第27話 上位互換
セレデリナは2つの事を思案していた。
1つ、目の前に立つシェリーメアが何故か立ちはだかっているのかわからなかった。
もっと言えば、彼女のナイフの構えは両手で握っているだけの素人筋で、肉体を見通しても普段から身体を動かしているようにすら見えない痩せ細った婦人だったのだ。
シェリーメアとは〈魔王城〉へ来る際に顔を合わせることがよくある。〈返り血の魔女〉と呼ばれ夫の〈魔王〉ブリューナクと同等の強さを持つセレデリナに喧嘩を売ろうとは思わないはずだ。
なのに、シェリーメアが向ける眼差しは真っ直ぐで迷いも畏れも感じられない。
そしてもう1つ、昨日湯船に浸かりながら気づいた事実である『アノマーノへの恋心』。
今シェリーメアに自分のことを認めさせればあとは自分から告白するだけになるため、戦いの中でどうコミュニケーションを取るのか考えていたのであった。
「ええいままよッ! いきなりだけどお
よし、まずは後者を先に済ませてしまおう。
戦闘中に雑念が生じたから負けたなんて展開は考えたくないから。
「さっきからその呼び方はなんだ? 妾はお主など産んではおらんぞ?」
……それに返ってきたのは当たり前としか言いようのない言葉だった。
いくらなんでも過程を飛ばしすぎだ。
ここは気を取り直しつつ話を進めることにした。
「アタシはセレデリナ。苗字はないわ。実はなんだけど、貴女の娘であるアノマーノに恋をしているの。まだ本人の合意は取れてないけど、もしその時が来てもいいように、ここでアタシのことを認めて貰えないかしら?」
胸に手を当てながら、大きく声をあげいきなり踏み込んだ大胆すぎるその告白。
この肝っ玉こそ〈返り血の魔女〉の行動力の現れと言えるだろう。
「……面白いことを言う。〈返り血の魔女〉が娘に求愛しているとはな」
やはりというべきか、そう簡単に首を縦には振ってくれないようだ。
「流石の妾も娘を探すつもりでおったのだが、100年間見つけることができなかった。まさかその100年の間に〈返り血の魔女〉の心を堕としたというのなら、流石はブリューナクの娘と言ったところだ」
「そこまで言ってくれるなら、許してくれるってコト?」
ただ感触自体はいい。ここは攻めていけばあっさり合意してくれるはず。
交渉は成立するかに思われたが……
「では、妾を倒して見せよ。夫はともかく、母としてはソレを条件とさせてもらおうではないか」
シェリーメアはナイフを突き出し交戦体勢に移行した。
「ああそう、お義母さんを倒しちゃえばいいってワケね!」
これはセレデリナにとって好都合だ。
肉体言語。下手に会話で譲歩してもらうよりも、セレデリナにとって親しみのあるコミュニケーション手段なのだから。
「〈セカンド・アロークリエイト〉ッ!」
セレデリナは、ひとまず命を奪わず戦意を消失させる程度のダメージを狙おうと、魔力によって青白く透明な結晶の如き弓を作り出し、そのまま番えた。
瞬きする間に狙いすまし、生成とほぼ同時に矢は放たれるッ!
明らかな素人筋であるシェリーメアは肩を射抜かれれば実力差を理解してくれるだろうと踏み、その場で勝利を確信した。
「なるほど、そう来るのか」
――なのに、自分の肩にその矢は突き刺さっていた。
少し食いしばれば痛みには耐えられるが状況を整理しきれない。
よく見ると手に持つナイフは右手での逆手持ちに変わっており、それで矢を弾き返したというのがわかる。
ナイフは刺す場合こそ真っ直ぐに持つべきであるが、斬るならば逆手持ちの方が素早く行える。しかし、何故先程まで素人筋だったシェリーメアがそんな動きをするのかセレデリナは理解に苦しんだ。
きっとアノマーノならこういう場ではまず様子見をしてから動いていただろう。己の弱みを正しく逆手に取られてしまった。
「じゃあ、これはどう? 〈セカンド・ファイヤーエンチャント〉ッ!」
そこでセレデリナは、ローブに隠していた手袋を両手に填めた。
不可思議な動作であるが、そのままシェリーメアに向けてて両腕を広げる。
この手袋はセレデリナが携帯している武器であり、名は〈ハンドワイヤー〉。各指先から10本ずつ、キツく巻き付ければ人体の切断すら可能な硬度の鉄の糸を何十本と同時に操ることができる優れものの武器だ。
セレデリナはそこに炎魔法を付与させることで、切断攻撃としての運用を行わず、触れた者を焼き払う無数のムチとして使用した。
「なるほど、わかるぞ」
だが――
シェリーメアは自身の周辺を無造作にナイフで切り付ける。
手の速度は音速とも言うべきか、とにかく周囲を切り刻んだ。
素振りにも見えるその動作だったが、狙いはワイヤーの切断。
目を凝らせば彼女の足元に千切り野菜状態で細かく分解された鉄線が落ちている。
つまり、攻撃は完全に無効化されてしまったのだ。
(なんなのよコイツ!?)
