第1話・妹神と不思議なリモコン

 突如として目の前に現れた電波な少女は謎のエネルギーで宙に浮いている。そのせいで頭のネジの外れ具合よりも先に非常識な存在である方に気が向かう。


「ふははははー、私は妹神いもうとがみ。全妹を総べる神なのだー」


 全体を通しての言葉の意味は全くもって理解できないけど、その台詞から部分的に拾った情報によるとどうやら彼女は神様らしい。


「えっと、どんな御用でしょう……か?」


 我ながら普通過ぎる質問だなとおもったが、いろいろと理解が追い付いていない以上これ以上の言葉は思いつかない。普通過ぎて、仮に相手が本当に神様なら逆に異常かもしれないけど。


「うーん、そうだねー、その質問に対しての回答をクイズにしてもいいんだけど、おにいちゃんはそういうの求めてなさそうだし、さくっと回答するけど」


 彼女はそういうと両手を腰に当てて胸を張る。



「おにいちゃんには妹を救って貰います!」




 一瞬の静寂。蒸し暑いはずのこの部屋に、一瞬だけ冷気が満ちたようにも思えた。


「??????」


 そして僕はというと、その言葉に自然と首を傾げてしまっていた。

 自分のその行動に、オーバーアクション以外でも首を傾げるんだなーと思った。


「えっと、どういうこと……かな」


 とりあえずまるで意味が分からなかったのでそうきいてはみたけど。


「うん? 言った通りだけど」


 のぞんだような返答は返ってこなかった。


「いや、理解できていないんだけど……」

「まぁ、そっかー、やっぱり順序立てて説明しないとかー」


 分かっているのなら最初からそうしてほしかったとは思うけど、拗ねられて口を紡がれても困るので黙っておくことにした。


「そうだねー、まず、おにいちゃんには妹がいます」


 そう言って妹神が人差し指を立てる。


「いや、いないけど」


 前提の時点で間違っていた。

 僕に兄弟姉妹はいない。一人っ子だ。


「うーん、そうだねー……まぁ、そんなんだけどー……そうなんだけども、まー、いるんですよ、うん」


 言葉を詰まらせながらいると伝えられても、こっちとしてもどう反応すればいいのか分からない。


「僕に妹はいないと思うんだけどな」

「そこはー、ほら、あとで説明するから、ね、とりあえずいるって事にしておいて」

「あ、うん」


 ということで、今から彼女の話の間は僕に妹がいることになった。


 ここで反発しても話が進まなさそうだし、しかたないよね。神様の言うことは聞いておこう。


「それで、二つ目」


 そう言って中指も立ててピースの形にする。


「その妹ちゃんは今この世界に存在しません」


「やっぱりいないんじゃん」


 つい、口を出してしまった。いや、だってさっきと言っていることが真逆だし。


「うん。そう、……でも、確かにこの世界にお兄ちゃんの妹はいたんです」


「うん?」


 ここで強調して言われた『今は』という言葉が気になった。


「そう、おにいちゃんも忘れている、世界から存在を消されたその妹ちゃんを救うのがおにいちゃんの役目です」


 ビシッ、決めポーズのように左手でこちらを指差す神様。しかしながら右手がピースサインのままだったので微妙に決まっていないように感じる。


「……え、えっと、どういうこと」


「うん、そうなるよね、だから……これが一番大事な三つ目です」


 そう言って彼女は薬指を立てる。


「妹ちゃんを救うためにはおにいちゃんは、妹ちゃんたちを救わなければいけません」

「なにその頭痛が痛いみたいな言葉は」


 またしてもつい口を出してしまった。

 彼女の言葉から、なんとなく複数いることは分かったんだけど、内容を理解しきるには説明不足が過ぎる気がする。


「そうだね、ちょっと言葉が足りなかった」


 ちょっとどころではなさそうだけど、今度はちゃんと心の中にその言葉をしまっておくことができた。


「お兄ちゃんはこの世界の、つまりはお兄ちゃんの妹を救う必要があります」

「うん」


「そして、それを成し遂げるためには妹力というエネルギーが必要です」

「うん?」


「そのために他の世界の妹たちを救う必要があります」

「ん?」


「なので頑張ってください」

「えっと?」


