第5話

 わたしの日常が、彼に出会ってから変わっていった。夕方までは同じで。夕方になるとゲームセンターに来て。いやここも同じか。

 でも、ここからが違う。今まで、ひとりで、なんとなくコンピュータ戦を待ってたのが。ふたりでコンピュータ戦の話になる。どこをどう短縮できるか。スコアを上げるにはどうするか。そんなことを話しながら、自分の番を待つ。

 そして、夜になる。閉店まで待って。閉店後は、ふたりで対人をしたり、ランク戦をやったり。最初はそうでもなかったけど、最近はオルがどんどん強くなってきていた。


「まだ勝てないか」


「でも、もうちょっとだよ」


 もう一段。攻防の切り替えが速くなれば、わたしともいい具合に戦えるはず。あと、ちょっと。


「そのもうちょっとが長いんだよ」


 彼。エナジードリンクと水を、ちびちび飲んでる。


「つかれただろ。ほら。座りなよ」


「やだね」


 なんで立ってるんだよ。


「いや」


 わたしの視線に気付いた彼が、ちょっとの迷いを見せる。

 そして。

 椅子に。

 座った。


「えらいえらい」


「やっぱだめだな」


 立ち上がっちゃった。


「なんでよ」


 彼の顔が。一瞬、曇る。


「なんでもだよ」


「おしりいたいの?」


「違うよ」


 ちょっと。詮索せんさくするかどうか、迷う。


「はぁ」


 あ。しまった。迷ってるのが顔に出ちゃったかも。


「よくないことを、思い出すんだよ」


 それだけ、だった。


「そっか。じゃあ立っててもいいよ」


「ああ」


 それで、会話は終わりだった。

 よかった。ちょっと、あぶない琴線だったかもしれない。彼の顔が、曇る。それぐらいの、何かが。

 おっとあぶない。これ以上考えると、わたしも顔に出ちゃう。


「それにしても」


 彼が、ゲームセンターを見回す。


「こんなんでいいのか。セキュリティとか。筐体の電気とかも付けっぱなしだし」


 今度は、わたしの顔が曇る番だった。


「いや、まぁ。俺達だけしかいないから、いいのか」


 そしてそれを察したのか、彼も言葉の先端がしぼむ。

 なんて言ったら、いいのかな。どう言うのが、いちばんなのかな。


「ここはさ、町になる前、もともと村だったんだよ。村」


「村?」


「そ。村。村って、治安が良いんだよ」


「そうか。そんなもんか」


 これで、会話は終わりだった。


 その日は、それ以降、あんまり集中できなくて終わった。

 次の日も、ちょっとだけぎくしゃくした。でもまぁ、そんなものなのかも、しれない。

 お互いに、何も知らない。

 というか、お互いに、隠したいことがある。

 それを隠しながら、夕方に互いが来るのを待ってる。

 変な感じだけど、楽しくはあった。わたしには、他に何もなかったし。


 でも。

 こんな感じも、いつか、終わってしまうんだろうなって。

 彼が来なくなったりとか、するんだろうなって。

 彼が来るのを待ってる間は、思う。

 彼は、わたしのものじゃない。わたしは、彼を知らない。そして、彼は。わたしを知らない。

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