第3話 識別番号と傭兵

スクディエアスで魔族と人族の争いが激化の一歩を辿り、世界を人族と魔族が二つに分けた大戦となってから百年以上の時が経った。

 百年以上続く魔族と人族の全面戦争の情勢は、人族達をローザリア王国と呼ばれる人族が築いた大国が中心となって人族軍として纏めていた。それに対して魔族は、フロンティア連邦と呼ばれる魔族の連邦国家が主体となり、協調性のない魔族達を何とか軍隊として機能させていた。


 個の力は弱いくても協調性を保ち、団結と連係を主体とした戦闘を得意とする人族軍と、協調性は弱くとも、圧倒的なこの力を持つ者が多数存在する魔族軍の戦況は、両軍共に一歩も引かぬ一進一退の侵攻を互いに百年以上繰り返しており、この戦争が百年以上続いた中で、大きくどちらかに戦況が傾いた事は一度もなかった。

 これは互いの種の長所と短所が、互いの弱点を突き続けた事と、互いに種の弱点をなかなか改善出来なかった事が、この大戦の決着が付かず長く続いた原因でもあった。

 

 果たしてこのあまりも長く続く大戦が始まった最大の切っ掛けとは何だったのだろうか?

 今となっては大戦があまりも長く続き、人族と魔族が争う事は当たり前の日常となってしまった世界では、誰もこの大戦のが始まった切っ掛けの明確な答えを誰も知る由もなく、そして日常となってしまった戦争の始まりの切っ掛けなど、ほとんどの者が知ろうとしない戦争が当たり前となった世界。


 戦争が当たり前となる前は、以前人族と魔族が共に今より遥かに穏やかに暮らしていた時代があったと言われても、そんな時代があったなど絵空事だと誰もが思う。

 相手に特段恨みや憎しみ、そして殺意がなくとも二つ種は争う事が当たり前となった闘争に満ち溢れた世界が、今のスクディエアスという世界の在り方だった。

 そんな大きく戦況に変化が生じる事のないこの大戦は、ある二人の存在によって大きく変わって行く事を、まだ誰一人知る由もなかった。


 人族と魔族の大戦における最前線は、人族と魔族の領土線引きされている国境付近であり、戦闘が頻繁に起きる最前線では常に兵力を欲していたのだが、王都で育成された正規軍の兵士達を常に最前線に送るには選別から始まり、十分な戦闘教育を施した後、新兵として戦場に送り出す。

 この一連の過程を終えるまでにに多くの時間を要した。その結果、幾ら魔族より数で勝る人族であったとしても、急遽最前線で兵力が欲しいと感じた時に兵力を補充出来ないという問題が生じていた。


 こうして浮き彫りとなった兵力の不足を補う為に、人族軍は国境付近で出自を問わない現地で雇い入れて調達する兵士である”傭兵”と呼ばれる存在を作り上げる。

 傭兵の扱いは正直言い扱いとは言えなかった。傭兵達は最前線において先遣部隊や、陽動部隊。もしくは突撃部隊といった常に戦場で”最も命を危険に晒す役割”を与えられる存在であった。

 だが、傭兵となって多くの武功を挙がる事が出来れば、どんな出自であって、国に対して大して忠誠心を持たない者だろうが、地位と名誉、そして金を得る事が出来る存在でもあったため、傭兵に志願する者は未だに後を絶たなかったし、常に兵力を欲している最前線の戦場では、失った兵力を手軽に補充できる存在として戦場で大いに必要とされる存在であった。

 

 そんな傭兵の募集は、今日も最前線の一角である国境付近で行われ、多くの者が今日も集い、傭兵となるべく受け付けに並ぶ。その列の中に今日も小汚い恰好をした青年が多数混じっている。

 その中のとある一人青年は、見た所人族の基本種族と呼ばれるヒュマのようで、体に多くの傷跡がある以外は、特に特徴がある存在ではなかった。

 そして受付がようやくその青年の順番に回ってきた。


 「身分を証明する物はなにかあるのか?」

 受付の兵士は強めの口調で青年に問う。


 「そんな物持っていない」


 「だったらお前の呼び名は今から識別番号8004918だ。

 ほら、このプレートと書類を持って、とっとと次に行け」

 そう言って雑に識別番号の書かれた首掛けプレートと、既にある程度内容の記載された書類を渡され青年は、受付が指した方に進み、次の手続き先に移動した。


 この傭兵制度、どんな者であろうと構わず雇ってはいるのだが、その最大の理由として、大戦が長く続いた事で人族の間における貧富の格差が、大戦前より年々激しくなり続けていた。その結果戸籍の存在しない者が多く生まれてしまったのだ。