 意味不明の情報を沢山受け取ってしまったため、どうしたものかと文字通り頭を抱えていると、彼女は服の中からなにかを取り出した。


「じゃじゃーん、はいどうぞ」


 服の中から取り出されたなにかを賞状授与の時のように風にこちらへ差し出してくる。

 何かわからないものを受け取るのには不安感はあったが、話を進めるためには必用そうだったので、とりあえず受け取っておいた。


 正直どうやって服の中で落ちないように留めておいたのかは分からないサイズのものだった。隠し持っておくにしても、服が膨らんで分かりそうなものだが、取り出す前と後で外見の変化はない。


 渡されたものは未だに少し温い。それは大き目なダイヤルが二つ付いている板状のものだった。二つのダイヤルの内一つは10個、もう一つは3つの指定が出来るようになっている。


 この数の違いは何なのか考えながら眺めていると、横の方にボタンのようなものも発見した。


「えっと、これは?」

「リモコン」

「なんの?」

「世界のチャンネルを切り替える」

「どういう事?」

「あー、えっと、ちょっと待ってね」


 彼女はごそごそと服の中から説明書のようなものを取りだしてそれを読み始める。


「えっとね、とりあえずは操作しないで説明を聞いてほしいんだけど」


 よく分からないものを触ろうとは思わなかったけど、それを聞いて少し怖くなったので、彼女がリモコンと称したそれを窓近くのスペースにそっと置いた。


「まずね、その上の方にある大きい方のダイヤルはチャンネルの操作の奴で、それを回して世界チャンネル……つまりはお兄ちゃんの向かう世界を切り替えられる。今は0番にセットされているでしょ、それはこの世界の事ねー、まぁ、別にダイヤルを0世界チャンネルに合わせなくても、電源スイッチをオフにすれば帰って来られるから、あんまり使わないと思うけど覚えておくといいことあるかもね」

「良い事って?」

「さぁ?」


 あ、これは恐らくだけど、流れに合わせて彼女が適当言っただけかも……なんとなくだけど、そう感じる。


「そういえば、電源スイッチはリモコンの横についてるボタンの事かな?」


 リモコンを手にして、横に付いたボタンを指差してたずねてみる。


「うん、そうそう、それ。今はオフになってるから平らになってるけど、凹んでいる状態はオンの状態だから気を付けてね」

「気を付けるって?」

「うん、オンになっている状態でさっきのダイヤル動かすと世界を移動しちゃうから」


 うわ、怖っ……。お手軽ワンタッチでそんな大それた事象が起きるのは怖すぎる。リモコンまたそっと元の場所に戻す。


「それと小さめのダイヤルの方はモード切替用のもので、えーと……説明書読むとね、①観察、②半介入、③介入ってあるけど、分かりやすく説明するとして……そうだなー、じゃあ、それぞれ非干渉、半干渉、干渉って呼ぶね」


 説明書あるならそっちを読ませてほしいなぁ、とも思ったが、そんなこと言おうものなら、話しが脱線していく気配を感じたので、素直に彼女の説明を聞くことにした。


 聞いた話を要約すると、3つのモードにはそれぞれ使い方があって、『非干渉』はあっちの世界をのぞき見ることはできるけど、物体に干渉することはできない覗き見専用のモードで、あちら側からこちらの存在を認識できないので情報収集には便利なモード。

 次に『半干渉』は物に触れられるらしいが、あちらの世界の妹に相当する存在以外からは認識されないモードで、物とか下手に持ったり、足音を立てて歩くとまるで心霊現象のようになるから気を付けて使った方がいいけど、妹とだけやり取りをしたい時には便利なモードらしい。

 そして最後に『干渉』のモードであるが、この状態だと普通にものに触れるし、あちら側の誰でも認識できるようになるらしい。要は完全に移動したような状態になるモードで、あっち側で妹以外の人物とやり取りをするときに使用するモードであるらしい。

 これら3つのモードの話を聞いたあと、説明書あるなら読ませてほしいとダメもとで頼んでみたらあっさり渡してくれた。


 まさか渡してくれるとは思っていなかったので、不思議に思いながらも開いてみると、その中身は一見すると日本語のような文字が書かれているように見えたが、いざ読もうとするとそれが何なのか分からなくなるという不思議なものだった。

