第8話 過去

目を覚ますと、私は自分の部屋のベットで寝ていた。

「あれ?」身体を起こしてみると、胸の辺りまで髪が伸びていた。

「え?どう言う事?」

あたりを見回すと、真新しい高校の制服がハンガーに掛けられていた。

そこへ、ドアが開き、

「萌。起きたの?朝ごはんよ。」

と、お母さんが普通に声をかけてきた。けれど…

「お母さん!」

私は驚きのあまり、一瞬言葉を失った。お母さんが若い!

「なあに?まるでお化けを見るようね。

早く支度して、降りてらっしゃい。遅刻するわよ。」

「遅刻?」

私が聞き返すと、

「まだ寝ぼけてるの?入学式早々遅刻はみっともないわよ。」そう言って、母はカーテンを開けた。眩しい朝の光が一気に部屋に降り注いだ。

えっ?どう言う事?入学式?

机の上の鏡を覗き込むと、若い!

髪はつやつやだし、肌の色艶もぴちぴちモチモチで…本当に高校生みたい!

ハッとして鏡越しに確認してみると、背中の傷もない!

記憶が混乱しながらも、制服に着替えて下へ降りて行くと、新聞を読みながら、コーヒーを飲む父がソファーに座っていた。

新聞から目線を離さず、

「おはよう。」と声をかけてくるところまで、全くいつもと同じ。お父さんだ!

