第13話 戦況報告


 先遣隊唯一の生き残りである傭兵は、己が戦場で見た光景を可能な限り詳細に伝える。

 そうする事で最後まで勇敢に戦って死んでいった戦友達の死が無駄だったと思われないようにする為にも、生き残りの傭兵は己が見た仲間達の最期の雄姿を、出来る限りこの場で聴取する者達に事細かに伝えた。


 戦友達の雄姿を交えた戦闘報告を傭兵が終えると、軍曹の上官達はしばらく何も言わずただ黙って傭兵の報告内容を再確認していた。

 正確には傭兵が述べた報告を、椅子に腰かけた男の両隣に立つ二人の男が用紙に記載する音だけが鳴り響いていた。やがて二人の男が用紙に記録する音が止まると、立っている男の一人が傭兵の方に顔を向けた。


 「貴様に確認したい事がいくつかある。

 まずお前は先遣部隊全滅後、昨日襲撃したサイクロプスの一体としばらくの間一人で戦闘を続けたと言っていたが、本当にその事に間違いないのだな?」

 傭兵はありのままの出来事を伝えただけなのに、再確認で尋ねられた事を不思議に思いながらもコクリと頷いて、己の報告に間違いがない事を示した。

 すると質問してきた男とは反対側に立つもう一人の男も傭兵の方に顔を向ける。


 「サイクロプスの攻撃を受けても、立ち上がって反撃を行った。と貴様は言うが、どうやってサイクロプスの攻撃に耐えたのだ?

 もしくはいかにして攻撃を凌いだのだ?」

 どうやらこの上官二人は、傭兵の報告内容に偽りがあるのではないのか?と疑いの目を向けているようだ。

 報告内容を疑われようが、起きた出来事をありのまま何一つ偽りなく報告した傭兵は、何故自分の報告が疑われているのか分からなかった。


 「どうやって耐え凌いだのかと言われましても…相手の攻撃を受けても何とか持ちこたえていただけです」

 先に伝えた報告と同じ内容の返事を傭兵は返すが、その返答がますます上官達に疑念を抱かせてしまい、質問を続ける上官から先程報告した内容の詳細の追及ばかり繰り返される。

 だがそれに対して傭兵は、自分の報告に嘘偽りはない以上、報告に偽りはないとしか答えるしか出来ないでいた。

 その問答が更に続く最中、先程から傭兵の報告内容に対してより詳しい内容の追求を続けて来る二人の男の内の一人が、突如傭兵の元に歩き出し傭兵に近づく。


 『ドガツ!』

 傭兵に急に近付いて来た男は、傭兵の前に立つと思い切り傭兵の顔を殴りつけた。

 突然殴られた傭兵はモロに頬に拳による容赦ない一撃を受けた事で、その勢いに任せるがままに地面に倒れ込む。

 傭兵を殴りつけた男は、床に倒れ込んだ傭兵の髪を鷲摑みにすると、傭兵の顔を強引に自分の方に向けさせ、傭兵の顔を鬼の形相で睨みつける。


 「貴様!さっきから上官に向かってふざけた報告ばかりぬかすな!

 サイクロプスから攻撃を受けて、骨が折れ肉が潰れようが何もしなくても体は勝手に動いただと?

 そんなふざけた報告があるものか!ロクな教養のない傭兵はマトモな報告一つも出来ないのか?」

 傭兵の報告をふざけたいい加減な報告だと男の一人は感じた事で、傭兵に対して暴力を振るった後罵声を浴びせたようだ。

 要は傭兵の報告内容からこの男は、傭兵が上官に対して舐め腐った態度を取っていると感じ怒りを露わにしたのだった。

 

 「そんな事言われても、俺は本当にただ相手の攻撃に耐えていただけです!

 だから自分の伝えた言葉に嘘偽りは一切無いとしか言えません」

 傭兵の存在は、正規兵達からすればロクな生まれ育ちでもなければ、マトモな教養の一つも身に付けていない者達の集まり程度にしか思っておらず、戦闘でも大して使いモノにもならない使い捨ての戦力程度にしか傭兵達の事を思っていない。

 そう大半の者達が考えている正規兵こそ、人族軍の主力部隊であるローザリア王国の騎士団だった。


 もちろん傭兵の中にも正規兵を遥かに凌ぐ活躍をした事で、正規兵達から一目置かれる者や、王国から称えらた者も存在いる。

 だがそんな者など、数多くいる傭兵の中でもほんの一握りしかいないのが傭兵の実情であり、実際大半の傭兵がロクな戦力にならないまま消えて行くのだから、正規兵からみた傭兵の評価も完全に間違った評価とは言えない部分もあった。

