはじめた。
「喉乾いているのに、ホットミルク飲むの?」
あんまりのどが潤いそうにない印象がある飲み物だ。
「いいの。好きだから」
ミルクが温まると砂糖を入れ始めた。
「しかも砂糖もいれるの?」
そこまで来ると、逆に喉乾くまでありそう。
「ホットミルクは甘いほうがおいしいから入れるに決まってるじゃん」
彼女はスプーンで三杯ほど砂糖入れて、あまあまホットミルクを完成させる。
「お兄ちゃんも一口飲む?」
「いや、僕はいいよ」
甘いのそんなに好きじゃないし。
「まぁ、そうだよね、お兄ちゃん甘いのそんなに好きじゃないし」
まるで返答が分かっていたかのように彼女はそう言った。
もしかしたら、この世界の僕も味の好みは同じなのかもしれない。
「響香」
「なに? お兄ちゃん」
見つかってしまった以上、僕自身の話とかリモコンの事とかいろいろと話さなければいけないと思ってはいるが、いきなり切り出すのもあれだ。適当な話題の話でタイミングを見計らおう。
「ホットミルク好きなの?」
「うん、好きだよ、でも今更どうして?」
「それは、まぁ、あとで言うけど……その響香は身長を伸ばしたかったりするの?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「多分、普段から牛乳飲んでいるんだろうし、そうなのかなと思って」
いなくなった後も影響が残るくらいの頻度で買っていたくらいだし、この世界の響香が僕の世界の響香と同じなら結構良く飲んでいることになる。
「確かに毎日飲んでるけど、味が好きだから飲んでいるだけで別に意図があって飲んでいるわけじゃないよ」
彼女はホットミルクに口を着けるが、「あちっ」と一言だけ言ってマグカップをテーブルの上に置いた。
「やっぱり電子レンジだと温度の調整が難しいねー」
苦笑いしながら妙にもこもこしてる(暑そう)フードつきの服のポケットをいじって、何かを取り出す。
「たべる?」
そうしてオレンジ色のキューブをこちらへ向けてくる。
「それは?」
「マンゴー」
ちょっと考えて、それが乾燥されたものだと気づく。
「ああ、ドライフルーツか」
「そうそう、これならお兄ちゃんも食べられるでしょ」
「まぁ、砂糖たっぷりのやつよりは」
オレンジ色の立方体を数個手の平に乗っけられる。
「まぁ、砂糖自体は使われているけどね」
彼女は数粒自分の手の平に取出し口に含む。
「この小さい角切りのやつを口の中に入れておくの好きなんだよねー」
そう言って笑う彼女を真似して口に含んでみるが、思ったより結構甘い。ドライフルーツにも砂糖使われていたりするのかもしれない。
「そういえば、お兄ちゃんはどうして家に帰って来たの?」
「どうしてって、いや、それは」
ドライフルーツを味わっているときに、確信を突いた質問が急に飛んできた。
あまりにも急なその言葉に僕は言いよどんでしまい、そうしている間に彼女の方から話を切り出してきた。
「もしかして、お兄ちゃんがずっと言っていた別の世界が云々と何か関係あるの?」
「え、あ、ちゃんと聞いてはいてくれたんだ」
「真実味が無いから嘘だとは思っていたけど、一応は」
「あー、うん……そりゃそうだよね、僕自身もそう思う」
僕だって同じ立場にいて、同じ説明をされたら胡散臭いなって思っちゃうし。新手の詐欺かなにかみたいだし……狙いが随分専門的だけど。
「でも良く考えたら、お兄ちゃんがここにいること自体がなかなか普通じゃないし、もしかしたらそういうこともあるのかなって思っちゃって」
「ああ、うん、そうだね」
僕も妹神の存在やリモコンの機能が本当だったことで諸々信じたわけだし、人間割とそんな感じなのかもしれない。
「まぁ、お兄ちゃんが本当にお兄ちゃんなら、帰ってくるには早すぎるよね。お盆はまだまだ先だよ……って、まぁ、お盆終わった直後の事だったし、しかたないことなのかもだけど」
そういったあと、彼女はちょっとだけ寂しそうな表情を見せた。
「それで、反応と格好を見る限りは、どう見てもお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど、この世界の人じゃないんだよね」
「う、うん、これでこっちの世界に来ていたりするんだ」
タイミングを見計らうつもりだったから、これはチャンスだと思ってポケットからリモコンを取り出した。
「へー、なんだかテレビのダイヤルみたいだね。リモコンっぽくはないけど」
リモコンを見て彼女がそんなことを言う。
「真っ先にどんぴしゃなところ当ててくるのはすごいと思うけど、現代っ子っぽくない発言だね」
ダイヤル式のテレビっていつの時代のものだろう。
「むしろ現代っ子ぽいでしょ、インターネットにはいろいろな情報が集まって来るからこそだよ」
と、そんなことを言いながら、フーフーしながらあまあまホットミルクを飲み始めた。
「まだ結構暑いと思うのによく飲むね」
「まぁ、ホットミルクだし温かいうちが華でしょ」
「いや、ミルクの温度の話じゃな……い訳でもないけど、僕が言ったのは気温の話だよ。季節的には秋なはずなんだけどさ」
どうもここ数年は秋と春が短い傾向にある。実際の秋くらいならホットミルクも美味しくなり始める季節なのだろうが、暦と違って今は夏のような暑さだ。
「エアコンでガンガン冷やした部屋には温かい飲み物がちょうどいいの」
「まぁ、分からなくはないけど、この部屋エアコンつけてないよ」
こたつでアイスと同じ理論なのだろうけど、残念ながら部屋はいまだに蒸し暑い。
「……美味しいからいいの」
「まぁ、君がいいならいいんだけど」
「む……そんな他人行儀な呼び方はしないでよ。私が泣いていた時はちゃんと名前を呼んでくれたのに」
彼女の事を『君』と呼んだところ、眉をひそめてそう言われた。
でも、ほぼ初対面の女の子を下の名前で呼ぶのはあれだし、苗字一緒だからそれもあれだし。
「えーと、それは、ほら、なんか自然とそう呼んじゃっていただけで……」
「じゃあそのまま自然に接してよ」
僕が言葉に詰まらせていると、口をとがらせて不満を述べる。
「そうはいってもね……一応僕は君の兄じゃないし」
「んー、そうはいってもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
フーフーとしながら、ミルクをちびちび飲んでる。
「それで、色々話してくれていたけど、あのリモコンって他に何ができるの?」
「他にって?」
「それを使ってこの世界に来たのは分かるけど、なんかダイヤル付いているんだし他にも機能あるんじゃないの?」
これは言ってしまっていいのだろうか。小さいダイヤルの方は伝えていいのか分からない。伝えない方ができることも多いだろうし。
「あー、まぁ、うん」
嘘を吐くのもあれなので、ぼんやりとした返答をして誤魔化そうとしたんだけど。
「なになに? 教えて」
と、彼女はやけにぐいぐいくる。しかもホットミルクを手にしたままなので、こっちとしてはこぼさないか不安だ。それ、中身熱いんじゃなかったっけ?
