第12話 悲しい再会

意を決して、私はまたあの海を訪れた。


また会えるとは限らないのに…。

第一、会って何を言うの?彼女に?それとも、瞬に?


海を見ていると、瞬の笑顔が思い出される。こんなに瞬との思い出に浸ったのは、久しぶりだ。今までは、快に遠慮していたから…。


記憶を無くして、不安で寂しくて、ひとりぼっちだった。そんな時、瞬に出会って、とてもとても幸せだった。今思うと本当に夢のような日々だった。

瞬に固執するのは、その時の幸福感が忘れられないから?愛してるから?それとも、きちんと話も出来ず、会えないまま別れてしまったから?未練?

きちんと別れを言えたら、心の整理もついて、快ときちんと向き合えるようになる?

どこまでいっても、考えがまとまらない。


答えが出ないまま、夕暮れまで待ってみたが、やはりそんなに簡単に会えるはずはなかった。


がっかりしながら、帰ろうとゆっくりと立ち上がった。

すると、向こうからハチが走ってくるのが見えた。

「ワン。ワンワン。」

やはり、赤い首輪をしている。

私はしゃがんで、ハチの頭を撫でると抱き締めた。

「ハチ。元気だったのね。よかった。」

そして、後からあの彼女が来た。

「あなた、ハチと知り合いだったのね。」

「ええ。昔の事ですけど。」


彼女と並んで浜辺に座った。聞きたいことがたくさんあったのに、いざ彼女を目の前にすると、何から話していいのかわからずにいた。しばらく2人は黙ったまま、ハチが波と遊んでいる様子を見ていたが、最初に口を開いたのは彼女の方だった。

「あなた、海さんでしょ?」

「えっ?ええ。」

彼女が私を知っていることに驚きながら、うなづいた。

「やっぱりそうなのね。瞬から話に聞いていたから。どんな人か想像してたの。」

やはり、このひとは瞬の彼女なんだ。そう思うと胸がズキンと締め付けられるように苦しくなった。

「どんなふうに聞いていたんですか?」と聞いてみると、彼女は笑みを浮かべながら、

「そうねー。瞬の初恋の人。そして、2度目に好きになった人もあなただった。って聞いたけど?」と私の顔を覗き込んだ。

私は思わず嬉しくなって口元が緩んでしまったが、彼女に表情を読み取られないように、手で口元を隠した。


「今は?海さんは?」

「え?」

「瞬を訪ねて来ないって事は、やっぱり記憶が戻ったのね?」

「…はい。全て思い出しました。」

「じゃあ、快くんと仲良くしてるのね?」

「ああ、はい。」と答えながら、このひとはどこまで私たちのことを知ってるんだろうと思った。

「結婚は?」と聞かれ、途端にしどろもどろになってしまった。

「いや、それはまだ。タイミングじゃないと言うか…なんて言うか…」

ハチが彼女のところに戻ってきて、甘えるように頭をこすりつけているのを見て、彼女とハチの仲の深さを感じた。

「彼は…瞬さんは元気にしてますか?」

と思い切って聞いてみた。 

「ええ。元気よ。3年前に会社から独立して、今は仕事も軌道に乗って、とても忙しくしてるわ。教会のボランティアにも励んでいて、休みもないくらいよ。だから、ハチの面倒は私に任せっきりよね? ハチも寂しいわね。」と言うと、ハチがクイーンと鳴いた。