 住まいや仕事、金といった人が社会で安心して生きていく為に必要な物を何一つ持たぬ者達は、どうせ野垂れ死ぬぐらいなら最低限の衣食住が保障され、何も持たない自分達が僅かでも人として成り上がれる可能性のある傭兵の道を、戸籍無き者達が志願するのを後が経たないのは当然と言えよう。


 だが戸籍無き者達が傭兵に志願する者が後を絶たない理由は、それだけが理由ではなかった。

 ローザリア王国は戸籍無き者達を戦場に赴かせるようにあえて傭兵になるように唆していたのだ。

 戸籍無き者を傭兵に参加させる事で、戸籍の無き者を管理しようとローザリア王国は画策したのだが、想定以上に傭兵を希望する者が現れた事で、管理に大きな問題が現れる。

 管理するにあたって、傭兵に登用した者一人一人に戸籍を与えてようとすると、管理側の処理が追いつかない事態に陥ったのだ。身元の無い者に身元を与えるだけでも、大いに手間がかかったのだ。


 更に傭兵に参加した者の最終的な生存率は1%前後という消耗率が激しさから せっかく戸籍を与えても即抹消という事態が多発したため、管理側は管理の効率化を図る事にする。

 その方法とは、先ほどの青年のように身分を証明できる物を持たない傭兵志願者には識別番号を与えて、その識別番号で傭兵を管理する管理体制を敷いたのだ。

 一見すると、人を人として扱っていない対応に見えたが、ローザリア王国は戦争による有事の対応してこの政策を黙認する。

 この政策を心のどこかで良く思わないと思う者はいたが、表だって反対する者は現れた事はなかった。

 これは戦争が長く続いた事で人々の心で麻痺しては行けない感覚が麻痺してしまうという、人々の心の形の変化の体現といえるのだが、それがとなってしまった以上、もはやこの政策に誰にとっても当たり前となるのに大して時間は掛からなかった。


 こうして傭兵部隊に参加した青年は、識別番号8004918の新兵となり、この識別番号が割り振られたその日から、本来自分が持っていた名は何の意味も成さなくなった。

 識別番号が割り振られた以上、例え自分の真の名を主張したところで、認識番号を与えられた者の名前は識別番号以外認められないのだ。

 もし識別番号ではない己という個人の戸籍を得たいのであれば、戦場で己の力の有用性を証明し、いくつもの功績を挙げ、己が価値ある存在だと戦場で知らしめ栄光を勝ち取るしかないのだ。


 だから言って誰もが栄光を勝ち取る事が出来る訳ではない。まずは傭兵部隊に入隊した次の日から開始される過酷な戦闘訓練を乗り越えなくては、栄光を勝ち取るためのスタートラインにすら立てないのだから。

 果たして彼らの行く先に、明るい未来はあるのだろうか?


 傭兵部隊に志願し、補充された新兵達が戦闘訓練を開始して1ヵ月。始めは100人ほどいた新兵達も、何時の間にかその数は70名を切っていた。しかし新兵の数が減ろうが戦闘訓練は日に日に過酷となり続ける。

 本日の戦闘訓練が終わり、汗と泥だらけの体を、設置された井戸の水を使って識別番号8004918は体を洗い流した後、座り込んで一息つく。

 そんな識別番号8004918に、同じ宿舎の同僚である識別番号0083が声をかける。


 「おい!聞いたかよハチマル」


 「何をだ?」


 「今日の朝また一人、寝たまま起きてこなかった奴が出たってよ!ロックって呼ばれてたのが居たの覚えてるか?」


 「...そうか!どうりで今日は一度もアイツと顔を合せなかった訳だ」

 傭兵になって最低限の衣食住が保障され、訓練だからといって命を落とす事はないだろとこの世界を甘く見ていた者達は心が折れ、訓練から逃げ出したり、訓練中の事故や、過酷の訓練に耐えれずこの世を去って行った。もともと身分がない者は、最低限の生活すら送れていない者が多く、体も満足に育っていない者も多いので、どうしても意地と根性で過酷な戦闘訓練付いて来ても、結局体が耐えきれないで命を落とす者が後を絶たないのだ。

 もっとも心が折れて脱走しようとした者も、一度傭兵部隊に参加した以上、脱走は重罪扱いとなるので、脱走した者が厳重な管理がされている軍の敷地から抜け出せる者などほとんどおらず、捕まった者達の末路もまた、悲惨な末路を迎える。


 訓練も死と隣り合わせ。だからと言って逃げ出す事も死と隣り合わせ。そんな地獄のような環境に負けじと生き残った新兵達は、今日も生き残る事に必死だった。

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