ふたりのわたしー恋と愛の波間にー
カナエ
第1話 新しい出会い
銀杏並木の葉が、道に黄色い絨毯を敷き詰める。その光景が私は好きだ。朝日に照らされて、まるで黄金色のように見える。私にも、人生の道がこんな先行きの明るいものなら良いのに。
けど、多くの人が歩いた後は、無残なほど粉々に砕け散っている。そんな木の葉を見ると、切なくなる。
「なんてセンチメンタルに浸ってる場合じゃないね。みんなが来る前に、片付けなきゃ。」
元気を振り絞って、木の葉を箒でかき集め始めた。
そこへカサカサと木の葉の音を楽しむかのように駆けてくる犬が一匹。
「ワン!」
私に向かって吠えてくる。
「えっ?えっ?」
怖いわけじゃないけど、追い詰められるように、吠えながら迫ってくるので、後ずさってしまう。
赤い首輪がついてるところを見ると、飼い犬?迷子になったのかしらと思いながら、犬と対峙していると、遠くから犬を呼ぶ口笛が聞こえた。
すると、すぐさま犬はおそらく飼い主であろう人の方に振り向くと素早く駆けていった。
その先には、背の高いスマートな茶色のコートを着た男の人が立っていた。
遠目で、顔まではっきりわからなかったけど、軽く会釈をして反対の方向へ去っていった。
その人はまるで朝日に向かって、黄金の道を歩いているかのように見えた。
なんだか夢のような素敵な光景だった。
久しぶりに穏やかな気持ちになった。しばらく、その余韻に浸っていると、
「
「はーい。シスター。」
私を呼ぶシスターの声だ。
今日は日曜礼拝の日。
片付けを済ませ、私は礼拝堂の一番後ろの席に座った。
あっ!見つけた。今日もちゃんと来てる。ここ数ヶ月前から、見かけるようになった同じ年頃の男性。なぜ覚えてるかって言うと、初めて彼を目にした日、一心に祈る彼の目から溢れる涙に釘付けになってしまったの。
彼は、綺麗な顔をしていて、一見クールで冷たい感じに見えるが、溢れ続ける涙を拭おうともせずに、祈る姿がとても切実で。見ている私まで切なくなってしまって。いつも後ろから眺めては、彼の願いが神に届きますように。と願ってしまう。
日曜礼拝に必ず来る様になった彼を、私はいつも探すようになった。
けれど、その日を最後に彼はパッタリと来なくなってしまった。
もちろん、連絡先は知らない。名前も知らない。どこに住んでるかも。
なぜ来ないんだろう。どうしたんだろう?体調でも悪いのかな?
見ず知らずの彼だけど、心配で心ここに在らずの日々が続いた。
「海。何をそんなにソワソワしているの?落ち着きなさい。あなたがそんな顔をしていると、子供たちにまで不安が広がるわ。」
とシスターに注意を受けた。
「どうしたの?何か心配事でもあるの?」
「実は、気になる人がいるんですけど、ここしばらく姿を見せなくなってしまったので、心配なんです。」
「気になるって言うことは縁があるのね。縁がある人なら、必ず良いタイミングで再会できますよ。」と穏やかな笑顔で応えてくれた。
私にとって、シスターは母親も同然だ。シスターの心の暖かさに、私はいつも救われていた。
それから彼を見かけなくなって、どれくらい経っただろう。もうすっかり銀杏の葉もなくなり、かき集める葉っぱもない。なんとなくやる気が起きず、箒を持て余していた。
すると、いつぞやのあの犬が、また向こうから駆けてきた。ジャンプした犬を見て、飛びついて来るかと思い、思わず目をつぶって、
「きゃーーー。」と叫んでいた。
箒を握りしめて、身構えたわたしに、犬は飛びついてはこなかった。
犬のハアーハアーと言う荒い息遣いが聞こえるだけ。
そおっと目を開けてみると、男の人が犬を抱きしめ、しゃがみこんでいた。
「驚かせて悪かった。」
日曜礼拝の彼?!と思った瞬間に、彼にスッと抱きしめられた。
「萌。会いたかった。会いたかった。ずっと探してたんだ。どうして会いに来てくれなかったんだ?」そう言って、涙を流す彼。あまりに情熱的に抱きしめられ、なんだかすごく懐かしい様な穏やかな気持ちになって、彼の胸に顔を埋めた。
いや。違う違う!今のはなし。
彼の体を、両腕で力一杯押し返した。
「やっ、止めてください。あなたに抱きしめられる覚えはありません。」
真っ赤な顔が恥ずかしくて、俯いた。
「萌。萌だろう?ほら、ハチも君のことを覚えてるんだ。」
「萌?ハチ?」
何がなんの事か分からず、呆然としていると、
「すいません。人違いか、確かにそんなはずがないよな。でもそれにしてはあまりにも似ているので。つい...」
まだ憂いを含んだ彼の目が、私をじっと見つめる。
吸い込まれそうな澄んだ彼の目を、ずっと見ていると、また恥ずかしくなって俯いてしまった。
そこへ、シスターがやってきて、
「あらっ、お知り合い?」
と彼に軽く会釈をすると、彼も黙ってそれに応えた。
「海、悪いけど、そろそろ朝食の準備、一緒に手伝ってもらえる?」
と声かけられ、中へと入っていった。
「じゃあ、失礼します。」
私も会釈をして、シスターの後に続くと、慌てた様子で引き止められ、
「また、会えますか?会ってもらえますか?」そう言い、私の顔を覗き込んだ。
「はい。縁がありましたら、すぐにでも。」私はそう言うと、教会へと入っていった。
立ち尽くしたまま、きっと私の背中を見つめているであろう彼を想像すると、背中が熱くなるのを感じた。
シスターと並んで廊下を歩いていると、
「心配していた人とは会えた様ですね。」
「はい。」と笑顔で元気に応えた。
「それは、何よりです。」
シスターは静かに笑った。
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