それを聞いて、少し安心した。元気にしてるのね。

私は気持ちを断ち切るように、立ち上がると、

「これで失礼しますね。」と言って会釈をした。

彼女は黙ったまま会釈を返して、私の背中を見送っていた。

気持ちを切り替えたはずなのに、足取りが重い。砂に足を取られるせいだけではなかった。

その時、「あっ。痛っ」と急に足に激痛が走った。


「どうしたの?」彼女が駆け寄ってきた。

見てみると、私の足に割れた瓶の破片が刺さっていた。

「大変。手当てしなくっちゃ。うちへ行きましょう。」と言われ、

「家?瞬の家?」と私は慌てた。

「すぐ近くだから!そんな怪我したまま帰れないわ。大丈夫。心配しないで。瞬は、今週ニューヨークへ出張に行ってて留守だから。」と言われて、私はホッとした。

彼女には、私が瞬と会うのは気まずいと思う気持ちもバレバレだった。


海沿いの真っ白い壁の一軒家、こんなところに瞬が住んでいたなんて…。

部屋に入ると、綺麗に片付けられたシンプルなリビングが広がっていた。

棚の上の写真立てを見つけて、手に取ってみると、彼女と2人並んで写る瞬。変わってない。そして、両親と4人揃って笑顔の写真。瞬は、彼女と結婚したんだ…。

写真立てをそっと元へ戻すと、彼女がキッチンから大きなタライを重そうに運んできた。

「さあ、そこへ座って。まず足を洗って。」ソファに座って、タライに溜めた水の中に、そっと足を入れた。

「痛ッ」

「ちょっとしみるわね。しばらく我慢してね。破片が中に刺さったままだと大変だから。」と話していたら、

「ただいまー」と言って、玄関が開いた。

瞬だ!変わらない本当に変わってない!久しぶりに見る瞬が私の目の前に立っていた。少し痩せて精悍になっていた。

「え?ニューヨークじゃないの?」と彼女が驚いて聞くと、

「あー、契約が思いの外、早く進んだから、早めに帰ってきたんだけど…どういう状況?」と聞かれ、

彼女が「ああ、萌さんが海で怪我をしたから、うちに手当てをしに来たの。」と言うと、瞬がスッと私の前にしゃがんで、傷口を洗ってくれた。

「あー、いやー自分でしますから。」と言うと、 

「じっとしてて。」目も合わせずに瞬が言うので、私はそのまま黙った。

ドキドキドキドキ、どうか私の心臓の音が2人に気づかれませんように。私はグッと両手の拳を握った。


「これで大丈夫だ。」と言って、彼は手当てをしたわたしの足をそっと下ろした。

「歩けそう?」と言われ、

「ああ、はい。ありがとうございます。」

「お茶が入ったから、萌さんも一緒にどうぞ。」と言われたが、

「いえいえ、もう手当てして頂いただけで、時間も時間ですし、私はこれで失礼します。」と慌てて家を出ようとした。

すると手首を瞬に掴まれた。

「家まで送るよ。」首を振る私に、

「送っていく!」念を押すように言われ、私は静かに黙ってうなづいた。

「じゃ、送ってくるよ。」彼女にそう言うと、「うん。気をつけて。」と言って、玄関から見送ってくれた。


車の中で、沈黙が続いた。居た堪れなくて、

「ごめんなさい。手当てまでしてもらったのに、家まで送ってもらうなんて。」

「そんな怪我じゃ、駅までの距離歩けないよ。」

「凛とは?知り合いだった?」と聞かれ、彼女、凛さんって言うのね。と思いながら、

「ええ、偶然、浜辺で散歩するハチと会って…」

「ハチ。キミのこと覚えてたんだ。もうずいぶん歳をとってしまったと思ってたけどな。そうか、ハチが。」そうしみじみと言った。

私の事は、もう海じゃなくキミって言うのね。また、胸が締め付けられた。

「記憶は?戻ったんだよね?」

「そう。そうなの。」

「そうか。ご両親は喜んだだろうな。じゃあ、以前みたいに快と仲良くやってるんだね。」

あなたは、凛さんと?と心の中で問いかけた。

「良かった。何もかも元の生活を取り戻したんだね。」

元の生活?取り戻してなんかいないわ。瞬、あなたが側にいないじゃない。と、また心の中で言った。 

言いたい事、聞きたい事がいっぱいあったのに、何も言えない。

そうしてるうちに、瞬との時間はあっという間に終わった。


瞬は、家の少し手前に車を止めた。

「今更、また快に心配をかける必要はないだろう。俺たちもこれっきりだろうし、じゃあ元気で…幸せになれよ。」と笑顔で話す彼に、

「ありがとうございました。」私は何も言えず、お辞儀をして、彼の車を見送った。お辞儀をしたまま、顔をあげられない。パタパタッと雫が落ちて、地面が濡れていく。

私の目から涙が次から次へと溢れた。

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