第4話 出会い

 目が覚めたら、病院のベッドにいた。

 どうやら僕は死んでいなかったみたいだ。

 会社で倒れてから病院に運ばれて、3か月ほど経過したらしい。歩く歩道でいた期間は、5年近くあるからおかしな気分だった。

 病気になっている間に、仕事は首になっていた。だけど、ブラック企業で働いていて心を病んでいたため、ショックというよりホッとした気分だった。

 

 退院してから、ホワイト企業で働きだした。給料は多くないけれども、残業は少ない。帰って、大好きな漫画を描いている。別にお金になるわけじゃないけれども、描くことが楽しかった。

 たまに少年Aが口ずさんでいたメロディーを、誰もいないところで口ずさむ。すると、一人ぼっちの夜だって、慰められる気がした。

 ひっそりとした秋の夜、その日もスーパーで半額になった弁当を購入した後、家までの帰り道、彼の歌を口ずさんでいた。

 突然、背後から肩をガッとつかまれた。


「おい。そのメロディーをどこで知った?」


 振り返って驚いた。

 そこには、大人になった少年Aがいた。

 サラサラと零れる色素の薄い茶色の髪、引き込まれそうになる美しい柘榴色の瞳、高そうな黒いジャケット、モデルみたいに整った顔立ち、すらりとした身長……。少年Aは、あの頃の数十倍もかっこよくなっていた。

「聞いているのか。その曲はどこで知った?」

「……」

 あなたの家の動く歩道になっていて知りましたとは言えない。

「それは俺が作った曲だ。俺が一人でいる時しか歌っていない。あんた、俺のストーカーか?」

「……」

 いや、ストーカーじゃなくて歩く歩道だったんです。

 なんて言ったら、頭のおかしい奴に思われるだけだろう。

「ただの偶然じゃないか。これは……僕が作った曲だ」

「噓だ。こんな偶然あり得ない。歌詞まで同じだ」

「……」

 ああああああああああああああああああああああああああああ。

 どうすればいいんだ?なんていえばいいんだ?

「君は……今、何の職業についているんだ?」

「作曲家だけど、それがどうかしたんだ?」

 よかった。少年Aは、自分の道を進んだらしい。あの横暴な父親の跡を継がなかったらしい。自殺することなく、自分で人生を選び取ったのだ。

「何でもない……」

「何でもないわけないだろう。お前、絶対に俺のストーカーだろう」

「ス、ストーカーじゃない。どこかで聞いたことがあるメロディーを口ずさんだだけだ」

「まあいい。あんたの顔は、なかなか気に入った。一晩5万でどうか」

「え?」

「5万払うから俺に抱かれないかって聞いている」

「だ、だ、だ、抱かれる!?」

 驚きのあまり声が裏返ってしまう。

「君はゲイだったのか」

「どっちでもいけるだけ。興味のある奴と寝れば、インスピレーションもわくし」

「……」

「で、どうするんだ?」

 彼は、僕に判断を委ねるように左手をそっと伸ばして手のひらを向ける。まるで女性をダンスに誘う貴族の男性みたいだ。

 ごくりと唾を飲む。

 僕の性的思考は、いたってノーマルだ。普通にかわいい女の子のDVDをおかずにしている。

 だけど、誰かに告白されたことも、身体を求められたことも今まで一度もなかった。

 家族とももともと疎遠だし、友達はブラック企業時代に縁が切れてしまった。

 ただの冴えない孤独のつまらない男なのである。

 こんなかっこいい青年が僕なんかお金を払って求めてくれている。

 ゴクリと唾を飲む。

 彼は、自分が動く歩道であったとき唯一関わりがあった人間だ。そんな彼との縁を切りたくない。

 

「……わかった」


 僕は彼の手を取った。

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