第10話 裏切りと言われて
私は、いつのまにか大学3年生になっていた。記憶は戻ったが、まだどこかふわふわとした感覚のままだった。
今日は、仕事帰りの快と待ち合わせてデートだ。私は講義が終わると同時に、待ち合わせの場所へと急いだ。
「萌。」
大学の正門前に、車を横付けして、快が迎えに来てくれた。
同級生に、冷やかされながら、車に乗り込むと、
「もう。だから、正門前は避けてって言ってるのに。」と膨れっ面すると、
「自慢だからな。みんなに見せつけたいんだよ。」と、膨れた頬にキスされた。
「もう。誤魔化したってダメなんだから。」
「誤魔化してなんかないさ。嬉しいんだよ。こうして、萌と過ごせるのが。」
片手でハンドルを握り、運転しながら、片手は私の手を離さずに握りしめてくれている。
そんなに握りしめなくても、逃げたりしないのにと言いかけたが、口に出すのをやめた。快もまだどこか不安なのだと思った。
「今日は久しぶりのデートだからな。どこへ行く?」と言った。
私はつい無意識に、
「海。」と言ってすぐに取り消した。
「あー、やっぱやめた。映画行こうか?映画。」
あれ以来、快は海が嫌いだと言う。また、私を連れ去ってしまうのではないかと思ってしまうと言われたのだ。
快は車を路肩に止めると、
「ドキッとさせないでくれ。もう、海に萌を攫われるのは、ごめんだよ。な?」と、私のおでこにおでこをつきあわせ、上目遣いで私を見る。
「うん。ごめんね。映画見に行こう。」
「よし。了解。」と、街中へと車を飛ばした。
*****
「本当、萌は彼と仲良いよねー。幼馴染で、しかも、高校生から付き合ってて、いまだにラブラブなんて。いい加減飽きないの?」
「
沙英は、記憶を取り戻して、大学で出来た初めての友達だ。彼女は別の短大を卒業して、この大学に入学してきたから、他の学生よりは私の歳に近い。沙英は年齢よりしっかりしているせいか、全く歳の差を感じさせない。
「正直言うと、たまになんとも言えない不安感に襲われる時もあるの…」
「何?記憶を失ってる時の事?」
そう、沙英には今までの事を全て話していた。心理学を専攻する彼女にとって、私はとても興味深いそうだ。
「まあね。記憶喪失の間は人格が変わるって言われる事もあるんだから、不安になるのもわかるけど、もう萌は記憶を取り戻してるし…本来の萌ってことでしょ?本来の萌に戻れたから、快さんとの愛も取り戻せたわけでしょ。何も怖がる必要はないんじゃない?瞬さんとの事は、そうね。夢みたいなものじゃない?
別の人格の萌が好きになった人。でも、本来の萌が好きな人は快さんでしょ?瞬さんに対する負い目は感じなくてもいいんじゃない?瞬さんだってそれがわかってるから、消えてくれたんでしょ?」
「そんな言い方…」
「なら、私が快さんもらっちゃおうか?」
「え?」
「だって、あんな爽やかなスポーツマンで、ずうっと一途に彼女のこと愛してるなんて!なかなかいないよ?!もう、羨ましいんだから!この贅沢者が!」そう言って、脇をくすぐられた。
「やだ、沙英ったら」
確かに、今となっては、教会で過ごした日々は夢だったのかと思うほど、遠い記憶になってしまった。
そんな事をぼーっと考えていると、
「そうだ!ねぇ萌。快さんの友達紹介してもらってよ。飲み会しよ。飲み会。」と言って、沙英に腕を揺さぶられた。
「ええ?」
「私も快さんみたいな彼が欲しい。ね?ね?」
そう、沙英にねだられた。
「わかった聞いてみるね。」
*****
「カンパーイ!」
今日は、快と快の会社の同僚。そして、私と沙英、同じ学部の友だちを連れての飲み会、いわゆる合コンだ。
とても和やかな雰囲気の飲み会で、みんな美味しい食事とお酒を楽しんでいた。
「快さんって、小さい頃から萌の事好きだったんですか?」
と興味津々で沙英が快に聞くと、周りの女子たちも、
「私も聞いてみたかったんです。萌がいなくなった時は、諦めたりしなかったんですか?記憶が無くても?ずっとずっと萌だけがすきだったんですか?」
「どうしたの?みんな酔っちゃったの?」私が照れて話を遮ると、
「ちょっと萌は黙ってて。快さんに聞いてるの。」とシャットアウトされた。
「ああ、もう気づいた時には好きになってたな。行方不明になっても、記憶が無くても、萌の事は諦められなかった。いつかきっと俺のところへ戻って来てくれるって信じてた。」
「きゃあーーー。韓国ドラマみたい!」
「でも、萌は記憶を無くしてる間に別の人を好きになったんでしょ?それって、やっぱりショックですよね?」
「いや、それは仕方ないよ。萌としての記憶が無いんだから。」
快は、そう言ってくれたけれど、私は気まずくなって、その場を離れた。
少し風に当たって酔いを覚まそうと、外へ出てみた。
すると、快の同僚が一人、タバコを吸いに外へ出てきた。
「あ。吸ってもいいかな?」
「どうぞ。」
「酔った?」
「ええ、少し…」
「快は、まるでヒーロー扱いだな。記憶喪失の彼女を信じて待ち続けた誠実な男。でも、かたや記憶を無くした彼女は、他の男の腕の中とも知らず、可哀想なやつ。」
「ちょっと失礼じゃないですか?」私はそんな言い方をされて不愉快だった。
「今度は、酔って記憶を無くして、俺と一夜を共にしてみない?」
そう言い抱き寄せられて、ゾッとした。
「あなた、本当に快の友達?」
「綺麗事言ったところで、結局、キミは快を裏切ったんだよ。それを、快が許しただけの話さ。都合よく、また記憶なくしちゃったって言えばいいんだよ。このまま、俺と消えない?結構タイプなんだよね。」
頭に血が上るのがわかった。私は力いっぱい彼を押し退けると、
「私はそんな女じゃありません。」
と強い口調で言い放った。
「けど、その浮気相手と結婚までしようとしたんだろう?快も気の毒に。」
私は、それ以上何も言い返せずに、わなわなと震えるだけだった。
ちょうどその時、
「萌。大丈夫か?」
私を心配して、快が出てきた。
「大丈夫よ、少し酔いを覚ましてただけ。」
「そっか。もう中に入ろう。少し冷える。おまえは?」
「俺はもう一本吸ってから行くわ。」
と言った彼は、快に気づかれないように私にウインクしてきた。
なんて男なの!
そうは思ったが、快を苦しめたのは事実だ。
それに、瞬との思い出まで汚されたようで、胸が痛くなった。
でも、私はもう2度と快を裏切れない。
誰ももう傷つけたくない。
自分に何度も何度も言い聞かせた。
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