 何度か読もうとしたのだが、何度読もうとしても理解ができず、そのうちめまいがしてきて、気持ちが悪くなってきてしまった。

 これは読めないなと彼女に返したら、「やっぱり読めなかった?」とくすくすと笑っていた。どうやら彼女にはこうなることが分かっていたらしい。


「さてと、ある程度説明したかな」

「まぁ、いろいろ足りてないけど、必要最低限は……多分」


 その場に腰を下ろしつつ、吐き気をこらえながらなんとか言葉を返す。


「うーん、おにいちゃんも気持ち悪そうにしているし、次回レクチャーはおにいちゃんが試しにあっちの世界に行って帰ってきてからかな」

「誰のせいでこうなっていると……」

「おにいちゃんが説明書読みたいって言ったからじゃーん。じごーじとくー」


 唇をとがらせてそういう彼女が微妙に憎たらしいが、体調が悪すぎてそれどころではない。


「そうだけど……分かっているなら止めてよ……」

「いやー、読めないことは分かっていたけど、まさかそこまで気持ち悪くなるとは思ってなかったから、ごめんね」


 まぁ、確かに読みたいと言ったのは自分だし、そこまで責める気はないけど。


「さてと、私、妹神は今日のところは帰りたいと思うんですけど、何か質問ありますー?」

「うーん、聞きたいことは色々あるけど、まず、その妹神って何?」


 とりあえずはそこだ。聞いた事もない神様だが、なにをする神様なのだろうか。


「海の神様は海神さま、軍の神は軍神さま、それと同じで私は全妹を総べる神、妹神いもうとがみさまだよー」


 聞いて余計に分からなくなった。範囲が広いのか狭いの良く分からないあたりが絶妙に意味が分からない。


「それじゃあ、もう一つ、なんで僕の事おにいちゃんって呼ぶの?」

「それは私が妹神だからだよ、妹神は神様であると同時に全世界のお兄ちゃんお姉ちゃんの妹でもあるからね」

 ふふん、と胸を張る妹神様。


「なんかニッチな神様である割に随分とスケールは大きいんだね」

「ふふん、妹神は最高の神様だからね。位はソコマデデモナイケド……」


 聞いたことないだけにやっぱり階級そこまでもないらしい。


「まぁ、じゃあそんな感じかな……それじゃあお別れとなる訳だけど、アドバイスを一つ」


 と口にしながらも半透明になり始めた妹神。こういった非現実的現象を見せられると、こんな馴染みやすいというか、あんまり偉そうにしないキャラクター性の割にやっぱり神様ではあるんだなと思わされた。


「えっとねー、世界を移動する際は非干渉状態で移動することをお勧めするよ、あと、最初は偵察にだけに収めてくるといいんじゃないかな、まぁ、そうじゃなくても非干渉状態で移動した方が何かと便利だとは思うけど、それじゃあねー」


 それだけ言って、完全に姿が見えなくなってしまった。

 彼女との邂逅は終わってみれば、あれは熱中症で見た幻覚か、白昼夢だと言われた方がいっそのことまだ真実味があるものだったが、手元に残されたリモコン(と彼女が言っていたもの)がアレは現実だったと強く証明してくる。

 なにもない空き部屋を出て、隣の自分の部屋に入ると、部屋の中の空気は十分に冷やされており温度差で最初は肌寒くすら感じた。

 ほんの少しだけ温度の上がった牛乳を飲みながらリモコンを眺める。


「リモコンという割にはなんというか、昔のテレビの横についていたダイヤルみたいだよね、これ」


 もちろん実物は見たことないけど、なんとなくそれっぽい感じがした。彼女もチャンネルだとか電源だとかそういう言い方してた辺り、少なからず意識していそうなものだけど。

 でも、そうだとしたら、彼女は意外と情報が古いのかも。神の世界の時間の基準が分からない以上、実際どうなのかは分からないけど。


 とりあえず、言われたとおり世界を移るというものを試してみようとは思ったが、まだちょっと気持ち悪い事もあって、とりあえず夕食まで眠ることにした。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 昨夜は仮眠してから適当に夕飯を済ませ、週末向けの宿題をやるだけやってすぐに眠った。

