第2話 彼との時間
それから、彼に会えるのを楽しみにしていたのは私なのに、風邪で数日寝込んでしまったのだ。
「またよ。」
シスターがそう言って、枕元の花瓶の花を生け替えた。
「これで、何度目かしら?」
私が寝込んでから、毎日のように教会に届けられるダイヤモンドリリーの花。
「お見舞いかしらね?でも、それとはちょっと違う気がするわね。」
シスターが少し首を傾げながら、そう言った。
「え?どう言う意味ですか?」
シスターの真意が分からず尋ねてみると、
「花言葉は、箱入り娘。または、また会う日を楽しみにしています。」と言われて、思わず笑みが溢れた。
きっと彼だ。と思った。会いたいって言われたのに、そのまま会えずにいるから。彼も気にしてくれてるんだと思うと嬉しかった。
「今日はクリスマスのミサだけど、熱が下がったばかりだから。あなたは今日はここで寝てなさい。無理は禁物よ。ここに、シチューを置いておくからね。」そう言い残して、シスターは部屋を出ていった。
今の私は、風邪で寝込んで、教会という箱の中に閉じこもったまま。
箱入り娘か、確かに私の世界はこの教会の中で、知ってる人はここの教会のシスター達や保護施設の子供達とあとはたまに会う信者さんたちだけ。この箱の中で、掃除や片付けに、小さい子達のお世話と、毎日同じ事を繰り返すだけの日々。私はいつまでこの箱の中に居るんだろう。漠然とした不安の中。
私は、外の世界を知らない。
ベットから体を起こして、花瓶の花を抱きしめた。
箱の外から私を思って花を送ってくれる人がいるなんて、今まで考えたこともなかった。そんな人生が私に巡ってくるなんて、思ってもみなかった。
そんな事を考えていたら、窓の外から、
「ワン、ワンワン。」と犬の鳴き声がした。
もしかして?と思い、窓を開けてみると、彼だ!
彼が犬を連れて立っていた。窓辺に駆け寄ってくると、
白い息を吐きながら、
「メリークリスマス」と笑顔をくれた。
突然のことに驚きながら、
「メッ…メリークリスマス」
はにかみながら応えた。
「サンタからプレゼントです。」と言われ、大きなリボンのついた紙袋を渡された。
思いがけないプレゼントだった。
「開けてみてもいいですか?」
私の記憶の中で、生まれて初めてのクリスマスプレゼント!
中には、毛糸で編んだ暖かそうな手袋と靴下が。
「嬉しい〜。ありがとう。すごくすごく嬉しい!」いつのまにか、一筋の涙が溢れていた。
彼は雪で冷えた手で、私の頬を伝う涙を拭ってくれた。
「喜んでもらえて、僕も嬉しいよ。早く元気になって。」
彼の笑顔に、先程の不安もかき消された。
「でも、私、何もあなたにプレゼントしてあげられるものがないわ。」と言うと、優しい笑顔で、
「名前、名前を教えて。」と言われた。
「海と書いてうみ。」
「うみか。いい名前だね。僕は
そう言って、降りしきる雪の中。彼は大きく手を振りながら、去っていった。
それから、年が明け、日曜礼拝の後は必ずと言っていいほど、彼と犬のハチと私の散歩がいつものルーティンになった。
不思議なほど、彼と過ごす時間は自然で穏やかで優しいものだった。
公園で、彼がフライングディスクを投げると、ハチはジャンプしてキャッチする。見事なコンビネーションに、パチパチと拍手する私。
「やってみる?」
「やった事ないけど、出来るかな?」
私もフライングディスクを、ハチに向かって投げてみた。
下手くそな私は、とんでもない方向に飛んで行ってしまう。さすがのハチも追いかけて行くのが大変で、
「あははは。」瞬にお腹を抱えて笑われた。
「そんなに笑うなんて、ひどい!」と、私は拗ねた。
「ごめん。ごめん。すぐに上手くできるようになるよ。こうやって。」と言われ、背中から腕を回して、私の手に手を重ね、一緒にディスクを握り、
「こうして投げるんだよ。ほら。」と言って、一緒に投げて見せた。
本当なら、男性にそんなふうに近寄られるのは、嫌だったけど、瞬だけは不思議と嫌じゃなかった。
毎日同じことの繰り返しの日々の私にとって、瞬との時間は、とても楽しくキラキラしていて、胸が暖かくなる時間だった。
公園のベンチに腰掛け、2人で並んで座った。しばらく沈黙が流れた。
「最初に会った時、私の事、誰かと間違えてたよね?」と私はおもむろに口を開いた。今まで、何となく聞きづらかったのだ。
「そうだね。僕の幼馴染みなんだ。彼女にそっくりで、ホントに驚いたよ。」
そう言いながら遠い目をする彼を不思議に思い、
「その幼馴染の子とは、長く会えてないの?」
「会えないだ。もう。」
意味がわからず、首を傾げていると、
「亡くなったんだよ。事故で。」
と聞いて、私はハッと両手で口を押さえた。
「ごめんなさい。こんなことを聞いて。」
「いや、生きて帰ってきてくれたかと思って、君を見た時、とても嬉しかったんだ。また会えたことが嬉しくて。神様にいつもいつも祈ってた僕にご褒美をくれたんだと思ったんだ。」
とても切ない目をする彼を見て、思わず、
「好き…だったんだね。」と言って後悔した。
「ああ。」
そう言う返事が返ってくるとわかって聞いたのに、私はその答えに胸を刺された。
だから、私の事を彼女と重ねてるだけなのね。
そう思うと、その事がつらくなってきて、私は立ち上がると、
「そろそろ帰らなきゃ。今日はもうここで。」と言って、走って帰るのが精一杯だった。
やっぱり彼は、私を見てるわけじゃないんだ。彼は私を通して、彼女を見てるだけだったんだ。
そう思うと、涙が止まらなかった。
日曜礼拝のたびに、涙を流し、彼女の帰りを信じて待つほど、彼女の事を想ってたんだ。
私は自分の部屋に戻ると、枕に顔を埋め、声を殺して泣き続けた。
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