第7話 溢れ出した記憶
翌日、快が予定通り私を迎えに来た。
シスターが私を見送りに玄関へ出て来ると、
「
するとシスターが、
「小林 快?」ともう一度尋ねた。
「あっ、はい。」
「カイって、あなたの事だったのね。」と驚いた。
私と快が、訳がわからずにいると、
「海が、浜辺で助けられて、ここへ連れて来られた時には、酷い熱で、うなされていて、家族に連絡が取れるものならと、名前を訊ねたのよ。海に。
名前は何て言うの?って、そしたら、カイーカイーって何度も言うもんだから、でも、女の子の名前でカイって言うのも、変だと思って、海と書いてうみって名前にしたのよ。」そう告げられた。
その話を聞いて、私は衝撃を受けた。
じゃ、私は本当に萌なの?快の名前を何度も呼ぶほど?快の事を?
******
帰り道の車の中、2人とも黙っていた。
快も私が動揺しているのは、わかっているようだ。
それでも、私は萌としての記憶がない。
萌じゃない限り、海である私は瞬の事を愛してる。私はどうすれば瞬の元に帰れるの?いつまで?いつまで待てばいいの?待ったところで、記憶が戻る保証なんてないのに…。
「どうした?気分悪い?」
頭を抱え込んで俯く私に、快が心配そうに顔を覗き込んできた。
「頭が痛い…」そういうと、快は車を止めた。
「ちょっと外の空気を吸ってくる。」
と言って、フラフラとおぼつかない足取りで、外へ出ると、眼下に海が見渡せる高台の見晴らし台に居た。
「海の匂いがする。」
大きく深呼吸した。
「海と言えば、俺と萌と瞬の3人で、高校生の時、海水浴に行ったんだけど、萌が足を攣らせて、溺れてさ。大変だったんだぞ。」
「そうなんだ。そんなふうに3人で遊んだ思い出があるんだ。」なのに、瞬は今いない。
「ねぇ、みんなが通ってた高校見に行きたい。」と、思い立った私は、快に頼んでみた。
「よーし。オッケー。高校か何年振りだろうな。」快は笑顔を見せると車に乗り込み、スピードを上げ車を走らせた。
******
「ここが…高校?」
あたりは既に真っ暗になっていた。
閉ざされた門の前で、2人は立ち尽くしていた。
「ほらっ、萌」と快が門にまたがって、私に手を伸ばした。
その手を取り、門をよじ登り、乗り越えて入って行った。
「怒られないかな?」
急に不安になってきた。
「卒業生なんだから、大丈夫でしょ?」と笑う快に、手を引っ張られ、校舎へ入って行った。
「ここは、変わらないなぁ。」快がそう呟いた。
少し古びた校舎に、何となく懐かしさを感じた。
2人で廊下を歩きながら、
「昔の萌じゃ、考えられなかったよな。学校に忍び込むなんて。」快がそう言った。
「どうして?」
「中学の時から優秀だったけど、高校に入ると、萌はお手本のような優等生で有名だったんだ。瞬と学年上位を争っててさ。みんなは美人で勉強のできる高嶺の花の萌に、声をかけるのも躊躇してしてしまうくらいで、萌と仲のいい俺たちは、よくみんなからやっかまれてたよ。
そしたら、学年トップの瞬じゃなく、落ちこぼれの俺が、萌をゲットしたもんだから、もうすごいブーイングで、でも萌が俺を選んでくれたことが嬉しくて、俺は正々堂々と手を繋いで登校したりしてさ。もう本当にラブラブだったんだからな。」と言われて、2人目があった。
なんとなく目が逸らせずに、見つめあっていると、ふいに快の顔が私に近づいてきた。私はそれをかわして、
「部活は、してなかったの?」と話をそらした。
「あー。俺はサッカー部。そして、萌はサッカー部のマネージャーだったよ。仲間にはおしどり夫婦と言われたくらいだ。」と嬉しそうに話す。
「瞬は?」小さい声で聞くと、
「瞬?瞬は、美術部だよ。」
「近所で同学年の俺たちは、小さい頃から3人で団子になってよく遊んでさ。3人でめちゃくちゃ仲が良くて、いつも一緒で、近所では有名だったよ。でも、高校で、萌と俺が付き合い始めてからは、瞬とは、距離を置くようになったな。やっぱり2人きりでいたくてね。」と茶目っ気たっぷりに笑う快。
でも、私には全く想像が出来ない。何を聞いても、他人事のようにしか感じなかった。
すると、快がポケットからおもむろに、
「夏の終わりの思い出に。どう?」
と、線香花火を出した。
「いつの間に?」
「さっきコンビニでね。」と言って歩き出した。
「どこ行くの?」
「さすがに校舎は火気厳禁だろ?」
そう言って、プールサイドに移動した。
プールに月が映って、キラキラ輝いていた。
そよ風が、髪を撫でていく。プールサイドのせいか、風も少しひんやりしていた。
「気持ちいいね。」
「そうだね。でも線香花火には、風がちょっときついかな?」風の吹く方向に背を向け、快が座り込んだ。
私も並んで座って、火をつけた。
線香花火が、静かな夜の中、ぱちぱちと音を立てた。
「キレーイ!」そういう私の横顔を覗き込むように、じっと見つめる快。
私は花火から視線を変えないまま、
「そんなに見られると恥ずかしい。」と言うと、快がポツリポツリと話し始めた。
「本当に少し前までは、萌がまた俺の元へ帰ってきてくれるなんて、夢にも思わなかった。いや、でもずっと願ってたよ。萌が行方不明になってから、狂ったように探したよ。寝るのも食べるのも忘れて探して、探して、フラフラになりながらも、探して、でも1週間後には、俺がぶっ倒れてた。情けないよな。どこかで、泣いてるんじゃないか、寂しくて怖がってるだろうって、気が気じゃなくて。萌は、いつもみんなの前では、冷静で、しっかりしてたけど、それは、いつも瞬や俺たちが側に居たからで、本当は人見知りで、1人だと怖がりで寂しがり屋で。早く見つけてやらないとって必死だった。」
初めて快の気持ちを知った。
「そんな風に思ってたんだ。」とやはり他人事のようにしか、言えなかった。
「そりゃ、そうさ。高嶺の花の萌が、俺を選んでくれたんだ!絶対大事にする。俺が守るからって約束したんだ。なのに、こんなことになってしまって。」
「そんなに萌さんの事、好きだったの?」
「ああ、そりゃもう大好きだったよ。いつもいつも俺の心配をして、後ろから追いかけてくる萌が可愛くて可愛くて。ずっと大好きだ。」そう言って、じっと真剣な顔で見つめられた。
照れ臭くなって素早く立ち上がると、足が痺れを切らせて、よろめいた。
「あっ!」と快が手を伸ばしたけれど、間に合わずに、私はプールへ落ちてしまった。
ゴボゴボゴボッ
プールの底に吸い込まれるように落ちていく、慌てて水を飲んで、息が苦しくなる。
「快、快、助けて〜。」と心の中で叫ぶと、頭の中にデジャヴがかすめた。
前におんなじ事があった。たしかに。
すると頭の中に、水が流れ込むように忘れていた記憶が流れ込んできた。
「萌。萌!!!」
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