 土曜日の朝……もとい昼前。仮眠の時間が思ったより長かった事やプリント二枚だし終わらせてしまおうと思っていた宿題の文字が小さめで問題がびっしりあったこともあって、目覚めたらこんな時間になってしまっていた。


 朝食兼昼食を軽く済ませて、自分の部屋に戻って机の上になげだしてあるリモコンを手にとった。


 全体的な大きさはテレビのリモコンと同じくらいだが、ダイヤルが付いているせいで妙に立体感がある。

 昨日、というか、寝る前に宿題を全部終わらせたのは、手に持っているこれを試すためだ。あの説明書みたいになったら、寝込むかもしれないし。

 とりあえず、最初は昨日聞いた通りに動かしてみよう。


 小さい方のダイヤル動かし、ツマミの先の矢印を1を指している事を確認する。これが非干渉の対応する番号だったはず。次に大きなダイヤルを矢印の指す番号が⓪から①になるように動かす。


 これで後は横のスイッチを押しこめば別の世界に行けるらしい。にわかには信じがたいところだけど、このリモコンを手に入れた経緯からするとある程度その性能を信頼できるのが困る。


 どうなるか分からないので押すのは怖いのだが押さないことには何も始まらない。

 思い切ってリモコンを握る手の親指に力を入れる、すると視界は一転する。


 体に浮遊感を覚え、風景は某子守用ロボットに登場する時間移動装置での移動経路のような不思議空間さながらの物となった。そんな時間もわずか数秒。ほんの三秒にも満たない僅かな時間だった。


 またしても視界が一転する。目に入って来た風景はまるで女の子の部屋のようだった。いや、これは事実女の子の部屋な気がする。だって、部屋のハンガーにはうちの近くの中学の女子制服がかかっているし……


 埃が積もっている様子も見えないので、この部屋には今も住人がいるはずだ。今はたまたま不在だったけど鉢合わせする可能性もある。これは非干渉状態で世界を移ることを妹神がお勧めするはずだ。


 しばらく部屋の観察をしてから思ったが、女の子の部屋をじっと観察するのはあまり良いことではないのではと思ったのと、ここがどこなのかも分からないというのもあって、とりあえずは部屋から出ようと思ったのだが、この部屋に既視感を覚えた。


 当然ながら別の世界であるこの部屋へ一度も訪れたことはないし、この部屋の風景を見たこともないはずだが何か既視感を覚えたのだ。

 少し考えて、その既視感の正体に気づいた僕は扉の外の廊下に出ようと足を進めた。


 ドアノブを掴もうとするもすり抜けてしまいドアを開けられなかったので、どうしようかとも思ったが、よく考えたら、すりぬけられるならドアもすり抜けてしまえばいいことに気づき、試してみるとあっさりすり抜けることができた。


 ドアを抜けた先で、想像通りの光景が目に入る。視線を左右に向けても予想通りの光景だ。

 もしかしてと思い、となりの部屋に入ってみるとそこには、自分の部屋があった。


 ここは僕の家だ。この世界における僕の家だ。

 つまり、最初に見た部屋はこの世界における僕の妹の部屋ということだろうか。


 自分の世界では空室だったが、この世界では誰か女性、それも中学に通っているであろう女性が住んでいる。こうなってくると妹神が言う『いないことになっている妹』の存在も嘘ではない気がしてくる。


 少しして冷静さ取り戻してから、これからどうしたものかと廊下に出る。


 落ち着くために今の状態やこれからどうするかなどを考えていたら、ふとあることに気づく。


「そういえば、ドアはすり抜けられるのに、なんで床はすり抜けないんだろう」


 そう頭で考えたのが不味かったのか、とたんに視線が急に落下し始める。そう、身体が床をすり抜けたのだ。


「まずい」


 早口でそう一言呟いているうちに一階の光景が目に入る。このままで落ち続けると思い、止まれと心の中で念じたら、身体が宙にあるにもかかわらず落下は停止した。


 どういうことかとも思ったが、この世界の物に一切干渉できないなら、身体を思い通りに動かせるという事なのではないかと考えた。

 試しに上に向かうように考えてみると身体は徐々に上へ登り始めたので、これは間違いないだろう。


 これは便利な状態かもしれない、覚えていたら活用していこう。まあ、慣れないし、普段から使って日常生活でおかしな施行になっても困るから、普段はこういったことは意識しないで地面を歩く感じでいこう。


