第13話 かけがえのない友達

瞬は家に着くと、車のキーをいつものところへ投げ入れ、ドサッとソファに腰を下ろした。

「はあーーー。」

大きくため息をつき、背もたれに深くもたれかかって、目を瞑ったまま天を仰いだ。


「あの子、私たちの事、勘違いしてない?大丈夫?」と凛が声をかけてきた。

「勘違いしてようが、してなかろうが、関係ないさ。もうあいつは快のものなんだから。」

「全く本当に女心がわかってないんだから」と言って、瞬の頬をつねった。

「何すんだよ。いてぇーだろ?!」

「痛いのは、ほっぺ?それともハート?」

「バカ言ってんじゃないよ。」と呆れたように言うと、

「あーあー、会いたくなかったなー。」と、つい口をついて本音が出た。

「全く本当に素直じゃないんだから。じゃあ、私帰るわね。」

「泊まっていくんじゃないのか?」

「瞬が帰ってきたんだから、ハチの面倒は、あなたが見るでしょ?じゃあね?」そう言うと、凛はあっさりと帰って行った。


本当に会いたくなかったよ。またキミを鮮明に思い出して、眠れなくなってしまうじゃないか。前よりずいぶん大人っぽくなって、綺麗になってたな。

腕で目を塞ぎ、ソファに寝転んだ。

どんなに、目を閉じても、キミは消えてくれないんだな。


自分の部屋に戻った私は、凛のことを考え、瞬の事はもう諦めるんだと心に決めた。

全部、整理してしまうんだ。また気持ちが揺れないように。

思い出の写真や、クリスマスにもらった靴下や手袋、そして、結婚指輪。全部、箱に入れ蓋をした。

もう、忘れるんだ。

瞬も、凛さんとうまくやってるんだから、私も気持ちを切り替えて、前に進まなきゃ。


そして、私の大学卒業を待って、快との結婚式の日取りが決まった。

「俺は教会より神社で式を挙げたいな。萌の白無垢姿が見たいよ。」

「そうだね。」と私も同意した。

きっと快は、ドレス姿の私を見たくないのだと思った。

私と瞬の結婚式を思い出すから。

そして、トントン拍子に事が運んでいった。


結婚式の打ち合わせの帰り、私から快と手を繋いだ。恋人繋ぎをしてみると、快が私の顔を一瞬ビックリしたように見て、照れながら手を握り返してくれた。

「快、好きよ。2人で幸せになろうね。」と言って快の肩にもたれかかった。

「俺もだよ。萌。好きだよ。」

そう言って、肩をギュッと抱き寄せてくれた。

「俺、子供は2人がいいな。男の子と萌に似た女の子。息子には、サッカーをさせたいな。」

「いいわね。」

「女の子には?何をさせたい?」

「んー、何でもいいわ。その子がやりたい事、させてやりたい。」

と、2人の未来を語り合った。

「萌の事、絶対大事にする。一生、守ってやるからな。」私は黙ってうなづくと、2人で顔を見合わせて、キスをした。

私たちきっと幸せなれる。ううん。なるんだ。


******


そして、結婚式当日。

今日の午前中は晴れだが、午後からは次第に崩れてくるとの天気予報だった。  


快と私の両親や親族や友達、大勢の人に見守られて、滞りなく神社での式を済ませると、披露宴パーティーの会場に移った。

「良かったね。式の間はお天気もったわね。」

「そうだな。パーティーは会場の中だから、心配ないよ。」

そんな言葉を交わしながら、私たちはお色直しの洋装に着替え、パーティー会場に向かった。


色とりどりの花で飾られた会場は室内と思えないほど色鮮やかで、窓が大きく、光が降り注いでいた。


高校生以来、会ってなかった友達もたくさん集まってくれていた。

「萌。おめでとう!初恋を実らせたのね。」

「初恋…。そうね。ありがとう。」

そうか、萌にとっての初恋は快なんだ。

「それにしても、快は昔とずいぶん変わったわね〜。高校生の頃は、まだまだやんちゃなサッカー少年って感じだったのに…。」