 その事が結果的に傭兵の存在を、正規兵は下位の存在程度にしか捉えていない状況が生まれた事で、傭兵達は正規兵達から不当な扱いを受ける事が多い存在であった。


 この環境による影響で、先程生き残った傭兵に対して正規兵が行った不条理な暴力や恐喝など、この戦争が日常の世界では当たり前かつ日常茶飯事の事であった。

 特にその傾向は識別番号が割り振られた傭兵に対して強いのだが、日常茶飯事のように行われる行為となっているこの世界では、当然このような行為は問題になる事は滅多にない。


 人族と魔族がそれなりに上手く折り合いをつけて生活していた頃の泰平時代が終わり、戦争が日常の世の中となった事で、暴力や武力といった力が人族の世でより重視される時代へと変化してしまった。

 その結果人の世界に殺伐とした空気が以前より多く流れるようになった事で、平然と暴力行為が横行する世界へと変わってしまった人族の世界は、奇しくも敵側である魔族の世界では当たり前の主義である”完全実力至上主義”の傾向へと傾いているのは皮肉と言えよう。


 そんな傭兵にとって日常的に行われる不当な扱いも、時には思いがけない事が切っ掛けで思わぬ方向に進む時もある。

 突如椅子に腰かけていた男が立ち上がると、傭兵の頭を鷲摑みにしている正規兵の元に向かって歩き出した。

 そして先程まで椅子に腰かけていた男は、傭兵と正規兵の前に立って止まると、正規兵に向かって顔を向けた。


 「レヴァン少尉!いい加減その手を放してやれ」

 傭兵の髪を鷲摑みにしている正規兵の上官と思われる男は、正規兵に髪を鷲摑みにしている傭兵を開放するように突如命令する。


 「しかし大尉―」


 「私はその手を放してやれと言っているのだよ。レヴァン少尉!

 これは命令だ!」

 

 「...ハイ」 

 レヴァン少尉は大尉から軽く睨みつけながら出された命令に大人しく従い傭兵をその手から解放する。

 上官からの命令となれば無視する訳にはいかないし、大尉の迫力ある睨みを見た事で絶対に逆らえないとレヴァン少尉は悟ったのだろう。

 そして大尉はレヴァン少尉の隣に立ったまま話を続けた。


 「私としても、その傭兵が報告した内容は、にわかに信じがたい部分がある。

 なんせ怪しいと思われる内容を問いただしても、返って来る答えが"分からない"の一点張りの答えしか出来ない点は、俺もふざけているのかと思った。

 だからレヴァン少尉が声を荒げ、ついこの者に手を出した気持ちも分かる」

 大尉はレヴァン少尉をなだめるようにレヴァン少尉に語り掛ける。


 「だがこの男の報告も昨日の戦の流れと照らし合わせれば、辻褄が合う部分がある以上、ふざけた報告と言い切れん部分もあるだろ?

 例えば今回この砦に進攻してきたオーガ五体とサイクロプス一体の魔族部隊だが、そのうち遅れてこの砦に進攻して来たこの部隊のリーダーと思われるサイクロプスは、どのような状態で戦闘に参加してきたという報告内容だった?」


 「はっ。遅れて戦闘に参加して来たサイクロプスは消耗が激しい状態で参戦して来たので、、この砦に元々駐屯していた兵達が真っ先に狙い、最初に撃破したとの報告を受けています」


 「レヴァン少尉はその報告に嘘偽があると思うか?」


 「いえ。確かに我らがこの砦に援軍として到着した際に、そのサイクロプスは既に力尽きて横たわっていたのを私もこの目で確認しました。

 なのでこの報告に嘘偽はないと考えられます」


 「そうだろう?つまり報告に虚偽がないのであれば、サイクロプスを消耗させた存在は確実に存在した事になる。

 だとしたらこの傭兵の言う事も、ふざけた報告の一言で片づける訳にはいかないだろ?」


 「確かにそうですが…」

 レヴァン少尉は釈然としない様子で答えるが、大尉の言う通り一般的にはオーガより高い能力を持ったサイクロプスを消耗させた者が存在しないと、レヴァン少尉や大尉が見た状況の辻褄が合わないのだ。


 「まぁ、我々は直接サイクロプスが仕留められた瞬間を見た訳ではないからな。

 一人のヒュマがあのサイクロプスを弱らせたなんて言われても、納得しかねる気持ちがある事は分かる。だがな、この男のボロボロの恰好を見て見ろ!

 敵から逃げ回った所で、ココまで装備を含めた衣服がボロボロかつ血まみれになるとは思えんだろ?

 何よりこの男の目を見る限り、俺はこの男が嘘を付いているようには見えなくてな」

 大尉は傭兵を現在の状態を観察しつつ、大尉は再び話を始めるのであった。

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