「おはよう。」


******


朝食が終わり、食器を流しに運んでいると、

「おはよう。萌。」

玄関先から声が聞こえた。この声、私知ってる。懐かしい声だ。

「おはようございます。」

そう言って、家に上がってきたのは瞬だった。

「瞬。瞬。よかったぁ。元気にしてたのね。」私は反射的に瞬に抱きついた。

すると、瞬が慌てて、

「いやいや、どうした?昨日も会ったよね?」と照れながら、私を引き剥がした。

「オホン、ゴホン、ゴホン」と、お父さんが後ろで難しい顔をしながら、咳払いをした。

「早く快のところへ行こう。あいつ、まだ寝てるかもよ?」

その場の空気に居た堪れなくなった瞬は、玄関に向かって私の背中を押して、家を出るよう促した。

「行ってきます。」

「いってらっしゃい。」


「仲が良いのは知ってるけど、飛びついていくなんて。ねー。父さん。」母が呆れるようにそう言うと、

「けしからん、高校生の娘がいくら幼馴染と言えど、人前で男に飛びつくなんて…」

父親は嫉妬をあらわにした。


 ******


その頃案の定、まだ快は夢の中。

そうだ!まさに入学式の日もこんな朝だった。

「快。快。早く起きて。遅刻するわよ!」

と肩を揺すった。

「萌がキスしてくれたら起きる。」そう言って、私に両手を伸ばしてきた。

瞬の目の前で、なんてこと言うんだ!慌てて、枕を顔に向けて投げつけた。

「何寝ぼけちゃってんのよ。早く行くよ。」

私は真っ赤になった。


それから、懐かしい2度目の高校生活が始まった。

毎日を過ごしてるうちに、記憶もどんどん鮮明に蘇ってきた。


「おーい。萌マネージャー。また、こいつ怪我したよー。見てやって。」

振り向くと、グラウンドにしゃがみ込む快の膝から血が流れていた。


2人で誰もいない保健室に入り、慣れた手つきで手当てを始めた。

「もう!本当に。いつまでも、小学生みたいに、あちこち擦り傷作っちゃって。ゲームでエキサイトするのはわかるけど、もう少し身体を労ってよ。」

「サッカーは、格闘技だからな。」と快は偉そうに言う。

「でも、見てる方は、心配なんだから。」

自然にそんな言葉が溢れた。

「大丈夫だよ。無茶はしないからさ。」

そう言うと、手当てする私の手を快が握りしめた。私が顔を上げると視線がぶつかり、見つめあった。目が離せない。

「萌。今度の決勝戦に勝ったら、俺の彼女になってくれる?」と言われ、返事に迷っていると、「約束したよ。」と言われ、私は無意識に「うん。」とうなづいた。


ガラッと音を立てて、保健室のドアが開いた。

「あー瞬。」と言って、慌てて快の手を振り払った。

「また、怪我したんだって?大丈夫?部室から、2人のカバン取ってきたよ。もう今日は帰ろう。」と言われ、我に返った。 

「ああ、うん。そうしよう。」私は、胸の中がザワザワするのを感じた。

「萌。大丈夫?なんだか顔色悪いけど。」

瞬が顔を覗き込んできた。

「全然、大丈夫。ちょっと疲れただけ。早く帰ろう。」 


自分の部屋に戻ると、私はベットにダイブした。

私どうしちゃったの?萌として生活するうちに…ううん。萌としての記憶が戻ってきて、瞬より快の事が気になってきてる?彼女になるって約束までしてしまった。私は瞬と結婚までしたんだから。萌の記憶のせいで混乱してるだけよね?

私は胸がざわつくのを落ち着かせようと必死だった。


そんなある日、サッカーの地区大会が開かれた。

この試合に勝てば、決勝戦で全国大会への出場権が得られる。


私たちの高校がリードしていた。相手のチームも必死でくらいついてきているのがわかる。

そんな時、快がゴールに向かってシュートを決めようとした瞬間、横から相手の選手がぶつかってきた。

そのせいで、快は変な転び方をしてしまった。

「快。」私は真っ青になって、顔を両手で覆った。


選手同士がもみくちゃになって、抗議をしている。

ピーッと笛が鳴って、タイムが入った。


足をひきづりながら、ベンチに入ってきた快に、

「足捻ったんじゃないの?」と言いながら応急手当てをすると、

「大丈夫だから、見てな。」私の肩をポンと叩き、ゲームに戻って行った。

大丈夫なわけないのに。私はハラハラしながら、試合を見守った。

それでも、諦めずに走る快。怪我をもろともせずに、弱音も吐かずに、そうやって頑張ってきた快をいつも一番近くで見てたのは私。だから、そんな快を好きになったの。そうよ。私、快が好き。そう思うと、涙が次から次へと溢れて止まらなかった。忘れていた快への気持ちがとめどなく溢れてくるように、涙が止まらなかった。

「快。勝って!」心の中で祈った。


ゲームオーバー。

わあーーーーーーー。試合はうちの高校が僅差で勝った。と同時に決勝戦進出!が決まった。

すごい歓声の中、選手達が抱き合って喜んでる。

その中で、満面の笑顔で輝いている快。

私は涙を止められなかった。


「みんなよくやった。このチームみんなで勝ち取った勝利だ。」コーチがそういうと、

「おーーー。」とみんなが声をあげた。

すると、みんなが私に向かって走ってくる。

「え?なになに?」と思ってると、みんなに担がれ、胴上げをされた。

「きゃーーー。」

「マネージャー、ありがとう!」とみんなが口々にそう言ってくれた。

そして、みんなの腕から下りると、快に「萌のおかげだよ。萌がいつも俺を見守ってくれたから、頑張れたんだよ。」と笑顔で言われた。


歓喜の後、まだ心臓がバクバク高揚してる私は、どこかフワフワとした気持ちのまま、更衣室を覗くと、快だけがベンチに座っていた。

「足、痛むんじゃない?」

そう言いながら、彼の隣に座った。

「全然、だって試合に勝ったんだから、あとひと試合で、萌は俺のものだ。好きだよ。萌。」

私の頬に涙が溢れた。 

「なんで泣くんだよ。」快は優しく涙を拭うと、そっと私の頬にキスをした。

私が真っ赤になっていると、

「本当のキスは、決勝戦後に取っておくな。」そう力強く宣言した。

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