第3話 幸せなひととき
彼の事を考えると胸が苦しい。こんな気持ち初めて。今度、彼に会う時は、私はどんな顔をすればいいの?
正解がわからない。
でも、それでもやっぱり…会いたい。
顔が見たい…声が聞きたい。
そして、私は答えが出ないまま、日曜礼拝の日を迎えた。
いつもの何倍も、自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。
礼拝が終わると彼が私を見つけ、近づいてきて、いつものように声をかけてきた。
「今日はドライブに行かないか?」
彼は爽やかな笑顔でそういうと、私の返事も待たずに、私の手を引き歩き始めた。私はされるがままに、後に続いた。
「ハチは?」
「今日は、2人だけのデートだから、留守番を頼んだよ。」そう言い、少し悪戯に笑った。
「どこへ行くの?」
彼は私を助手席に乗せると、
「着いてからのお楽しみ。」
そう言って、今度は嬉しそうに笑った。
車の助手席では、運転する彼の横顔しか見えない。面と向かって聞きにくい事も、今なら言える気がして、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「私とその幼馴染みの彼女は、どこが似てるの?」緊張のせいか、予想外に大きな声が出た。
少し驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい笑顔を見せると、彼はゆっくりと話し始めた。
「実は、幼馴染みだけど、僕の彼女では無かったんだ。本当はもう1人幼馴染みの彼がいて、その彼の彼女だったんだ。」と言われ、驚いた。と言う事は、瞬の片想いだったんだ。
少しだけ私はホッとした。
「彼女は、君と顔立ちから背格好までそっくりだ。笑顔の綺麗な子で、僕たちより小さいくせに、しっかりしてる人で、でも心配症で。特に彼に対しては、毎朝早く起きろ。ちゃんとボタンを留めろと。まるで母親のように面倒を見てたよ。」とクスクス笑いながら、懐かしそうな目で話し始めた。
「3人で、仲良かったんだね。」
「そうだね。」
「でも海は、どこかいつも不安そうで、支えてあげたくなる感じだよね。」
と言って、彼は私に一瞬目を向けた。
目が合った私はドキドキして、彼の視線に耐えられずに目を伏せた。
「そんな事ないです。年相応にちゃんと私真面目に生きてますから。」
私自身よくわからない言葉のチョイスに、失敗した!と思っていると、彼は私を愛おしそうに見つめ、頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「窓を開けてごらん。」
言われるまま窓を開けると、顔全面に風が吹いてきた。
「海の匂いがするー。」
カーブを曲がると一気に、視界が開け目の前に海が広がった。
「海だー!」
浜辺へ下りて、2人で波打ち際をゆっくりと歩いた。
冬の海は、深く青く澄んでいた。海の青さと白い小波とのコントラストがとても綺麗だ。
「私、海初めてなの。」
「自分の名前なのに?」瞬にクスクスと笑われた。
「うん。私の記憶の中ではね…。」少し悲しさが込み上げてきた。
その時、波が掬った砂に足を捕られ、よろけてしまった。すぐに瞬が手を差し出し、抱き止めてくれた。
私は、一瞬で顔が真っ赤になった。
「あーあー、ごめん。」
そんな私と目が合い、瞬が私から手を離した。
しばらく沈黙が続いた後、瞬に促され、2人で浜辺に並んで座った。
「もっと海の事、知りたい。だから、海に来た。」
「ええ?なにそれ?」
と吹き出しながら聞くと、
「ここなら、素直に何でも話してくれそうだから。」
「別に、海じゃなくても、素直に話すよ?」そう言って笑顔を見せた。
「私、5年前に今の教会に預けられたの。その前の記憶は全くなくて、どこの誰か、名前も親も兄弟もいるのかどうかすら、わからない。身寄りもないから、教会の児童保護施設で働かせてもらってるの。」
とゆっくり話し始めた。
「海で倒れてたところを漁師さんに助けられて、教会に預けられたの。だから、海なんだって。安易だよね〜。」
と笑って話すと、ギュッと肩を抱き寄せられて、
「大変な思いをしてきたんだね。」と言われた。
私は、そのままこの腕にもたれたままでいたかったけど、彼の身体を押しのけた。
「瞬って、距離感無さすぎ。私は幼馴染みじゃないんだから。」
「最初は見間違えたけど、今は違うよ。海は幼馴染みの彼女とは、全然違う。君の事は、放っておけない。心配で守ってあげたくなる。」
そう言って、瞬はとても真剣な顔で私を見つめた。その目に私は囚われてしまった。
すると、瞬の顔が徐々に私の顔に近づいてきた。私はゆっくり目を閉じた。
それからの私は今までの自分が嘘のように、明るくなった。
彼のおかげで、記憶がなくても、今までの人生どんな人生を過ごしてきて、自分はどんな人だったのか、不安でいっぱいだったけど、今の私を愛してくれる瞬のおかげで、昔のことを考える事は無くなった。
今の瞬との生活、人生が今は一番大事。
「瞬!」
彼と出会って、もう一年が経った。
向こうから走ってくる彼に、大きく手を振った。私も彼に向かって走り出した。
今日は、彼とウェディングドレスを見に行く事になっている。
「海。」勢いよく彼の胸に飛び込む。抱き止められて、受け止めてくれる人がいる安心感で幸せいっぱいだった。
*****
フィッティングルームのカーテンが静かに開いた。私のウェディング姿を見て、彼の視線が釘付けになった。
「…すごく綺麗だよ。海。」
しみじみと言った。私が照れてると、私の後ろの店員さん達が何かヒソヒソと話し始めた。
不思議に思い「どうかしました?」と私が尋ねると、
「あのせっかくお似合いのドレスなんですが、お背中の傷が少し見えるので、隠れるようなデザインのものをお勧めしたいのですが、いかがですか?もちろん、こちらがお気に召したのなら、お化粧などでなんとか隠すこともできますが。」と言われた。
何か揉めている様子を感じ、瞬が私の側へ来て、
「どうしたの?」
「背中に傷があるって…」
身に覚えのない私は、鏡越しに背中を写してみた。
すると、右肩のところからそんなに大きくはないけれど背中にかけて、数センチの傷の痕があった。大きい傷ではないが、縫合した痕があった。
記憶のない自分に何があったのか、一瞬ゾッとした。
「瞬…」不安になり振り向くと、瞬が真っ青になって震えていた。
「どうしたの?瞬。」慌てる私に、冷や汗を流しながら、
「いや、大丈夫だ。大丈夫。それより、海は?大丈夫?」
「ええ、気に入ってるドレスだけど、やはり傷が見えるのは、嫌だわ。他のドレスに着替えるね。」と言って、フィッティングルームのカーテンを閉めた。
どうして?瞬はあんなに驚いたんだろう。女の背中にこんな傷がある事がショックだっだのかしら?
何となく一抹の不安が拭いきれないまま、彼の車に乗り込んだ。
黙って、脇目も振らず運転する瞬に、
「驚いた?嫌だった?」
と不安に飲み込まれそうになりながら、聞いてみた。
「嫌なわけないさ。ただ、大変な思いをしたんだろうなと思うと、可哀想で…。
記憶がなくてもいい。取り戻せるかどうかもわからない記憶に振り回されるより、これからは、絶対何があっても、僕が守ってあげるからね。一緒に前だけを見て歩いて行こう」そう言って、膝に置いた私の手をしっかりと握ってくれた。
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