 床に足をつけ、これからどうするか考えるが、結局のところこの世界で何をしたらいいか詳しい事が分かっている訳でもないので、とりあえずは元の世界に帰った方がいい気がしてきた。


 妹神を名乗る彼女は、次に会うのは行って帰ってきたあとというようなことをいっていた気がするし、もしかしたらなにかしら説明を貰えるかもしれない。


 大きいダイヤルを回して、別世界に来たとき同様に謎空間を経由して元の世界に戻った。戻った先は先ほど見た部屋と瓜二つの自分の部屋だった。


 特に何かしたというわけではないが、疲労感を覚えベッドに腰を掛ける。


 とりあえずは無事に帰って来られたという安心感からか大きく息をついたところで、吐いた空気を吸うよりも先に部屋の中央のなにもない場所が白く輝く。これは間違いない、彼女が現れるのだろう。


「やっほー、おかえりなさーい、おにいちゃーん」


 昨日同様に何の威厳も感じられない様子で光の中から彼女は現れた。


 いまさっき戻ってきたというこのタイミングで彼女が現れたということは、なんらかの力か作用でリモコンを使ったことを察知できるのかもしれない。


「さて、おにいちゃんは基本的な非干渉モードでの体の動かし方を覚えたかな、それとも分からず慌てて戻って来たかな?」


 僕をとりあえずあの世界に向かわせたのは、口で言うよりまずやってもらってということだったのかもしれない。


「最初はびっくりしたけど、なんとなくは分かったよ」

「うん、それは良かった。ものに触ることはできないけど、意識は大事だから何かに腰を掛けたり、寄りかかったり、床の上歩いたりとかはそういう風に考えることでそうなるように体を動かせるから上手く活用してね」


 まるでゲームのチュートリアルのような口調で彼女が説明する。


「そ・れ・と、とりあえず妹ちゃんに会えたかどうかは分からないけど、たぶん妹ちゃんの存在はある程度信じてくれただろうし、今日はその辺りの事情やらの説明を詳しくしていくね」


 ごく自然な様子で妹神は隣に腰を掛ける。


「さてと、まずはおにいちゃんの妹ちゃんに付いて説明しようかな」


 なぜ体面にあるイスではなくベッドに腰を掛けたのかは知らないが、それについてたずねて話の流れを変えるのもあれなのでそのまま会話をすることにした。


「僕の妹について?」

「うん、この世界の妹ちゃんについての話。どうして消えたのか、そして、おにいちゃんが思っている、もしくはこれから思うかもしれない、なんでおにいちゃんが動かないといけないか、とかね」

「そういえばそれもそうだね」


 胡散臭いけど一応は超常的存在らしい神を名乗るものに言われたのでその通りに動いたけど、確かになんで僕がリモコンを使って別の世界に移動しないといけないんだろうか。


「あはは、おにいちゃんのおっひっとよしー、まぁ、今日はそんなお人よしのおにいちゃんのために、私が色々と説明してあげる日だよー」


 ニコニコとした表情で彼女が話し始める。


「えっとね、まず、お兄ちゃんの妹ちゃんのおはなしからね」

「うん」

「昨日話した通り、今はこの世界にはいません。存在も消されています。なのでお兄ちゃんも全く覚えていません」


 彼女は非常に不思議なことを話しているが、リモコンの特異性、別世界の存在、そして目の前の彼女自身がそもそも不思議そのものと呼べる以上、ファンタジックだからスピリチュアルだからという理由で、いまの僕はその言葉を否定できない。