「えーと、それは……」
「いいじゃん、教えてくれたって」
「お、落ち着いてって」
「教えてよー」
リモコンに奪おうとするほどの勢いにおされ始める。
「うん、分かった、教える、教えるから落ち着こう、響香」
彼女を落ち着けるには教えるというしかない気がして、ついそんなことを言ってしまった。
本当に伝えてしまっていいのかとは思ったが、こぼれてしまった時の事を考えると仕方ないか。
「やったー」
そう言いながら響香が大きく体を動かした時、カップ内の水面が大きく揺れてちょっと怖かった。ありがとう表面張力。せっかく教えることにしたのに、こぼれたら教え損もいいところだった。
「みせてみせてー」
「いいけど、どこも触らないでね、あとミルクは置こう、危ないし」
「うん分かった」
言われたとおりにマグカップを近くのテーブルに置いて、手のひらをこっちに向けて来たので、リモコンをそっと乗せておいた。
「おー、重そうな見た目の割にすごい軽い。中身がすっかすかの玩具みたいなんだけど」
「言われてみればそうだね、でも落としても壊れなかったし、結構丈夫だとは思うけど」
神様から渡された道具だし、見た目と重さと頑丈さで関係性はないかもしれない。
「へー、それでこの横のボタンが多分行き来するってヤツだよね」
「うんそうだよ。それで、大きいダイヤルが行き先で、小さいダイヤルはなんていうかモード切替って言うのがいいのかな」
「モード?」
首を傾げる響香の手からリモコンを取り返してから、妹神から聞いた話をそのまま話してあげた。
「うーん、それじゃあ、私の生活をお兄ちゃんに覗き見される可能性があるってことー?」
「僕にそんな気はないけど、まぁ、確かにやろうと思えばできはしちゃうね」
流石にするつもりはないけど。
「お兄ちゃんとはいえそれはちょっとやだなー」
「それについてはごめん。僕もこんな感じになるとは思わなかったから」
「まぁ、お兄ちゃんが悪いわけじゃないんだろうし」
空のマグカップを持って響香が立ち上がる。
「でも、半干渉はいいかも。お兄ちゃんがいるのは流石に不自然だろうしね」
彼女はそういうとキッチンの方へ向かった。
「お兄ちゃんがここに来た理由とかそういうのも聞こうかなって思ったけど、さっき時計確認したら結構いい時間だったし、お父さんとかお母さんが帰ってくる前に今日はバイバイだねー」
マグカップを洗いながら、彼女はこちらに手を振ってくる。
「分かった。確かにそれは僕も困るしそうさせてもらうよ、じゃあね」
このまま無言で帰るのもあれなので、返事だけしてボタンを押したところ、その指がボタンから離れるまでの時間、彼女は困った一言を発した。
「うん、じゃあ、ばいばーい、また明後日、次は放課後にねー」
「え、ちょ……」
もう手の動きが止められるタイミングでは無く、僕は異次元を介して元の世界まで戻ってくるのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「あ、おかえりー」
元の世界の戻ってきた時まず目に入ったのは妹神を名乗る異常性存在の姿だった。
先ほど靴を取りに来た時にもしかしたらと思っていたけど、どうやらこちらの世界に帰って来た時に最初にいるのは自分の部屋のようだ。
でもそんな事よりも気になるのは、目の前の彼女がなんでここにいるかだ。
「あ、私がいる理由? それは、まぁ、お兄ちゃんが別の世界に行った事を感知したからだよ。いやー、さっそく頑張るなぁって思って感心したから、本日2度目の降臨となったわけだよ、ふふーん」
なんか偉そう。
いや、神を名乗るくらいだから実際偉いのかもしれないけど。
「私を褒め称えるがよいぞ、はっはー」
いや、やっぱり偉そう。そんなに神としての位は高くない的な話をしていたような気もするし、普通に偉そうなだけかもしれない。
「おーい、おにいちゃーん、聞いてますー?」
「あー、うん、偉い偉い」
「わーい」
随分とオーバーなリアクション見せる。もしかしたら、僕は茶番に付き合わされただけなのかもしれない。
「さて、茶番はここまでにするとして」
「ああ、やっぱり茶番だったんだ」
「それで、どうだった? 何か新しい情報は得られた?」
いくつか得られた情報あるけど、今はそれよりも相談しないといけないことがある。
「うーん、その。情報は置いておくとして、相談することがあって、その、やっちゃってよかったのか分からないんだけど……」
「うん、なにかしたの」
「あっちの方の妹と会った」
「ほうほう、って、なんだってー!」
彼女は両手をあげて後ろに飛び退く。すごいオーバーアクションだ。あとすごくわざとらしい。
「会っちゃダメだったの?」
「別にそんなことはないよ、まったく干渉せずに何とかなるんだったら、別にお兄ちゃんが行く必要もないだろうし」
「じゃあさっきの反応はなんだったの?」
「いや、お兄ちゃん驚くかなって思って」
「いや、なんか反応がわざとらしかったし流石に驚きはしなかったかな。というか、もし会っちゃダメなら、リモコンに実体化なんて、そんな危ない機能付けないでほしいし」
「まーそうだよねー」
と適当そうにそう言って、宙で斜めになった身体を起こした彼女はごく自然にベッドに腰を掛けた。
「それで、どうだったのさ、詳しく聞かせてよ」
「……とりあえずは気も自信満々な様子を信じて相談することにするけど」
