第6話
「なぁ」
ふたりで夕方に会うようになってから。
そこそこ、時が経った。
そして、ふたりがお互いになんとなく、隠してたものが。だんだん、関係の邪魔になってきていた。でも、どうしようもない。わたしにとって、これ以上はないし。彼のことも。わたしが踏み込むのは、よくない、気が。する。
「なに?」
そしらぬ顔で聞いてみる。
でも、すぐ後悔した。
「ごめん」
そういう、関係じゃない。
対人戦ゲームの、良いところであり、良くないところ。たくさん戦えば、戦うほど。相手のことが分かってしまう。雰囲気というか。空気というか。そういうのが。分かっちゃう。
今だけは、それが、ちょっとだけ。後悔につながってしまった。
彼は、何かを言おうとしてる。
そして。
その一言で。
この関係は壊れる。
そんな、彼の感覚に対して。そしらぬ顔をした、後悔。
「いや、いいんだ」
そう言ったっきり、沈黙。
互いに、筐体のほうに向かう気にもならない。彼は立ってて。わたしは、座ってる。そして彼のエナジードリンクをわたしが飲んでる。彼は水を持って、それで。
「はぁ」
彼の言葉を。真摯に待った。
こうなったら。楽しい時間の終わりを。受け入れるしかない。楽しかったよ。それだけは、伝えたほうがいいのかな。それとも。それ以上。彼が何も言わないから、わたしの頭のなかだけが、ぐるぐる回転してる。
「ここに来る前」
「うん」
「プレ大会があったんだ」
プレ大会。
「俺も、呼ばれた」
そのランクで。まぁ、強いけど。世界大会とか全国大会とか、そういう感じで見たら、呼ばれるランク帯じゃない。強さだけで言えば呼ばれるどころか大会優勝とかできそうな感じだけど。
「そのとき、俺はランク7位だった」
「7位」
すごいじゃん。上に6人しかいない。
「大会前日にランク戦の悪魔にしこたま叩かれて順位落としててさ」
「あ。わたしのせいか。ごめんなさい」
「いや。そういう話じゃない」
ほんの少しの安堵。と、わたし以外の何かという不安。
「プレ大会で、メディアとかも集まってて。ランク上位16人ぐらいで、そのときの、いちばん強いやつを決めるって趣旨。結果をメディア公開してその大会の様子を見せて、大会のテストタイプにしたかったらしい」
「人気ゲームになってきてるもんね。このゲーム」
「倒れたんだ」
「倒れた?」
「ああ。倒れた。決勝を待って、椅子に座ってるとき。椅子から崩れ落ちて」
椅子。
「記憶がなかったら、幸せだったんだけどな。残念なことに、倒れる瞬間がさ。今でも、思い出せてしまう。開発者やメディアの焦ってる声とか、不安そうにしてる決勝の対戦相手とか。あと、誰かの救急車を呼ぶ声とか」
静かになった。
言葉を、選んでるのが、分かったから。待ってた。
「診断結果は、光源反射性なんちゃらとかいって。要するに」
ちょっとだけ。静か。
「光が当たると、倒れる。そんな感じ」
光が、当たると。だから。夕方に。
「物理的な光と、あと、スポットライト的な。人気の脚光みたいのが、同時に来ると。倒れる。精神的なやつだよ。俺が弱いから、そうなった」
「んなわけないじゃん」
つよいでしょ。少なくとも、このゲームをやってる誰よりも。
「でもまぁ、結果として俺はここにいる」
夜。光のないゲームセンター。
「主催側もゲーム側も、俺が決勝に立てるまで待つって言ってはくれてた。まぁ、おまえに負けるまでは、ランク1位だったわけだし」
そうか。わたしが倒したから。ランクが7位まで下がって。それで。
「おまえのせいじゃないよ。俺のせいだ。俺が、このゲームの広告塔になるプレッシャーみたいなのに、耐えられなかった。いや、それも嘘か」
彼の、こと。
「もともと、人の多いところが、だめだったんだ。人の動きを、目で追ってしまう。それが、たくさん積み重なって、頭がいたくなる」
彼の、目。
「反射神経と、動体視力。それによる情報の蓄積過多。まぁ、もとから俺が持ってるものだから。まぁ、無理だったんだろうな。大会とか、人前で戦うとか」
わたしよりも優れた、ランダムな敵に対する反応。
「それでも、無理して大会とか出てさ。それで、倒れて。今度は、光がこわくなって。色々、だめになって。なるべく人の少ない、なるべく明かりの少ない場所を探して。それで」
ここに。
「そっか」
「はぁ」
彼が、椅子にへたりこむ。座れていると、言っていいんだろうか。どちらかというと、倒れ込んでいるような。
「話したら、ちょっと楽になったな」
嘘。
「ほら。椅子だって、ちょっと座れるように」
それぐらい分かる。
分かってしまう。
たくさん、同じ時間を過ごしたから。
「いや、そうだな。ごめん」
同じように分かってしまった彼が、謝る。
わたしのせいなのに。
そっか。
わたしのせいか。
「ねぇ。わたしの家に来なよ」
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