「それで、もちろんですが妹ちゃんがそうなったのには理由があります」


 大事な事を伝える為か、一区切りするようにフッと息を吐き、ある種の決め台詞かのように続きを口にした。


「彼女はある日死んでしまいました」


 少しだけ僕は戸惑った。今はいないし、実感もそこまで持ててはいないが、身内が死んだと聞かされてほんの少しだけど、僕は動揺しているらしい。


「死んだ? 僕の妹が?」

「うん、そう。あっさりと、彼女は物すごくあっさりと死んじゃったの」


 じゃあ、彼女は僕に妹を生き返らせろと言っているのか? だとして、今話した事と存在が消滅している事との繋がりも見えてこない。


「でも、彼女はまだこの世界にいたかったと強く願ったの、だから妹神はその願いを叶えることにしたの。ふふん、私ってやさしー」


「余計な茶々はいいから、続きをお願い」


 いたであろう僕の妹が死んでいるというのにおちゃらける彼女を見て、なんだか馬鹿にされているような気がして少しだけとはいえ、つい語調が強めになってしまった。


「むー、もうちょっとほめてくれてもいいのにー……とはまぁ、言わないよ。ただじゃないんだし」


 わざとらしい拗ねた様子を見せたかと思えば、彼女はすぐに真面目な表情を作った。


「ただじゃない……どういうこと」


 さっきの僕の言葉のせいで機嫌を損ねたのかもしれないと恐る恐るそう声をかけてみる。


「昨日言ったでしょ、妹力いもうとりょくを集めてもらうって。それは妹ちゃんを復活させるのに必要なエネルギーなの。そしてそれを集めてもらうために様々な世界の妹を救う必要があるんだよ」


 そこまで言うと彼女はニコリと笑う。どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。その様子を見て少しだけ安心した。彼女の言っていることはよくわからないけど……


「でもなぜ僕が救う必要があるの? もしかして、そうしないといけない理由があるとか……」

「その通り!」


 妹神はそう言いながら勢いよく立ち上がると僕と向き合った。


「まずね、妹ちゃんが消えた理由から説明するとね。妹力を生み出すために自分の存在を燃やしたからだよ」

「それは……どういうこと?」


 それが何なのかはともかく妹力というものが必要なのは分かったけど、それを生み出して自分が消えたら意味がないような……


「うん、まぁ、そういう反応しちゃうよね。でも、もうちょっと先まで聞いてくれると嬉しいな」


 彼女が僕の手からリモコンを取り上げると、それを目の前に突き出してくる。


「このリモコン……簡単にパラレルワールドに飛べるすごい機械だと思わない?」

「それは、そうだけど」

「そんなものがただで作れるわけがないんだよ。だからね、それを作るために妹力が必要だったんだ。だから彼女は自分の存在を燃やして妹力を発生させたっていうことだよ」


 そこまで話すと、じゃあ返すねといってリモコンを手渡される。

 僕の妹が存在を燃やして作ったと言われると、これが形見を通り越して、妹そのものなのではないかとも少し思えてくる。

 僕の妹はこのリモコンと引き換えにこの世界からいないものにされたということは、とりあえずのところ理解できた。


「もしかして、僕がこれを使って妹力を集めないといけないのって」

「うん、彼女自身が妹力を集められない状態にあるからだね。でもね、この契約は私と彼女との間に結ばれたものだから、本当は妹力集めも一人でしないといけないんだ。でも彼女はそれができる状態にない。だから、温情として最も彼女に近い人物一人だけは特例として協力させてあげることを許可したんだ」

「だから、僕が選ばれたって事?」

「せいかーい、だから、お兄ちゃんは妹の意志を汲んで、最後まで頑張らないといけないんだよ」


 あまりにも唐突で、あまりにも多い情報だ。それを頭の中で処理しきれていなかったが、なんだか僕がやらなければいけないことである気がした。


「ふふーん、やる気だねー、やっぱりお人よしなうえ流されやすいおにいちゃん。そんなおにいちゃんのこと、私は好きだよー。無駄に頑固で意地っ張りなおにいちゃんよりも何倍も好きだよー」


 これは、からかわれている気がする。からかわれているのは分かるが、それとなく好意も感じてはいる為、嫌な気持ち半分嬉しさ半分といったところだ。


「だから、お兄ちゃんが妹をよみがえらせるまでは、特別に私が色々とサポートしてあげるよ」

「サポート?」

「うん、相談に乗ったり、そのリモコンについて色々とやってあげたりとか。まぁ、規定があるから別の世界には付いて行ってあげられないけど、この世界で出来る分にはいろいろとね」


