差込み話 悟の〇〇
――知恵の家に泊めてもらってから数日後――
「今日も部活行ってくるよ。」
「じゃあ家で待ってるね。」
下駄箱で、知恵の後ろ姿を見送ると、俺は教科書ノートを持って図書室に向かった。理由は知恵に恥ずかしい姿を見せない為だ。
はっきり言って俺は勉強がかなり苦手だ。知恵とした約束の為に、知恵に離されないようにするために、俺は努力を隠さなければならないと考えた。
「失礼します。こんにちは♪」
「こ、こんにちは。」
新入生だろうか。去年は見かけたことの無い女子生徒が図書室の管理をしている。
図書室の席に着いてから、“ただ見たことないだけだ、新入生がいきなり一人で図書室の管理をするわけがない”という結論に至り、今日出された課題を始める。
三十分程経った頃には課題は終わり、俺は頭を抱えた。確か今日の知恵ちゃん授業は現代社会。よりによって一番苦手な科目だ。
今日知恵がこの科目を選んだのは、これを見越した上でのことだろう。今日が終わればあとは楽という精神状況を作ることによって、苦手科目にモチベーションを持たせる。
いつも知恵が勉強を見てくれる時は、そういう流れだ。
そうなると知恵自作の確認テストとして現代社会は暗記問題と記述式の問題が出るだろう。
とりあえず教科書に一度目を通すとして、誰か適当に穴埋め問題を作ってはくれないだろうか。そう思い、ふと周りを見ると視界に入るのは先程の女子生徒だけだった。
「あの〜」
「はいっ!!」
「脅かしてしまってすみません。」
「あっ、いえいえ。え〜っと、どうしましたか?」
「教科書のコピーを取りたいんですけど、コピー機使わせて貰っても良いですか?」
「なるほど、...え〜っと、こ、こちらへどうぞ。」
彼女が立ち上がり、隣の部屋やへ案内してくれる。さりげなく上履きの色を見ると先輩の学年色だった。
「ついでになんですが、この教科書のコピーの重要語句の所を穴埋め問題みたいに塗りつぶして貰えませんか? 」
「...え?」
「あ、あ〜」
「わ、私でよければやります。」
「え! 助かります! 自分は教科書を読んでるんで、その間に適当に塗りつぶしておいて下さい。」
「わかりました。」
無事に予習することができた。ある程度重要語句を覚えられたからとりあえず今はこれでいいだろう。
「勉強熱心ですね。期末テストはまだ先なのに、なんでそんなに勉強してるんですか?」
「あなたもテスト前に追い込むタイプですか?」
「...?」
「俺って結構バカで、やりたくないことからはとことん逃げて来たんですけど、この学校にいて、あいつの勉強する姿を見て、このままじゃダメだなって思ったんです。。」
“バサ!!”
「そうなんですね。...あいつって言うのは?」
何かが落ちる音が聞こえた気がするが、それは俺だけにしか聞こえてなかったようで、先輩はなんの反応もなかった。
「あ〜、幼なじみのこと。それがいつも周りの人の事ばっかり考えてるから、人前であんまり自分の意見を言えないやつで...」
「仲がいいんですね。」
「あ、そろそろ部活に顔を出さないと。今日は勉強に付き合っていただきありがとうございます。また来ますね。シヨさん!」
「え?」
俺はそそくさと図書室の戸を開けると、入口の右に本が落ちていた。タイトルから見て現代社会系の内容だろうか?
本には少しだけ開き癖が付いており、開くと学校を休んだ分の現代社会の内容が記載されていた。
とりあえず、シヨさんに本を渡してすぐに部活に向かった。
それから俺たちは何度が図書室で会い。勉強を手伝ってもらった。
話を聞くと、彼女も勉強が苦手なんだとか。
今まであった違和感も、俺の勘違いが産んでいたということが、会話からわかった。やっぱり話すことって大切なんだと改めて思わされる。
互いに勉強を教えあっている関係が、何より俺が無理をして勉強をしているとわかってくれる人がそばにいると少しだけ...
...気が楽になった。
...
父母が病院に入院して早くも二ヶ月半がたった。
それでもまだ目を覚まさない二人。
二ヶ月半の間、毎日お見舞いには行っていた。
きっと二人なら「やりたいことをやりなさい」と言うだろうが、いくら喧嘩したことがあっても、殴られるようなことがあっても、今まで育てられてきた身としては、心配になるものだ。
それに、二人が心配するほどやりたいことができていない訳でもなかった。
夏休みに入って知恵と一緒にいる時間が増えて、気づいたら顔がにやけてしまうくらいには楽しい日々を送っていた。
「お見舞いに行くの? なら私も行く!」
「ありがと。」
週に一回の花交換をし、二人の体を動かしながら回復を見守る。
“ブゥーブゥー”
スマホの画面を眺めると、部活の人から電話だった。
一言入れて病室を後にする。
連絡の内容は部活動の時間の変更についてだった。
電話は直ぐに終わり病室に戻ろうとすると、また電話がかかってきた。
「もしもし? まだ何か連絡がありましたか?」
「えっと...雨谷さんですか?」
それは図書室の彼女からの電話だった。
「あ〜、ごめん...え〜っと、どうかした?」
「実は...。」
それは夏休み明けのテストの勉強を手伝って欲しいというものだった。
代わりに俺のも手伝ってもらうという条件で、手伝うことにした。
「じゃあテスト前も放課後に図書室で勉強会を...、ありがとう、助かるよ。」
「悟? どうかした?」
知恵が電話をしているところにやってきた。俺は慌てて電話を切り話をそらすと、二人が目を覚ましたと聞いた。
先生の話によると、意識と傷は回復したが、動いていなかった分、筋肉がかなり低下しているらしい。
少しの間は話すことも食べることもできないと聞いた時、なんだか落胆した。
話しかけても返事がないと思うと...
数日後、二人は会話ができるまで回復した。
そしてその安心を感じ取ったのか、知恵が花火デートに誘ってくれた。
二人で手持ち花火をするのは、知恵を避ける前以来だろうか。
「お風呂気持ちよかった〜! 」
花火デートが終わり家に帰って風呂に入ると、いつもより少し元気がないような知恵が視界に写った。
「知恵...」
声をかける間もなく知恵は足早に部屋に飛び込んでしまった。
自分の部屋に戻ってスマホの画面を見た瞬間に、俺は状況を把握した。
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