というか、本題は彼女と会ったことじゃなくて、彼女にリモコンの事を伝えたというほうだ。
「うん、それで、どンな事があったの?」
「そうだね、とりあえず一番相談しないといけないのは、リモコンの事かな」
机の前の椅子を引いて腰を掛けてから僕はあちらの世界で会った事や、やったことなどを彼女に話した。そして、リモコンの事を伝えた事でどうなるかなどを尋ねてみた。
「へー、それにしても律儀なものだねー」
一連の話を聞いて妹神はにやにやとしだした。
「なにが?」
「だってさー、おにいちゃんの妹ちゃん……響香ちゃんだっけ? に泣き付かれたとき、別にそこで逃げ帰ってもよかったはずなのに、わざわざ三十分もかけてなだめた上に、自分の事とかリモコンの事の説明もしたんでしょー」
「まぁ、うん。そうだけど」
「りっちぎー」
こちらを指差す妹神。これはもしかしなくても煽られてるよね。
「煽らないでよ、あれはこれからも会うことを考えると、ある程度誠実でいた方がいい方向に向かうと思ったんだよ、あの時は」
そう言うと、妹神は大笑いはやめて、ごめんごめんとほほ笑む。
「私は別に煽ってはいないよー、単純に流石だなーって思っただけだからねー。突如現れた正体不明の存在のいうことを素直にきいて、他の世界に行くだけのことはあるなって、そう思っただけ」
「自分の事怪しい存在だっていう自覚はあったんだね」
「そりゃ、流石にねー、人間から見たらそう見えるよねーってくらいのことは考えられますよ、私でも」
それならもうちょっと怪しさを減らすために態度を改めるとかも出来るはずなのに……。
「それで、なんだっけ、リモコンのことだっけ?」
「そう、響香に話しちゃったけど、大丈夫なのかなって」
うーん、と妹神は顎に手を当てて考える素振りをするが、すぐに口を開く。
「まぁ、大丈夫なんじゃないかな?」
「そんな適当な返答……不安なんだけど」
これ、本当に頼りにしていいのだろうか。
「いやー、別に駄目って事はないと思うよ、規則的にそういう不思議パワーのこと知らせちゃダメってのはないし、おにいちゃんが教えても大丈夫だと思ったから教えたんでしょ?」
「成り行きみたいなもので教えただけだよ」
実際教えるか悩んだし、つい教えるって言ってしまったから教えただけだし。
「でも、最終的に問題ないと判断して教えたんだろうし別にいいじゃないの? 妹ちゃんは受け入れていたんでしょ」
まぁ、彼女に拒否されるようなことは言われなかったけど……本当に大丈夫なのだろうか。
「いま問題が起きていなければ問題なし! もし問題が起きたら、そのときまた私に相談すればいいよ」
「う、うん、じゃあそうさせてもらうよ」
確かに問題が起きたとしても僕がどうこうできるとも思わないし、そう言ってくれるならいまはそう思っておくことにしよう。
「えーと、あとは……あ、そういえばおにいちゃんが死んでたって言っていたじゃん」
なにかを思い出したかのように、妹神は手を叩きこちらに向き合う。
「うん。あの世界の僕はなんか死んでるみたいだったよ。そのせいで響香に泣きつかれたちゃったわけだしね」
「それで思い出したんだけど……私って、説明してなかったっけ」
そんな風に首を傾げられても何のことか分からない。
「なんのこと?」
なので、そう聞き返してみると、とんでもない返答が返ってきた。
「お兄ちゃんの向かう先のお兄ちゃんは全員死んでいるってこと」
あまりのことで数秒唖然としてしまった。別世界の自分が死んでいると言われた事には少し思うところがないわけではないが、それ以上に、先に教えてほしかった情報がここまで伝えてもらえなかったことにたいしての色々な思いが混ざったものの方が強い。
というか、それを知っていたら不用意に干渉状態にはしなかったのに……。
「先に教えてもらいたかった……」
「ごめんねー、すっかり伝えたつもりになっていたよー」
両手を合わせてウインクされましても、あんまり謝れている感じがしないんですけど……。
「でもなんで、僕が死んでいる世界が行く先に決まっているの?」
気になって聞いてみると、どうやらちゃんと理由があるらしい。
「二つの理由からおにいちゃっんはおにいちゃんが死んだ世界に行くことになっているんだよ」
「二つの理由?」
「うん、その通り、まず、一つ目!」
人差し指を立てて、元気よく彼女が話す。
その様子を見てなんとなく分かったけど、彼女はオーバーなアクションが好きなんだろう。
「お兄ちゃんが別の世界の自分と鉢合わせるのを避けるため。これは、だいじなことでね、同じ世界に同じ人間が二人いるとちょっといろいろと問題が発生するんだ。だから送れないっていうのもあるんだけど、シンプルにおにいちゃんも困るでしょ、別世界の自分と出会うの。絶対面倒臭いことになりそうだしね」
「まぁ、確かにそうだけど……」
「うん、それじゃあ二つ目!」
と中指を立ててピースの形に。問題は両手ともピースにしているところ。満面の笑みでダブルピースをしているけど、それだと二じゃなくて四になるような気がする。
彼女との話はこういったことがあるせいで別のところに気がとられがちだ。もしかしたら本当は別世界の僕が死んでいる事を話していたかもしれない。だとしてももうちょっと集中しやすいような会話を心がけてほしい物ではあるけど。