女友達がそう言うと、快のサッカー仲間が、

「本当だよな。あの頃は高嶺の花の萌ちゃんと、快じゃ違和感あったけど、今じゃずいぶん大人になったもんなぁ。」と言って茶化すと、

「あの頃はまだガキだったからな。今は周りの空気も読むし、自分の気持ちだけで突っ走ったりしないさ。」そう言って、快は私に微笑みかけた。

「ともかく長年の愛を実らせたんだ。2人ともおめでとう!」

同級生と盛大に乾杯をした。グラスの中で、シャンパンがキラキラと光って揺れた。


ポツポツと窓を打つ雨音が、次第に大雨に変わり、外は薄暗くなっていた。

ピカッドドーン!

ガッシャーン!

雷の音に驚いて、少し酔った友人の1人がグラスを落とし、派手な音を立てて割れた。

「失礼しました。」式場の係の人が急いで片付けてくれたが、結婚式での禁断の失態に、その場が凍りついていた。


暗雲立ち込める中、私は言い知れぬ不安が胸をよぎった。


すると、その静けさの中、パーティー会場の外が急に騒がしくなった。バタバタッ

「ダメです!今は」

「そんな事言ってられないの!」


「何の騒ぎ?」と私が聞くと、

快が「ちょっと見てくるよ。」と言って外へ出た。


しばらくすると、青い顔をして快が戻ってきた。

「どうしたの?大丈夫?顔色が悪いわよ。」

何処か上の空で、

「あー、ああ。ちょっとトラブルがあったみたいだけどもう大丈夫。なんでもないよ。」そう言い、コップを手に取ると一気に水を飲み干した。

これ以上、パーティーの雰囲気を壊したくなくて、モヤモヤする気持ちを抑え、それ以上聞くのをやめた。


その後は、天気の回復と共に、滞りなくパーティーを終えることができた。

私もやっと肩の荷が下りた気がした。


 ******


そしてその夜、私たちはパーティー会場のホテルに泊まり、翌日、新婚旅行に立つ予定でいた。


部屋に入ると、快はネクタイを緩め、ソファに倒れ込むように横になり、大きなため息をついた。

「疲れたね。」

私がそう言いながら、快の顔を覗き込んだ。

「萌…」

快は、私を愛おしそうに見つめると、急に立ち上がり、私を抱き抱えて、ベッドに座らせた。黙ったまま私を見つめ、そっと優しくキスをしながら、私をゆっくりと押し倒した。

快の顔が近づいて、私の口に、首元に、何度もキスをした。

今日は私たちにとって初めての夜になる。

以前とは違って、快は私の顔を伺いながら、ゆっくりとキスをして優しく抱きしめてくれた。

「好きだよ。萌。」

「私もよ。」

そして私の服のボタンに手をかけた。

でも、なぜか急に手を止め、私の横でバタッとベットにうつ伏せに倒れこんだ。

「どうしたの?」私は快の頭を撫でた。

うつ伏せたまま、顔を見せず、

「俺は、いつからこんな卑怯な男になったんだ?」

「どうしたの?」

もう一度言うと、快が急にガバッと起き上がった。

「萌!」

快は私の両肩に手を置いて、真面目な顔をして、

「落ち着いて聞いてくれ。」

そう言って私の目を見つめると、一呼吸おいて、

「瞬が事故にあった。」

「え?」

「瞬が事故にあったんだ。昼間、披露宴会場に来てたのは凛さんだったんだ。意識不明で、今晩が山だろうって。知らせに来たのに。なのに俺、自分の事しか考えてなかった。萌を失いたくなかったから。萌を俺のモノにしてから…って…でも、俺にとっても瞬は親友なんだ。俺だって、瞬を失うわけにはいかない。行こう。」

と言って私の腕を掴んで、走り出した。


頭の中で理解しきれないまま、タクシーに乗り病院に向かった。ただ昼間に感じた言い知れぬ不安が、私の中で大きく膨らんでいった。


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