 神様のサポートが得られるなら、と思ったけどこの世界から離れて付いて来てくれるわけではないらしい。でも、神様というくらいなので期待してもいい気がする。


「その他には何かしてくれるの、救うための手伝いとか……って、そういえば聞きそびれていたけど、救うってなんなの。具体性に欠けるというか……」


 救うという単語は、単語としての力が強すぎる。それでもって、目に見えてピンチに陥っていたりしている状況ならともかく、チラッと見ただけだがさっき行った世界は戦争を行っているようにも思えなければ何か大きな事件が起きているようにも思えなかった。


 いや、実際そんな世界だったなら救うと言う事自体が困難だから困るといえば困るのだが、こうも分からないのは困ったものだった。


「んー、そんなことー、それは、まぁ、ほら、人によると思うよー、その世界の妹ちゃんの抱える悩みとか解決していけばそのうち救ったことになるはずー」


 しどろもどろな返答をしながら、急に視線を泳がせ始めた彼女は2、3歩後ろに下がった。


「なんでそんな適当なのさ……」


 彼女の言うサポート自体がなんだか不安に思えてきたんだけど。そう言えば、結局サポートって何をくれるんだろう。こっちも聞いておかないと。


「あのサポー……」

「さて、それはともかく、これから何ヶ月になるか分からないけどよろしくね、おにいちゃん」


 僕の言葉を遮るように早口でそう言ったあと、ニコッと笑みを浮かべ、

「あ、ちょっと、まっ……」


 僕の静止の言葉を最後まで聞くことなく、彼女は光の中に消えてしまった。


 なんだか言いたいことだけ言って帰って行った、そんな感じの印象を覚えた二回目の不可思議存在との邂逅だった。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 妹神の去った後の虚空をしばらく見つめた後、身体を後ろに倒し大きく息を吐く。


 いろいろと説明してくれたのはいいが、なんだか非常に疲れた。説明の内容自体もめちゃくちゃな状況を説明されたわけだし、理解というか情報の消化に体力を使わされた気分だった。


 とりあえず分かっている情報を整理すると、まず僕の妹が死んでいて生き返るためにあの妹神とやらと契約して自分の存在を燃やした。そうして出来たリモコンを使って妹力とか言うふざけたネーミングのエネルギーを集める必要があって、それを集めるために他の世界の妹を救う必要がある。そして、僕の妹は現在それが出来ない状態にあるため代わりにそれする必要がある。ちなみに『救う』が何を意味しているかは相手によって違う……って、どうすればいいんだ、これ……。


 まとめてみると余計訳が分からなくなってくる。いっそ全部冗談でドッキリ大成功と看板を持った人が現れた方がまだ納得がいく。とはいえ、彼女が嘘をついているようにも思えないし、きっと本当の事なんだろうけど……なんか、自分の頭がおかしくなったという可能性が出てきた……。でも、まずは言われたとおりに他の世界を見て回ることに決めた。もし、頭の方に問題があったとしても、僕自身にはどうこうできるわけでもないし。


 思ったよりも疲労感があるのでちょっと休もう。その後退職と時間に余裕があれば、また後で世界を移ろう。


 10分に満たない程度だが横になってどうするか考えていたが、結局やることがある状態で何もしていないもあれなので、時間の余裕が多いうちに移動することに決めた。


 リモコンを目の前に掲げて、ダイヤルを回してスイッチを押しこむ。


 謎の空間を通り抜けて、現れる妹の部屋と推定される場所の風景。二回目だがこのリモコンを使って世界を移った場合、とりあえず妹の部屋に転移させられるような気がする。だとすると、微妙に使いづらいような……。

 確かにこの設定なら迷うことはないけど、年頃の女の子の部屋に入るのはどうなんだろう。せめて自分の部屋に飛ばしてくれた方がありがたいような……。

 そんな文句を言う相手がいる訳でもないし、情報を集めるとしよう。


 救うにしたって、どうしたら救ったことになるのか分からないんじゃ動きようがないし、相談するにしたって情報が必要だから、やっておくに越したことはない……アレ妹神への相談は本当に役に立つのか分からないけど。