「二つ目はねー、お兄ちゃんが問題解決しやすいようにだよ。実際どうかは分からないけど、お兄ちゃんがいないことによって問題が起きている可能性の確立が増えるかもしれないから、お兄ちゃんが問題解決して妹ちゃんを救いやすくなるかもしれない……っていうことだよー、たぶん」
「かもしれないに加えて、多分って……」
なんかこの神様随分とあいまいな表現が多いような気がする。もうちょっと確信を持って説明してほしい。というか、確信がないなら二つって言わなければよかったような……いや、ただでさえ脱線しやすいのだからこれは言わないでおこう。
「それにお兄ちゃんがいるなら、問題を抱えている妹の事はそのお兄ちゃんが解決するべきなんだよ。全お兄ちゃんには自分の妹を助ける義務があるんだよー、だからおにいちゃんが行く世界では妹は一人なのかもねー」
「……う、うん」
大分横暴な理論を述べられた気がするけど、うん、同言葉を返せばいいの分からないし、とりあえず頷くだけ頷いておけばいいか……うん、そのはず。
「あー、その顔は納得してないなー」
「いや、まぁ」
流石に顔に出ちゃっていたか……いや、仕方なくない?
「それは横暴かなって、ちょっと思ったかも」
言うだけ言ってみると、妹神はぽかんとした表情をしたあとにまた微笑んだ。
「ふふっ」
「なにがおかしいの?」
「だってそうは言うけど、おにいちゃんは妹ちゃんの事助けようとしているでしょう」
「それは君に言われたから」
「じゃあ、私に言われてなかったとして、なんらかの理由で同じ状況になったとしたらどうするの?」
そんなことは起きないとは思うけど……考えてはみる。
同じような出会いをしたとして、前情報で妹がいると知らなかったとして……それでも彼女は何か他人には思えないと感じる気がする。だとして、なにか悩んでいる事が分かったとしたら無視は出来ないかもしれない。
「僕に出来る範囲の事ならなるべく手助けはしていたかもしれない……」
「やっぱりー、じゃあ私の理論は間違ってないでしょ」
それは違うような気がするけど、自分がやろうとしている事を考えるとそこまで強く否定はできないのかもしれない。
「さてと、今度こそ全部話したかな、それじゃあ、今回の世界の妹ちゃんの事についてだけど」
「うん、そういえばこれ相談だったね、一応」
「そうだね、私から言えるのは、お兄ちゃんが死んで悲しんでいるだろうから、とりあえずはお兄ちゃんとして接してあげるといいんじゃないかな」
「うーん、その根拠は?」
「全妹を総べる妹神として直感」
やはり、信用しきるには胡散臭さが漂い過ぎている気がする、この神様。かといって騙されているような気はしないんだけど。
「……信じていいかは分からないけど、とりあえずはその直感信じてみるよ……」
「うんうん、それじゃあ、おやすみー、次は月曜日の放課後に行くんだっけ? それなら次に私と会えるのはそのあとだから、夜になるのかな」
「そうかも」
「それじゃあ、妹ちゃんの言葉を借りるみたいだけど、じゃあね、また明後日」
そう言って彼女は光を放つことなくすっと消えて行った。
別に発光しなくても帰れるんだ……。
休み明けの月曜日。休み明けとなれば、いつにもまして気だるくなるのが常ではあるが僕は少し違った。やるべきことが見つかったからか、それとも欠けた『何か』の正体を知ったからか、いつもよりはやる気をもって学校生活を過ごすことができた。
気温はまだまだ暑いが、激しく動かなければ特別汗をかくこともないくらいには気温も落ち着いてきた。またいつ暑くなるか分からないけど、これからは気温もきっと下がっていくことだろう。
放課後になったら急ぎ足で家まで帰り、さっさと着替えを済ませてしまう。
実は遊びに誘われていたのだが、それを断ってまで急いで帰ったのには理由がある。今日の放課後は響香との先約があったのだ。待たせる訳にもいかないだろう。制服を着替え終わると心の準備だけ済ませて、リモコンの操作をする。あちらに向かう前に、小ダイヤルが非干渉になっている事を確認する。
前回は靴持って帰るのを忘れたので、とりあえずはそれを探すところからだ。
当然玄関にそのまま放り出されてはいなかったのだが、半干渉の状態にして靴棚を開けてみるとお目当てのものはあっさりと見つかった。
回収した靴を履いたらしっかりと非干渉に切り替えてから外に出た。
少し懐かしみを覚える通学路を歩いているとそう時間はかからずに、中学校の前までたどり着く。今通っている高校は電車に乗らないといけないので駅とは反対方向にある中学校に来ることはなかったから、このルートで歩くのは本当に久しぶりだった。
もしかしたら、妹の迎えなどで来ていたのかもだけど、だとしていまはその記憶もない。
校門前の通りの向かいの歩道に立つと半干渉の状態にしておいて、響香には見えるようにしておいた。
周りの風景を懐かしみながら見回していると、部活が終わるくらいの時間帯になり、響香が校門から出てきた。
彼女はこちらの方を確認すると手をあげようとしたが、顔と同じあたりまで上げてから何事もなかったかのように手を降ろして、道路を横断してこっちへ来た。そして手の届く距離まで近づいたら、付いてきてという感じにこちらに視線を向けられたので後をついて歩く。
通学路からは少し外れるようにしばらく歩くと、周りに生徒も少なくなった辺りで彼女が声をかけてくる。