経験則で補いきれない規格外の挙動を続けるシェリーメアに対してセレデリナは困惑を隠せなくなる。
「待って待って、何なのよアンタ!? どう見てもシロートなのにアタシの攻撃を全部捌いて反撃までするワケ!? 意味わかんない!?」
少し距離を取りながらも〈セカンド・ヒール〉を唱えて返された矢の刺傷を癒しつつ、セレデリナは叫んでしまった。
ハッキリ言ってここまで不気味かつ不定形な敵と戦うのは初めてだ。これはもう疑問の投げかけというより心の声がボロっと出てしまっただけと言えるだろう。
そして、何故か彼女は素直に答える。敵に塩を送るも同然なのだが……。
「妾は生まれつき物覚えが良くてな、何かを求められれば直ぐにどう対応すればいいかもわかる」
シェリーメアはそれが当然の事実であるかのような態度をとっている。
これは、1000年以上続く人生で見た事のないタイプの敵。
ただそれは、セレデリナにとってむしろ吉報とも言える情報だ。
ああ、これよこれ。
アタシが自分を井の中の蛙だと信じ続けてる理由。
この世界は広い。
だからこういう奴も当然いるわよね。当たり前よ。
やっぱり――――井の中の蛙でいるのはやめられないわ。
シェリーメアを前に、セレデリナはニヤリと笑いこう述べた。
「面白いわッ! アノマーノだけじゃなくお義母さんまでこんな強いなんて最高じゃないのッ!」
セレデリナは理解したのだ。
シェリーメアが天才であると。
彼女の自供で整理がついた。シェリーメア・マデウスは何をやっても一級品だ。ある程度の観察すら必要なく、あらゆる事情に対して今取れる最適解を確実に移すことができる。
これはある意味、何でも中の上程度の実力程度にしか習得できないセレデリナの上位互換だ。
〈魔王〉ブリューナクがあえて妻に選ぶ女が弱者であるはずがなかった。強者を好む彼は理想の伴侶を
しかしこの事実に対して、反骨精神でもなく、ただただ闘士が燃えていた。
これが、これこそが〈返り血の魔女〉セレデリナ。闘い好きの狂った女の本性である。
「次は妾の手番であるな」
セレデリナが敵について思案している間に、シェリーメアは攻めに転じていた。
彼女の瞳を見つめたセレデリナだったが、どこか冷たく、思考の伴わなっていないように見えた。ただ目の前に敵がいるから倒す、それ以上の考えを読み取れない。
「〈セカンド・シールドクリエイト〉ッ!」
シェリーメアの武器は所詮ナイフ。あくまで武器による近接攻撃だ。
それなら奇策に走らずとも魔法の盾を展開して立ち回れば良い。
ブレなく過去の経験の積み重ねから導き出したセレデリナの判断は間違いなく正解だった。
――――――普通の武人相手なら。
セレデリナの左腕に展開される薄青い水晶のようなひし形の盾。
これは攻撃を防ぎ耐えしのぐための防具ではない、受け流し隙を作るための武器だ。
「えっ!?」
シェリーメアは瞳を閉じながら接敵すると、ナイフを縦に一振りした。
目にも留まらぬ速さで――セレデリナの左肘を狙って。
「盾には守れる範囲が限られている。そうだろう〈返り血の魔女〉」
ボトリと地に落ちる左腕。
付け根からは骨の断面が露出し滝のように血が溢れ出る。
読みが外れた。
それどころか五体を奪わんとした攻撃を命中させている。
「断面には綺麗に歪みもない。見事な太刀捌きよ、お義母さん」
アノマーノが30年かけてようやく達成した境地に、まともに闘ったこともない婦人が到達している。天才ここに極めり。
「……〈セカンド・ヒール〉」
強者を前に笑いながらバックステップで距離を取り、左腕の付け根に右手を当てながら回復魔法を唱えて修復するセレデリナ。
左腕はあっという間に衣服を含め元通りにはなったが、これはどうしたものか。
「後退したところで妾はすぐ追いつくぞ、娘を狙う女狐が」
しかし、治癒が完了した瞬間にシェリーメアは目の前まで再び肉薄してきた。
〈縮地〉の歩法。それを誰から習いもせず自力で体得したのだ。
「げっ」
そしてナイフを逆手持ちから標準に握り直し、
「さあ、これでチェックメイトだ」
横一閃――
セレデリナの腰を狙い、振り抜いた。
「ガぁッ!」
身体が上半身と下半身に別れ、真っ二つに切断された。
意識が回るのは上半身のみ。腕ぐらいしかまともに動かせない状態に追い込まれた。
いや、それどころではない。
もはや死に等い。脚を失い、腹部から垂れ流される血液はため池を作り、胃腸までまろび出ている。
下手をすれば10秒も命はないだろう。
「つまらぬ戦いだった。やはり娘はやれんな」
勝利を確信したのか、シェリーメアはその場から去ろうとする。
そりゃそうだ。普通なら勝ったも同然。その気がないなら敵を看取る必要だってない。
あっけない。あまりにもあっけない。
世界を混沌に落としている〈返り血の魔女〉はまともに鍛錬を積んでいるわけでもない素人のナイフ一本を前に破れたのだ。
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