第4話 的中してしまった不安

何とも言えない漠然とした不安が拭いきれないでいた。

「こんな傷があるなんて知らなかった。私、無くした記憶が怖い。どんな人生で、親や兄弟、もしかしたら恋人がいたかもしれない。それとも、悪い事をして逃げていたかもしれない。全くわからないのに、こんな私のまま瞬と結婚していいの?」

ポロポロ涙が溢れてきた。

瞬は、車を路肩に止めると、

私の顔を両手で包み込むようにして、自分に向けた。

「僕が信じられない?」

「違う。そうじゃない。」

私は思いっきり首を振った。

「そうじゃないなら、僕に君を守らせてくれ。一生大事にする。どんな過去だろうと負けない。いや、過去なんていらない。僕は、今の君を愛しているんだから。僕を信じてついてきてくれないか?」 

同じように涙を流す瞬の目を見て、私は大きくうなづいた。

「私も愛してる。私には瞬しかいないの。」

私はそう言ってくれる瞬を信じるしかない。いや、私が彼を信じたい。

過去に囚われず、これからの人生を前を向いて進もうと2人で固く心に決めたんだ。

不安を掻き消すように、私は瞬に強く抱きついた。


*****


気がつくと、どこまで行っても真っ暗なトンネルの中に私は居た。ヒヤッとする冷たい空気の中、1人歩いている。明るい方はどっち?前も後ろも真っ暗。入口も出口もわからない。助けて。助けて。瞬。お願いひとりにしないで。

瞬!心の中で叫んだ。すると真っ暗闇の中、手を引っ張られ、振り返る。「瞬?!」一瞬ホッとして、その人の顔を見ると、知らない男の人が泣きながら、私の手を引っ張って、何か言っている。怖い。

「いやー助けてー。助けてー。」


「海。海!海!」とシスターに肩を揺さぶられ、目を覚ました。

「わたし…。」

「すごい汗ね。どんな夢を見たの?酷くうなされてたわよ。」

と言われ、我に返った。

シスターの胸にしがみつき、

「私、怖いんです。昔の記憶を無くして、どんな人生だったかもわからずに、このまま結婚してもいいんでしょうか?瞬と居ると、すごく幸せなんです。でも、幸せな一方で、過去に飲み込まれそうで、怖いんです。」と言って泣きついた。

するとシスターは、私の背中をトントン優しく叩きながら、

「マリッジブルーなのかしらね?大丈夫よ。瞬さんは、本当にあなたを愛しているわ。それは、私にもわかる。あなたを精一杯守ろうとしてる。今のあなたをちゃんと見てくれている。過去に何があろうと、あなた達の繋いだ絆はそんなに簡単に壊れるものではないでしょう?過去は過去。取り戻せるものではないわ。今を生きなさい。」そう言ってくれた。シスターの優しい手の暖かさに、私は不安に負けないようにしがみついていた。


そして、結婚式当日を迎えた。

2人を祝福してくれるような晴天だった。

綺麗な青い空に後押しされるように、自然と笑みが溢れた。

やっと瞬と家族になれる。もう1人じゃないんだ。


私の参列者はシスターや児童保護施設の子供達。

彼の参列者は、数人のお友達が来られると聞いた。

彼に両親は参列しなくて良いのかと尋ねたら、外国へ赴任中なので、帰国したら会おうと約束した。


参列者も少ないので、式と簡単なガーデンパーティーだったが、天涯孤独の身の私に取って、これ以上の幸せはなかった。


目の前のドアが開くと、ステンドグラスに光が降り注ぎ、七色に光る教会内は、薄いピンクや白い花々で飾り立てられ、柔らかい光に包まれていた。

瞬に向かって続く赤いバージンロード。

私は1人バージンロードをゆっくりと瞬に向かって歩いた。瞬の優しい笑顔に迎えられ、祭壇の前に立った。


「はい。誓います。」

瞬の力強い誓いの言葉を聞いて、幸せと同時に涙が込み上げてきた。まさに、幸せの絶頂だった。

そして、2人向かい合い、瞬が私のベールをそっと上げた。


その時、後ろの方でガターンと大きな音がした。 

私は驚いて振り向くと、参列者の男性が1人立っていた。とても驚いた顔で私たちを見つめている。

けれど、瞬は何事もなかったように、

「大丈夫だよ。」と言うと、私の顔に手を添えて、そっと優しくキスをした。


カランコローンカランコローン

教会の鐘が鳴り響く中、色とりどりのフラワーシャワーを浴びながら、教会の外へ出てきた。

みんなの祝福の笑顔の中、離れたところで先程の男性がこの場には不似合いな怖い顔をして、立っていた。


ガーデンパーティーが始まると、次々と祝福の声をかけられた。

「おめでとう!おめでとう海!」

話に夢中になっている間に、瞬の姿が見えなくなっていることに気づいた。


なんとなく先程の男性の存在も気になり、私はキョロキョロと瞬を探した。


すると物陰で、2人の男性が言い争うような声が聞こえて来た。

「何で、ここに居るんだ?」と瞬の声。

「それは、親友の結婚式と聞いたら、駆けつけないわけにいかないだろう。でも、どうして俺にだけ招待状が来ないのか不思議に思っていたけど、そう言うわけだったんだな。」と男性の声がした。


「瞬。そこにいるの?」と声をかけようとしたところ、

ドサッと音がした。

「瞬!」

音のする方に駆け寄ると、先程の男性がワナワナと拳を握りしめて立っていた。その横には、口の端から、血を流す瞬が倒れていた。


「何をするんですか?」と私は瞬を抱き起こしながら、その人に向かって叫んでいた。

「え?」その顔になんとなく見覚えがあるような気がした。

その彼が私の両肩を掴んで、

「萌。萌なんだろ?」そう言って、涙を流す顔を見て、この前夢の中に出てきた人だと気がついた。

夢と同じように、私の手を引っ張ってどこかへ行こうとする。私は全身の力で、彼の手を解き、

「違います。私は海です。人違いです。」と大きな声で言った。

「じゃあ、海さん。君に聞くけど、右の肩から背中にかけて数センチの傷がないか?」と言われて、顔から血の気が引くのを感じた。

「それが何よりの証拠だ。萌!それは、僕を庇った時に怪我した傷だ。君は萌なんだよ。海で遭難して行方不明になってから、6年も経ってしまった。もうダメだと聞かされていたけど、君は生きてたんだね。本当に良かった。ご両親がどんなに悲しんでいたか。

さあ、萌。元の場所に帰ろう。本当に君が居るべき場所へ。」彼に一気に捲し立てられるように言われて、私はとても混乱した。頭を抱えていると、また彼に手を引っ張られた。


「止めてください。私は確かに背中に傷があるけど、それだけで萌さんだと言う証拠にはならないわ。それに、私は記憶を無くしていて、何にも覚えてないの。だから、あなたと一緒に行く事はできない。私は瞬と生きて行くって決めたの。」

と、泣きながら訴えた。掴まれた手を解こうと必死に抗った。

「俺は君を元の場所に、本来キミが居るべき場所へ戻す。ご両親に会えば、きっと記憶もすぐに戻るさ。ともかく生きていたと知ったら、どんなに喜ぶか。」

私に両親?親がいるのね。そう思うと、心がざわめいた。

すると、その彼は痺れを切らしたように、

「もうこれ以上は待てない。」と言うと、私を抱き上げると、車の助手席に押し込んだ。

「止めて。瞬。瞬。」と叫んだが、あっという間に車はすごいスピードで、教会から走り出した。

「瞬ー。」

瞬が肩を落として、ただ茫然と立ち尽くしている姿が、小さく見えた。

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