「えっと、今は私にだけ見えているって感じでいいんだよね」
どうやら校門前での謎の行動は、僕の今の状態に確証が持てないからこそのものだったようだ。
たしかになにもないところに手をあげたり、虚空に話しかけたりしたらまわりからおかしな目を向けられるだろう。
そこまで人が多かったわけではなかったが、中学生なら変な行動が噂になる可能性もある。注意するに越したことはないだろう。
「どうなの? お兄ちゃん」
一応は小声でこちらに話しかけてくる響香。
「うん、そうだね、今は半干渉の状態だよ」
「そっか、良かったー手振らないで」
「まぁ、誰もいないところに手を振っていたら不思議ちゃんみたいになるからね」
「そうそう、お兄ちゃんにまた会えたのは良かったけど、不思議ちゃん扱いは困るからね」
彼女は笑ってそんなことを言う。
「あの後は夢か何かと思ったんだけど、玄関にお兄ちゃんの靴が残されていたし、あ、そういえば靴、靴棚の中に隠しておいたんだけど、分かった?」
父さんと母さんに見つからないように、どうやら彼女が隠しておいてくれたらしい。
「ありがとう、ちゃんと履いてきたよ」
足元を指差し、靴棚から取り出した靴を見せる。
「良かった、今日は忘れて行かないでね」
「うん、気を付けるよ……それで響香、どこに向かってるの? なんか家の方向とは微妙に違うけど」
周りを気にしていつもの通学路から外れ、あまり学生がいない場所に来たのかと思ったが、僕たちは未だにどこかに向かって歩き続けている。どこか目的地があるのだろうか。
「晩御飯の買い出しをしようかなって思ってるんだけど、付き合ってくれる?」
この方向の先には確かにいつも使っているスーパーがある。
「うん、いいよ」
「やった、お兄ちゃんとの買い出しも久しぶり」
小さめの声と少ない挙動で響香が喜びを表現する。ただ買い物に付き合うだけなのだが、喜んでくれるってことは、この世界の僕はずいぶん妹と仲が良かったのだろう。
「こっちの僕とは良く一緒にスーパーに行っていたの?」
兄妹の仲を聞きたくてそんな事を聞いてみた。
「別に毎回ってわけじゃないけど月に二回くらいは行っていたかな」
「大体二回に一回は付き合っていたのかな? 買い出しの頻度が僕の世界と一緒なら」
僕の世界では大体週に一回くらいのペースで買い物に行っていたけど、こっちでもそうなのだろうか。
「へー、あんまりこっちと変わらないね、放課後でタイミングが合った時とか、重たいモノ買うときは来てくれていたんだよねー」
ということは、今日は重たい物を買うのだろうか。
「うーん、お兄ちゃんの見た目も性格もほぼ同じだし、買い物の頻度も同じくらいってなると、そっちの世界もこっちとほとんど同じなのかもね」
周りの視線を気にかけながら響香が僕に笑いかけてくる。
「じゃあ、たぶん響香も僕の世界の響香ともほとんど同じなのかも」
そう言うと、彼女は首を少し傾げた。
「かもってどういうこと? 私はともかくお兄ちゃんの妹なんだから分かるでしょ?」
不思議そうにそう言われてから気づいたけど、僕の妹がどうなっているか彼女は全く知らないんだった。
「そういえば、説明していないんだったっけ?」
「なんのこと? リモコンの事?」
「ううん、こっちの世界の事」
「別の世界から来たって事は聞いたけど、あんまり詳しくは教えてもらってなかったかも……そんなに違うの? てっきり、同じような世界だから説明されなかったのかなって思っていたんだけど」
僕も何も言っていなかったっけ、と思って思い返してみたけど、まず思い出す光景は泣いている響香だった。
「あー、あの時は宥めているはずなのに泣く勢いがどんどん増していくから、途中からすごい焦っててなにを言っていたか詳しく覚えていない……」
響香もその時のこと思い出したようで少し肩落とした。
「そう言えばそうだった……えっと、その時はごめんね、なんかお兄ちゃんは行ってくれる言葉まで私のお兄ちゃんそっくりだったから、なんだか余計に泣けてきちゃって……」
少しだけ気恥ずかしそうそう話す。
「私が泣いていたことより、お兄ちゃんの事を教えてよ」
そう言うと顔を少し赤くする。
「うん、まぁ、そうはいっても大したことじゃないんだけどね」
そうは言ったもののどこまで話そうかな。全部話すのはちょっとあれかな。まずはここに来た目的はまず一旦放置でいいや。いつかは話すとしても、会って急に君を救いに来たというのも、なんだか危ない人みたいでいやだし。
でも妹の事を忘れていることは言わなければさっきの言葉の説明は出来ないから、そこは話しておかないとかな。
この2つの事って結構関係が大きいから上手いこと話さないといけないな。
「えっと、色々あって僕の世界から僕の妹の存在が消えているんだ」
「なんか随分と壮大な話だね……リモコンも大分壮大ではあるけど」
嘘ついていない? 私のこと騙そうとしていない? というような表情でこっちを見る響香。
「言われてみるとそうだけど、嘘じゃないからね……」
「本当?」
「うん、そう、本当……っと、ああ、えっと、それでね、その僕の妹がいなかったことになっているんだ」
「へー、そうなんだ……でも、妹がいることは分かっていたの?」
そうだよね、存在しないのにそれを知っているってちょっとした心の病を疑われてもおかしくはない。
「いや、僕もこのリモコンを渡されるまではそんなこと考えもしなかった」
