第8話

「ここはね。町になる前は、小さな村で。人の名前がみんな分かっちゃうみたいな、そんな村だった」


「小さな村だから。わるい人とかもいなくて。みんなで、過ごしてたんだろうね。知ってるかな。村ってさ」


 いやな話って。


「結婚とか、そういう文化が入ってくる前までは」


 ちょっとだけ。


「みんなで子供を」


 話すとき、心地よいかもしれない。いやな話なのに。


「子供を」


 でも、いやだった。

 きたならしい。


「子供をさ。作ってたんだって」


 目がにじんだので、少しだけ深呼吸。涙は、いなくなった。


「町になって。結婚がどうとか、ゲームセンターとか、いろいろ入ってきて。そういうのは、法律的にだめだってなって。それで」


 それで。


「町になって。ようやく。そういうのが。なくなったの。ちゃんと結婚しないとだめになって」


 それでも。


「それでも、まだ、続いてる」


 わたしが。


「それで、わたしが。今のところ最後」


 最後。


 言ってしまえば。


 楽に。


 楽になんて。


 ならない。


「わたしが、その、わけわからない慣習の、最後のひとり。親も誰だか分からない。戸籍もない。ばれたら、まずいから」


 だから。


「この町。いい町でしょ。夜になっても、鍵をかける必要がないぐらい、セキュリティが良くて。みんなが、みんなの顔を知ってる」


 ここにずっと。


「あなたのことも、たぶん分かってて。それでも放置してくれてるの。わたしは、この町で、ずっと」


 ひとり。


「ひとりでいるの。それがわたしの人生」


 彼の背中に。語りかけても。

 むなしいだけだった。

 何も変わらない。

 何も。


「ごめんね。わたしが、あのゲームで、あなたを倒さなければ」


「おまえのせいじゃない」


 今度は、はっきり聞こえる。聞こえてしまう。


「おまえのせいじゃないよ。なにもかも」


「でも」


「おまえのせいじゃない」


 会話は、それで終わりだった。

 そして、彼とも。

 これで終わりだった。


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