第12話 見覚えのない天井


 一人の男が目を覚ました。

 男が目を開け、最初に目にした光景は、見覚えのない建物の天井だった。

 男は布が敷かれた床に、仰向けに寝転がされている事を、己の視覚と触覚から得た情報で認識した後、男はゆっくりと上半身を起こし辺りを見渡す。

 辺りを見渡すと、その周囲には自分と同じように床に仰向けに寝転がされた者達が、建物内に数多く転がっていた。

 だがその者達の中で体を起こしている者は、己以外誰も見当たらなかった。

 ”何故自分がこの場所に居るのか?”

 この場所に地力で辿り着いた記憶が一切ない男は、自分が気を失う直前の記憶を思い出そうと、脳から意識を失う直前の記憶を手繰り寄せる。


 (俺はあのデカ目にやられた後…断崖が崩れた事で起きた崖崩れに呑まれて生き埋め状態になった。

 俺をを圧し潰そうとする崩れた岩盤から必死に這い出たトコまでは記憶がある―その後の記憶が一切無いという事は、俺は崖崩れから出てきた後に力尽きて気を失ったっ後、誰かにココに運び込まれたって事か…)

 現状を頭の中で整理した男は、自分が気を失った後、自分が戦っていた魔族達や、自分以外に生き残った傭兵が居ないか。

 自分が寝てる間に起きた出来事を知る者を探す為に、痛みと疲労の伴う重い体を立ち上がらせ、ゆっくりと建物の出口に繋がっていると思われる扉に向かって歩きだした。

 そして傭兵は、扉を開けて建物の外に出る。すると建物の外には己が所属する拠点である第二中央防衛線を護る砦の内側の光景が広がる。


 (なるほど。俺が寝転がされていた場所は、砦の中に在った小屋の一つだったのか。

 小屋の外観は見慣れていても、中は知らなかったから知らない場所だと感じた訳だ)

 男は自分の配備先であり、生活の場でもあるこの砦に自分が生きて戻って来たという事は、自分が気を失う前まで戦っていた魔族達に、この砦は崩せなかったという事実を認識する。

 とりあえず自分の家とも言える場所が無事だった事で、先程まで張りつめていた気持ちが落ち着いたのか、男は”ふぅー”と一息ついた。


 「お前!あの小屋で寝てた傭兵なのか?」

 ようやく一息つけた傭兵に、驚きの声を掛けてくる者が現れた。声を掛けてきた者は、その身なりからローザリア王国軍の正規兵だと分かった。

 正規軍が何の階級も持っていない傭兵に声を掛けてくるという事は、滅多にない事であるどうやらこの傭兵が、本当の意味で一息つけるまでは、まだ時間が掛かりそうだ。


 「はい…先程まであの小屋で気を失っていましたが、目を覚ましたので外の状況を確認していました」

 そう言って傭兵は、幾つか並んだ小屋の中から自分が寝ていた小屋を指さし、自分の状況を簡潔に説明する。


 「こいつは驚いたな!

 あの小屋もそうだが、あそこに並んでる小屋に収納されてるのは、死体だったり助かる見込みのないと見なされた奴等が収納されていた場所だってのに、そんな場所から起き上がってくるなんてお前ホントに生きてるのか?」

 男は驚きつつも、死体と助かる見込みがないと切り捨てられた者しか存在しない小屋から、自力で出てきた男の状態を茶化しながら聞いて来る。

 

 「もし、俺が死霊操作の能力や魔法で操られていたのなら、正規兵のアンタとこうしてマトモに会話なんて出来てませんよ」

 茶化された事が気に喰わなったのか、少しトゲを含んだ言い方で傭兵は質問に答える。


 「ハハハ。そんなに怒るなよ。そんな返事が出来る元気があるなら本当に大丈夫そうだな。

 とりあえず地獄から生還おめでとう!」

 笑いながら謝罪の言葉と、帰還の祝いの言葉を正規兵は傭兵に送る。


 「さて、地獄から無事生還したばっかりの傭兵さんには悪いんだけど、お前は昨日の戦の先遣隊唯一の生き残りって事で、昨日の先遣隊の状況の詳細をあっちで詳しく報告してもらわないと行けない」