僕は正直にそう答える。そもそも彼女の姿を見るまでは、妹がいるという情報そのものが半信半疑だったのだ、彼女が僕を訝しんでもおかしくはない。ちゃんと信じてもらうためになるべくは本当の事を伝えておこう。
「そういえば、リモコンの出所って聞いてないけど」
これは別に答えても問題はない情報だろう。というか、まずそこを信じてもらわないとすべての情報に信用できる要素がなくなっちゃうし。
「なんというか、これを言うとおかしな人だと思われそうで嫌なんだけど、リモコンは神様から渡されたんだ、その時に僕には実は妹がいるとかその存在が今は世界から失われているとか、その時は半信半疑だったし戸惑ったりもしたんだけど……」
「なるほど、リモコンとか別世界とかみちゃったら否定できなくなっちゃったてこと」
そうはいうもののその表情から察するに神様のこと自体は半信半疑と言っただろうか。
「まぁ、神様についてはそうかな。でも妹がいるって事については、響香に会ったときに確信めいたものは感じたよ。身体や口が自然と動いてて、そのときになんか自分にも響香のような妹がいたんだろうなって思わされちゃって」
我ながら少しおかしな文章になっているとは思うけど、意外に響香は納得してくれたようで頷いてくれた。
「んー、シンパシーなのかな、私もお兄ちゃんのすがたを見たときはね、暑くて幻覚を見てるかなとか思いながらも抱き着いてみたら実態あるし、もしかしたら見間違いかと思いながら何度顔を見てもお兄ちゃんだし、声も仕草もなんかお兄ちゃんみたいだし、そう考えているとなんかどんどんとね、本当のお兄ちゃんだって思えて来ちゃったから、そこは分かるかも」
「それってシンパシーっていうのかは分からないけど、響香がそういうって事はやっぱり僕の妹も響香みたいな感じだったのかな」
「お兄ちゃんが私のお兄ちゃんにそっくりなんだから、そうかもしれないね。でも、そっかー、お兄ちゃんは妹が、私はお兄ちゃんが。お互いに何か欠けていた同士だったんだね」
彼女が妙にニコニコとした表情でこちらに視線を向けてくる。純粋な視線がちょっとだけ痛い。
妹神の話を聞く限りではリモコンで向かう先の世界では、基本的に僕は死んでいるらしいので、僕とその世界の妹の関係は必然的に欠けている者同士になるはずだ。なので、「偶然そうなったよね」というような顔をしている響香の笑顔に少しだけ申し訳なさを覚える。
「そ、そうだね」
とりあえずは無難な言葉を選び口にすると、視線とそっと逸らした。
響香の笑顔から少し視線を逸らしながら歩くこと十数分。買出しでよく使っているスーパーにたどり着く。
「響香は良く来るの?」
さっき聞いた話だと、大体毎週一回くらいだけど、わざわざ平日に来るって事は何回かは響香が任されているのだろうか。僕は料理しないので、あんまり買い物に行くことはないのだが、響香は料理するかもしれないし、もしかしたらちょくちょくスーパーを訪れているのかもしれない。
「うん、半分くらいは私が買いに来てるかな」
スーパー近くというのもあって周り人の数も増えてきた。響香は周囲を気にしながらこっそりと話すようにし始める。
「お兄ちゃんが亡くなってからはまとめ買いすることも少なくなってね、代わりに買い物の頻度が上がったんだ。だから今は多分お兄ちゃんのところと比べると倍くらいの頻度になったかな」
倍くらいということは週に2回行くくらいかな。人数が減ったので一度に多く買う事が減ったのかもしれない。
「買いだめするよりもその日の割引品買った方が安いし、育ち盛りの男の子もいないからいっぱい買う必要もないしからちょくちょく買いに来ればいいし」
「僕ってそんなに食べる人だったの?」
自分との相違点を見つけたと思いそう尋ねてみるけど、買い物かごを手に取った響香は首を横に振った。
「いや、全然だよ。お兄ちゃんだってそんな大食いじゃないでしょ?」
「そうだけど、この世界の僕と違いが……あ、もしかして冗談とかだった?」
すごく分かりづらいし、突っ込みにくい内容ではあったけど、響香が僕の事をお兄ちゃんと同一としてみてくれているなら、気軽な小ボケだったのかもしれない。
「あれ、伝わってなかった? 実際は葬式とかいろいろとやってバタバタとしている間になんとなく変わっただけだよ。だから特に理由はなくて、理由は後付けのものだったりするかも」
買い物かごを取って入口に立つと、スーパーの中の空気が足もとを冷やす。
「お兄ちゃんは好きな食べ物とかあるー?」
食品をかごに入れながら、割と普通の声量で響香が話しかけてくる。余りにも自然に声をかけて来たので、もしかしたら買い物しながら話をするというのは、よくあったことなのかもしれない。このままだと虚空に話しかける人になってしまう気がする。
「響香、声」
「あ……」
響香は身体を強張らせてから、キョロキョロと周りを見回してからホッと息を吐く。
そこまで多くないとはいえ、人もいるし響香がまたうっかりするかもしれないな。
「まぁ、僕のことを知っている人なんてそういないかもしれないし、様子を見つつ干渉状態にするよ」
響香が気にするようならやめるけど、とりあえず提案はしてみる。
「あ、じゃあ卵多く買おうかな、安いの一人二パックまでだし」
僕の提案を嬉々として聞きいれて、そんなことを言い出した。しっかりしてるのか抜けてるのか……。一応知り合いに見られる可能性自体はあるんだけど。