 まずはこの家の中を見て回ろう。良く似ているし、僕の家だとは思うけど、世界が違うし妹もいる。もしかしたら違うようなところもあるかもしれない。


 時刻は昼下がり。時間の流れや時差に大きな違いはないようだ。いまは留守のようて誰もいない。時間的に妹はどこか遊びに出ているのかもしれない。


 誰もいないので、軽く家の中を見て回ったのだが僕の家と大きく変わった点はなかった。違いといえば、空き部屋が妹の部屋になっている事くらいだ。


 結構大事になると思われる情報が一つ。それは玄関付近で見つけた。妹の名前だ。

 表札には四つの名前が書いてあったので、妹の名前はすぐに分かった。

 深鷹みたか、これは父さんの名前。

 清身きよみ、これは母さんの名前。

 交藍まじあい、そして、これば僕の名前。

 だから、残る名前は一つだけ。

 響香きょうか……それが、僕の妹の名前だった。


 記憶には全く存在しない。もちろん、その名前はあくまでこの世界での妹の名前であって、他の世界では……つまりは僕の妹の名前とは違うかも知れない。だけども、名前を知ることは大きな情報のはずだ。


 あと、もう一つ気になることがあった。


 仏壇だ。

 仏壇自体は僕の世界の家にもあったが、うちのものとは違いこの世界にのものにはよく見慣れた顔が飾ってあった。


「そっか、この世界では、響香じゃなくて僕が死んでいたってことか」


 毎朝、毎晩、鏡の中で見かける顔がそこにはあったのだ。


「思ったより僕と同じ顔をしているな。ということはあんまり僕の世界と大きく変わっていないのかもしれない」


 このまま家の中にいてもいいけど、とりあえず外も見て回ることにした。もしかしたら本当に戦争やらなんやら起きているとも限らないし。多分そんなことはないとは思うけど。


 外に出るために元の世界から靴だけ持ってこちらに来たが、やっぱりこちらの世界に来るときまず妹の部屋に着くようだ。


 さっそく靴を履いて外に出てみたのはいいものの、しばらく歩いてみてもなんの変哲もなく、変哲がなさ過ぎるあまり、途中からただの散歩になってしまっていた。


 なんとなく干渉モードで買い物して他の人から認識されていることを試したり、半干渉の状態で物に触れられるかとか試したりはしたので、やる意味がなかったというわけじゃないけど、ちょっとだけ徒労感を感じてたりはした。変に違う世界よりはいいし、同じような世界であると分かったことが大事なので、外に出た意味はしっかりあるとは理解してはいるけど、理解と感覚は別だ。


 気を紛らわせるため更に一時間ほど散歩して、夕日が街を染めはじめる頃には、特になにも考えずにたまに歩く散歩ルートを歩いており、いつものルーチンを実行するように帰路を辿って家に帰って来た。


 家まで付いた僕は、標識に書かれた文字を視界端に入れつつぼんやりとしながら扉を開いた。


「ただいまー」


 いつもの癖でそう言ってしまってから気づく……先ほど視界端にあった標識に名前が四つだったこと、そして、自分の家では見ない靴。

 そう、そこは、自分の家ではないことに。

 長時間の散歩で完全にここが自分の世界でない事が頭からすっぽ抜けていた。


「おかえりー?」


 僕の声を聞いてか、二階から誰かが降りてくる。女性のものだとは思うが、その声に聞き覚えはない。つまり、彼女は……。

 その場を去るため急いでポケットに手を入れる……が焦ってリモコン落としてしまった。そして、拾って顔をあげたとき、彼女と目が……合ってしまった。


「えっと……」


 言葉が詰まる。彼女は恐らく響香……この世界の僕の妹だ。

 こんな不意のタイミングで、こんなふうに出会ってしまいなんと声をかければいいか分からない。

 明らかにお互いにお互いを認識し合っている以上、今更リモコンを利用して逃げる訳にもいかない。


 どうすればいいか、なんと言えばいいかそう思っていると、彼女がゆっくりと口を開いた。


「お兄……ちゃん……?」


 震える声で彼女は僕を兄と呼んだ。

 このまま無言を貫くのも、去るのもいけないだろう。なにか、早く何か言わなければ……。


「お、おじゃましてます……」


 その結果、僕は苦し紛れにそんなことを言っていた。

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