 そう言って親指で指す方向は、正規軍が使っている兵舎の方向を示す。

 傭兵達の使う兵舎ではなく、正規兵達の使う兵舎を指したという事は、昨日の戦でこの砦に配備された傭兵の中で事情を聞く傭兵が存在しない事を示しており、この砦に駐屯している傭兵部隊は、目の前にいる正規兵が先に言った通り壊滅した事を物語っていた。


 「了解です」


 「よし、いい返事だ。

 じゃあ俺の隊の隊長達に報告するから、俺の後に付いて来てくれ」

 そう言った後、正規兵の兵舎の向かって歩き出した正規兵の後に続いて傭兵は歩き出す。

 正規兵に連れられて歩きながら、傭兵は三ヵ月の間この防衛砦過ごした傭兵の仲間達ともう二度と話す事が出来ない実感を得てしまった心中は、仲間と二度と話す事が出来ない悲しみが生まれ、その心には哀愁が漂う。

 だが生き残った傭兵が悲しみに暮れる時間などなく、既に傭兵は正規兵の使っている兵舎が存在する区域に入り込んでおり、そのまま正規兵の男の上官が待つと思われる正規兵の隊舎の一つの前まで辿り着く。


 「ちょっと待っててくれ」

 そう言った後正規兵の男は、傭兵にココで待つように指示を出す。

 そして隊舎の中に入ってしばらくすると、隊舎から出て来た先程の正規兵から兵舎の中に入るように促されたので、傭兵は正規兵に促されるままに正規軍の兵舎に入って行った。

 傭兵は正規兵の兵舎に入ると、初めて入る正規兵の兵舎の空気に若干緊張しつつ、伸びる廊下の奥に向かって歩き出す正規兵に傭兵はただ付いて行った。

 そして伸びる廊下の最奥の扉に前で立ち止まった正規兵は、ドアをノックすると


 「先程報告した傭兵を連れて来たであります!」

 その言葉で正規兵hsこれから会う人物に対して緊張してまう相手だという事が良く分かった。

 後で傭兵も気が付いた事だが、この正規兵は軍曹の階級証でもある小さなスターマーク一つを持つ者である為、それなりの腕を持った兵士である。

 階級持ちの実力を持つ兵士が緊張を隠せない相手となると、正直一筋縄ではいかなそうな癖のある相手が出て来ても可笑しくないと感じた傭兵は、息を飲みつつ軍曹の後ろに立って状況が進行するのを待っていた。


 「入れ」

 その言葉を聞いた後、正規兵は「失礼します」という言葉を発した後に、ドアノブに手を掛け扉を開ける。 

 扉を開けた先に待っていたのは三人の正規兵だったが、明らかにこの兵舎に傭兵を案内した兵士とは違い、威圧感漂う雰囲気を纏った者達ばかりだった。


 「この者が先ほど話した昨日の戦闘の先遣隊唯一の生き残りであります」

 敬礼しながら上官と思われる男達に報告した後、軍曹は連れてきた傭兵に前に出るように指示する。

 傭兵は軍曹の指示に従って前に出ると、自分の前に立つ三人の正規兵の様子を伺う。

 傭兵が直感的に感じたのは、この部屋に元から居た三人の内、椅子に腰かけながら堂々とした態度で机の上で腕を組み、強い圧を醸し出している者が恐らく自分をこの部屋に連れて来た隊で一番権威と実力のある者だと、その男が発する雰囲気と威圧感で察した。


 「ご苦労。さて、生き乗った傭兵よ。

 来て早々だが、昨日の先遣隊の戦闘状況を、お前の知る限り詳しく報告してもらおうか」

 椅子に腰かけ机で手を組む男がそう口にした後、この場に連れて来られた傭兵は昨日の戦闘状況を可能な限り詳しく説明を始めるのであった。

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