一直線で卵コーナーへ向かって行く響香をみて、ちょっとだけ心配になった。
商品棚の影で干渉状態にして、代わりにカゴを持ったらこの際だからと米を買おうとしてきたり(カゴに卵が入っていたので結局買わなかった)、卵コーナーの表記よく見たら一人じゃなくて一家族表記だったのでどうするか話した結果二パック元の場所に戻したりと、一人で買い物するより騒がしかったが、不思議と嫌ではなかった。
スーパーを出ると温度差のせいかちょっとだけ暑く感じられた。
両手に袋を手にして、二人で帰り道を歩く。
「一袋くらいは私が持つよー」
袋は全部僕が持っていたのだが、しばらく歩いていると響香がそう提案してくる。
「でも響香は学校帰りだから荷物あるでしょ、僕が持つよ」
「そうだけど、うちの買い物なのにお兄ちゃんに全部持たせるのは流石に悪い気がするし」
そこまで重くないからこのまま運んでも良かったんだけど、たぶん響香もなにか持ちたいのかもしれない。
自分の持っているものを見る。持ってもらうならどれが一番適しているかな……。
「じゃあ、卵の袋だけ持ってよ、他に当たって割れるといけないし、そこまで重くはないだろうし」
「分かった、まっかせてー」
喜んで両手を出してきた響香に卵が二パック入っている袋を手渡した。
「あ、そういえば結局聞きそびれていたんだけど、というか買い物終わった後に聞くのもあれなんだけど、お兄ちゃんの好きな食べ物は?」
「え、あ……そういえば、そんなこと言っていたね」
言われてみれば答えてない気がする。僕の好きな食べ物か……うーん、なんだろう。
「そうだね……甘い物は苦手だけど、改めてきかれるとなんだろう……」
考えてみたけど、特にこれだって言える料理は思い浮かばなかった。ただ、なんとなく好きな料理の傾向とかを考えるとぼんやりと見えてくるものがあった。
「うーん、じゃが芋とかかな……」
「まさかの食材で来たかー、えーと、そうだなー、じゃあ、肉じゃがにしよう。一応作れるだけのものはあるし」
「肉じゃがにしようって、今日の献立のこと? それなら好きなように食べればいいのに」
「せっかくなんだし、お兄ちゃんの好きなもの作ろうかなって思って、まさか食材言われるとは思ってなかったけど」
そう言ってはちょっと苦笑いする響香。
そして、会話の流れからなんとなく察したことが一つ。
「あれ、もしかして、今日の晩ご飯僕も食べる想定されてる?」
「うん、そのつもりだよ。今日は二人とも遅いし、一人で食べるの寂しいからね、だからせっかくならお兄ちゃんと食べたいと思って誘ったんだよ」
「それで今日だったの?」
「そうだよ」
急遽、今日の晩ご飯をごちそうされることになった僕は、家につくと買った物を台所に置いて、響香に言われたとおりにリビングのソファーに腰を掛けた。
特にすることもないので、キッチンに立つ響香の背中を眺める。
響香は家についてからすぐに制服から部屋着に着替えて、普段は付けていないであろうエプロンを身に着けて調理を始めた。そんなことをしているうちに日は沈み切り、リビングとキッチンには電気が点けられている。本来ならもう帰っているつもりの時間だろう。
玉ねぎの独特なにおいを感じながら、響香の背中でプラプラと揺れ動いているエプロンの紐を眺めていると彼女が小皿を手に振り返った。
「おにいちゃーん、あじみー」
様子を見るにこっちへ来いということなんだろう。ソファーから立ち上がって、近くまで行くと小皿を渡された。
小皿の上には表面がほのかに薄茶色に染まったじゃが芋と、2本くらいの糸こんにゃくがあった。
「えっと、箸とか……」
「その辺りの割り箸とかで」
「割り箸は引き出しの一番上とかかな?」
「うん、たぶん入っていると思う」
「分かった」
近くの引き出しを引くと僕の世界同様に割り箸がいくつか入っていたので、1膳取り出して、じゃが芋と色こんにゃくを口に放り込んだ。
「どう?」
アルミ箔の落し蓋を鍋に戻しながら響香が尋ねてくる。
じゃが芋はほくほくとしているし、少し濃いめの味もご飯と一緒に食べたらきっとおいしいだろう。
「うん、美味しいよ」
「そっか、じゃあ完成かな」
そう言って戻したばかりのアルミ箔を取り出した。なんか二度手間をしているようでちょっとだけ面白かったけど黙っておこう。
「えっと、後はせっかくだから玉子焼きでもつけようかな、一緒に食べてくれるおまけみたいなもの。お父さんとお母さんには肉じゃがだけ」
響香は卵焼きをサッと作って、スッと切り分けた。よく作っているのだろう、見事な手際だった。
「よし、じゃあ、晩御飯にしよっか、お兄ちゃん」
器に盛られた肉じゃがと三切れの玉子焼き。五等分してそのうち三つを僕に割り当てた。
「お兄ちゃん、ごはんは大盛り?」
しゃもじを持った響香はなにか妙な笑みを浮かべていた。
「なんか嫌な予感もするし普通……いや、少な目でお願い」
「ちぇー、なんか察しがいいー」
彼女に渡されたご飯は希望通り少な目だった。ただしその器はどんぶりだったので、それでも普通の茶碗一杯分ほどはあるように見える。
「ちぇ、って……まぁ、いいや、いただきます」
「うん、いただきます」
今日学校であったこと、この世界の僕が亡くなった後のことなど、食事の間、響香は楽しそうにずっと話していた。
