未だしらず
雪花山。
淡い黄、青、紫、緑、黒色の、さまざまな雪の結晶の形をした雪花が咲き乱れる雪花山には足を踏み入れるな。
足を踏み入れたが最後、幻に取り込まれるぞ。
わたくしたちなら大丈夫よ。
草原を駆け走って雪花山の麓の馬の預け場所に、アマリロ、コーヤ、ダイブーを任せた後、何の根拠もないが自信満々に告げては雪花山に足を踏み入れた姫と、姫に続いた執事さん、僕は今、あっさりと幻に取り込まれてから二十日が経っていたところで、目的である魔術師に助けられていた。
君の父親に危なくなったら助けてって言われてさ。
いつのまにやら、外観は超巨大な縄文杉のような建物の前に居た姫と執事さん、僕は魔術師に誘われて中に入り、魔術師と姫、僕と執事さんが向かい合わせに座ってから、マシュマロスープをご馳走になっていた。
まさかあんなにあっさり幻に取り込まれるなんてびっくりだったよ。
だぼだぼのローブを口元まで引き上げ、三角帽子を鼻まで深く被って外見を全く見せない魔術師はあっはっはと陽気に笑った後、僕に身体を向けて小さく頭を下げた。
ごめんね。
君をこの世界に召喚したのは私なんだ。
必要ないのに。
いや、君みたいな異世界人は前までは必要だったんだよ。
でもさあ、君みたいな異世界人が通れる道に不具合が生じてしまってさ。
閉じることに決めたんだって。
ひどいんだよ。
私にその事を伝えてくれなかったからさ、私はいつものように召喚してしまって、案の定失敗して、君の記憶を喪失させてしまった。
本当なら、私がすぐに君の世界に戻せたらよかったんだけど、君の道は閉ざされてしまってもう戻せなかったから、姫たちに任せる事にしたんだ。
本当にごめんね。
あ、でもね。
姫と執事さんの永住先が地球だからさ。
それでよしとしてよ。
「あなた」
ゆらりと気迫をこめて立ち上がった姫は、両の手を合わせて首を傾げた魔術師のローブを掴んでは思い切り揺さぶった。
「おりゃりゃりゃりゃ」
「何がそれでよしとしてですか?何が理由か知りませんがわたくしたちの都合で連れて来た挙句、記憶喪失にもさせて、しかも帰せないですって?どうにかしなさい!」
「で~も~道が~もう~ないん~ですよ~」
「道を作りなさい!」
「む~り~で~す~」
「あなたね!」
「姫」
「止めないでください」
「姫」
僕は静かにもう一度姫を呼んだ。
姫は不承不承と言う顔で魔術師のローブを掴んだまま僕を見た。
僕はにっこり笑った。
「姫。お願いがあります」
泣きそうな顔をしている姫を見て、どうか、と思った。
どうか、僕は姫と同じ顔をしていませんようにと。
(2022.8.20)
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