第9話 私は萌
足を引きずる快の腕を自分の肩にかけて、寄り添いながら、更衣室を後にした。
サッカー場の外へ出ると、先程の相手チームの数人と出くわした。そのうちの1人だ。快にぶつかってきたのは。そう思いながら、無視して通り過ぎようとすると、
「ラブラブだねー。さすが、余裕があるねー。恋愛しながらも、サッカー楽しめちゃうんだから…楽しんでるのは、サッカーなのか、イチャイチャすることなのか?わかんないねー。こんな可愛い子なら、そりゃ、かっこいいとこ見せたくて頑張っちゃうよな。」と言って絡んできた。
「ねぇ。僕達とも遊んでよ。頑張って、かっこいいとこ見せるからさ。」と私の手を引っ張った。
「止めろよ。」
快がすぐに私を自分の背中に隠すように引っ張った。
「やろうってのか?全然いいよ。俺たちは。」と言って拳を握り構えた。
「ダメ、ダメよ。こんなところで暴力事件なんか起こしたら、決勝戦に出られなくなっちゃう。」私が快の腕を掴み、全力で引き止めた。
「わかってるよ。萌は離れてろ。」
すると、相手のうちの1人が快のお腹に蹴りを入れた。
うっと、うづくまる快。快は、抵抗するわけにはいかない。無抵抗なまま、数人でボコボコにし始めた。快は気絶してしまったのか、ぐったりしてしまった。
「誰かー、誰か助けてー。」
私が叫ぶと、相手のうちの1人が落ちていた木の枝を拾い上げ、そのままその枝を振りかざした。
「ムカつくんだよな!」
「ダメ!」言うのと同時に快に覆い被さった。すると私の背中にすごい衝撃が走った。
そこへ、瞬が駆けつけてきた。
「萌!」瞬が私に覆い被さり、腕を伸ばして、私たちを守りながら、
「もう警察には通報した。もうすぐ駆けつけてくるはずだ。」と言うと同時にサイレンの音が聞こえた。
すると、相手の選手達は、慌ててその場を逃げ去って行った。
「萌!萌!」
瞬の声がだんだんと遠くなっていく。
「瞬。ごめんなさい。あなたを愛しているのに。」と涙が溢れたが、私の記憶はそこで途切れてしまった。
******
目が覚めると、私は病室のベッドに寝ていた。私の側でベットに顔をうつ伏せて、快が寝ていた。
「快。」
すごく久しぶりに快の顔を見た気がする。
快の頭をそっと撫でた。
「んー。萌?目を覚ましたのか?」
「うん。どうなってるのかな?」
状況が飲み込めず、尋ねてみると、
「高校に忍びこんで、花火をしていたところ、プールに落ちて、1週間も目覚めなかったんだ。どんなに心配したか。」
快は私の手を両手で握りしめた。
でも、もう私には振り払うことが出来ない。なぜなら、全ての記憶を取り戻したから。
眠っている間に、私の頭の中に、全ての記憶が夢のように蘇ってしまったの。
今の私はもう萌の記憶を全て持っているの。
そう口に出すことが出来なかった。
だって、私は萌であり、海なの。
海の私は瞬を愛しているの。
でも、記憶を取り戻した萌は、快が好きなの。
私はどうしたらいいの?
私の中に、萌と海の2人が住んでいるの。
こうなる事がわかっていたから、瞬は、私たちの前から姿を消したのね。
瞬。
数日後、退院して家に帰ると、両親と快がいて、みんなで退院祝いをしてくれた。
「さあ、快君も飲んで飲んで。萌は退院したばかりだから、ダメだぞ。また落ち着いてからな。」とお父さんは上機嫌だ。
「心配ばかりかけて、ごめんなさい。」と改まって言うと、
「親なんだから娘の心配するのは当たり前よ。嫁に行くまで、ずっと心配だわね。」とお母さんが笑った。
久しぶりに両親に会えた気がして、また涙が出そうだった。記憶が戻って、こうしてゆっくりと両親の顔を見ると、安心した。
「さあ、快君も遠慮なく食べて。」
「はい。頂きます。」
「萌も。あなたの好きな握り寿司、いつものところに頼んだのよ。たくさん食べなさい。」
と言われ、
「笹寿司?私あそこの穴子大好き。」と言って、飛びついた。
するとみんなが一瞬凍りついたように止まった。
「え?萌。記憶が戻ったの?」
「え?なんで?」
「だってお母さん、いつものところって言っただけで、笹寿司とは言ってないわ。」と震える手で私の肩を掴んだ。
「うん。全部思い出した。」
「じゃ、間違いなく萌なのね。なんですぐに言ってくれなかったの?」涙ぐむお母さんに抱きしめられながら、
「ごめんなさい。ごめんなさい。」と言った。
お父さんが私とお母さんの2人を抱きしめて、
「謝る事じゃないよ。一番大変な思いをしたのは萌なんだから。萌、おかえり。」そう言ってお父さんも泣いていた。
「萌、おかえりなさい。」お母さんもそう言った。
「ただいま、お父さん、お母さん。」
******
少し酔って赤い顔をした快が、
「酔い覚ましに付き合ってくれる?ちょっと外を散歩しようか?」そう言って席を立った。
私は黙ってうなづいた。
「もう秋だな。風が冷たい。寒くないか?」と言って、自分のシャツを私にかけてくれた。
「大人の対応だね。」
「もう大人だよー、萌が行方不明になったのは高二の時だから、あれからもう何年経ったと思ってるんだ?お酒も飲めるし、こうして大人として恋人をエスコートすることもできる。」と言って、手を繋いだ。
公園のベンチに2人で並んで座った。
「懐かしいな。ここでよく遊んだな。」
「そうだね。」
「初めてキスしたのも、この公園だったな。」と言われ、赤くなった。
「覚えてるか?萌?記憶が戻ったら、俺の彼女だよな?」と言われ、見つめられた。目が逸らせない私がいる。やっと快の腕の中へ戻って来れた。そう思うと、自然に目を閉じていた。
そして、快とキスをした。涙が一筋溢れ落ちた。そう、目覚めてすぐに記憶が戻ったと言えなかったのは、快とこうなる事がわかっていたから。
快と話してると、過去が鮮明に思い出されてきた。初めてのキスの時は、あの決勝戦の後だ。
優勝して、家に帰る途中でこの公園に立ち寄った。あの時も、
「約束通り、俺の彼女になってくれるんだよな?」と言われ、黙ってうなづいて、キスをした。
「やったーーーーー。」と、飛び上がる快と手を繋いで、ぐるぐる回った。
「もう快ったら、目が回っちゃうよ。」
そんな無邪気で素直な快が大好きだった。
今も…?!
瞬が姿を消してから、何年もの時が過ぎた。
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