肉じゃがと卵焼きに白米という組み合わせにも飲み物として牛乳を取り出した響香に対して「給食みたいだね」と言うと「まだ中学生だもーん」という返答を返されたり、卵焼きになにかけるかという質問をされてそのまま食べるといったら、「やっぱり」みたいな表情されたりする。
「それでね、私が転んじゃって、棒がバキッって折れちゃって……」
そんなひと時を過ごしてみて、楽しそうに話す響香を見て、なんとなく懐かしく思えた。そんな時間は心地良くて、僕の日常に欠けていた何か埋まっていくように感じた。
そんな時間も食事が終われば終わり、僕はまたソファーで響香の背中を眺めていた。
洗い物くらいはやるといったのだが、「いいからいいから」とソファーに座らされたのだ。
手慣れているからか皿洗いはすぐに終わったようで、少しして彼女も隣に腰を掛けた。
「今日は楽しかったよ。それに嬉しかった。あと、なんだろ、ぴったりな言葉は見つからないけど良かった」
濡れた手をハンカチで拭きながら、笑顔でそう言ってくれる響香。言いたい言葉を全部言われた気がするけど、同じことを言うのもなんか気恥ずかしいので、適当に誤魔化しながら「僕もいい時間を過ごせたと思う」とだけ答える。
「それで、次はいつ会えるかな……お母さんたちがいると会いにくいし、かといって外で長時間一緒にいるのもあれだし……」
「僕の方は、いつでも大丈夫だと思う」
こっちの方は特に重要な用事なんてないし、その気になればつでも開けられるだろう。響香が時間のある時でいいかもしれない。
「えーと……そうだなー……とりあえずは来週の月曜日かなー、お父さんもお母さんも月曜日は遅くなる日が多いし、そうじゃなさそうだったら会った時にまた伝えるよ」
「分かった、じゃあまた来週って事になるのかな」
「うん、バイバイお兄ちゃん」
「またね、響香」
別れの挨拶と次の約束も済ませた事だし、荷物をまとめリモコンのスイッチをオフにした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「へー、それでそれで、美味しかった?」
自分の部屋に返ってきた僕は、当然のように待ち構えていた妹神に色々と聞かれていた。
「うん、美味しかったよ」
「いいなー、美味しいごはんー、私も食べたーい」
「神様なら何とかできたりしないの?」
「いやー、食事にまつわる神ならともかく、私はあくまで妹の神でしかないからねー」
「そういうものなんだ」
「そういうものなのー」
一応はあちらから提案してきた相談会のはずなのに、なんというか他愛もない会話のようにしかも思えない。
最初にあちらであったことやしたことを報告して、色々と質問をしていたのだが、色々と話しているうちに彼女の言葉が雑談的なものへ変わっていき今に至った。
すっかり雑談となってしまっているし、そろそろ軌道修正をしなきゃいけないかな、というかしないと無限に会話していそうだし。
「あの、それでなんだけど」
「うん、なになに?」
「これからどうしたらいいとかそういうアドバイスとかは?」
「え、あー、そっか、そうだね、これ相談だもんね」
どうやらあちら側にはもう相談されているという意識はなかったらしい。地味に困ったものである。というか、言いだしっぺなのだし忘れないでほしいんだけど。
「あのねー、えっとねー……」
言いよどんで瞳を閉じると、数秒の沈黙する妹神。しばらくしてから大きくうなずき、目を見開いた彼女は「うん、保留!」と大きな声で言った。
「ほ、保留?」
「そう、保留。とりあえずはお兄ちゃんの思うまま動いてみてよ。大きな動きがあったりなにしたらいいか分からなくなったら言ってね、それじゃ、ばいばーい」
早口でそういうと、彼女は逃げるようにすっと消えて行った。
やっぱり光らなくても行き来できるらしい。それと、こちらとしてはどうすればいいか分からないから相談しているつもりだったのだが、どうやらあちらには伝わらなかったらしい。結局『救う』ってなんなのかよく分かっていないし、その辺りも教えてほしかったんだけど。
逃げるようにすっと消えたように見えたけど、あれは本当に逃げただけなのかも……。
「なんだか、微妙に頼っていいのかどうかわからない神様だな……すごいのは分かるんだけど……」
あと神として関わっている範囲のものしか好きかって出来ないなら、やっぱり妹というのは結構範囲が狭いんじゃないかという気がしてきた。
リモコンを使った世界の移動も移動先の座標が妹の部屋で、妹が存在しないと使えないものだし、彼女が何かするには妹関係の何かが必要なのかな。
彼女が望んで『妹』を担当することになったのかどうかは分からないけど、もしも位が高い神から命じられてそこを担当しているとするならば随分と難儀なものかもしれない。でも、彼女の事だからきっと自ら『妹』を担当したんだろうなぁ……なんとなくだけどそう思う。
「馬鹿なこと考えてないで、お風呂入って、明日の準備して寝よう」
この時間までずっとあっちにいたから、お風呂掃除をまだしていないことを思いだす。
こういったことは後になればなるほど面倒臭く感じるものだ。既に大分面倒臭く思えるけどさっさと済ませて、入浴して就寝しよう。
次に響香に会ったらどうするかを考えながら風呂場まで足を運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます