第26話 鬼狼一体

 時は、現在に戻る。

 本来なら致命傷に等しい右肩への一撃を受けたヴァーノが何故か笑っている。

 その事実からロンギヌスは実質的に2人よりも自分が劣っている真実に気づき、脚をガタガタと振るえさせていた。


 ――それが判断を誤らせる。



「〈ノワール・フレイム・シュート〉ッ!」



 本来なら距離を取りながら回避し、実質的なリーチ差を確保しながら攻め手に戻る予定だった。

 なのに、左拳の黒い炎から放たれた小さな炎の球に対して、邪槍莫耶じゃそう・ばくやでのガードを行うというミスを犯す。



(やべぇよやべぇよ、全てが上手くいかねェ!)



 固有魔法ユニークマジックと思われるこの魔法は明らかに牽制用の弱小魔法。この2人は本質的に近接戦に特化していて、遠距離魔法を使うなら全て何かの罠だと考えるのが適切だと判断していたのに!

 


「じゃ、頼んだぞ!」


「了解。〈ビースト・オブ・ヴァーノ〉ッ!」



 この失態中にヴァーノは魔法を唱えていた。


 そう、ヴァーノはこの100年の中でバードリーよりも先に木をへし折ったことから、新たな魔法を習得しようと試行錯誤し、結果〈固有魔法ユニークマジック〉を有するようになっていたのだッ!


 彼は肉体強化魔法の適性を持つものの他が全てダメで、それどころか肉体強化魔法の分野だけで見ても〈ビルドアップ〉系列しか使えない。

 しかし彼自身この魔法を強いモノとは考えておらず、サード級に伸ばすことは時間の無駄だと考えた。

 そこで、思い切って通常の型にはまらない魔法を習得してみようと、固有魔法ユニークマジックに行き着いたのである。


 その魔法は、いうなれば観点を変えた唯一無二の身体強化である。


 まず、彼の抉られた肩が――逆再生された映像のように、筋肉そのものが修復していく。

 そして次に、彼は四つん這いになる姿勢をとる。元は二足歩行する半裸の狼だ。そうなれば、もはや下半身がベルトに巻かれた黒スーツであること以外、人ではなく獣でしかない。

 加えて彼の身体に変化が起きた。アノマーノとの戦闘時のように眼を真っ赤に光らせ、全身の毛は激しく逆立つ。こまめに切っていた爪は鋭くそれぞれ30cmには伸び、尻尾をブルブルと振り回す。最後は、グレートメイスの持ち手を口にくわえた。


 そう、この固有魔法ユニークマジックは、〈獣人種ビースト〉が持つ獣の遺伝子を活性化させる武術〈獣化〉を応用し、魔力によるコントロールを加えたモノだ。


 理性というリミッターを外した上で更に獣の遺伝子を活性化させ、獰猛な獣として振る舞い身体能力を格段に跳ね上がるッ!


 これは本来ならバードリーとの意思疎通に困る技であり、1人での戦闘で使うべきであるが……、〈双撃〉を名乗るバディに常識的観点は通用しない。



「アォーーーーンッ!」



 ヴァーノは四肢を駆り、一直線の道を描いてバードリーの元へ移動する。

 


「なんだよその力……チクショウ、負けてられるかァ!」



 この予想外な未知の魔法を見せつけられ、ロンギヌスは唖然とソレを見守ってしまっていた。


「飛・螺旋槍スパイラルシュートッ!」


 本来なら命取りな隙を作っていたことに自覚した彼は焦りを見せながらも、槍をバードリーへ投擲する。



「よいしょっと」


「ガウガウ!」



 なのに、何故か標的が視界から消えていた。



「俺は焦らねぇ!」



 瞬時に耳を研ぎ澄まし、敵の位置を探したロンギヌスは視線を右にズラす。そうして彼らを視界に捕える。



「ハハッ、相棒の背中快適ィッ!」



 ……そこには、ヴァーノの背中に跨ったバードリーの姿があったッ!

 おそらく乗り込んだその瞬間に投擲が開始され、槍が身に届くよりも早くヴァーノはその足で躱し、位置取りも同時に変えたのだろう。

 足が4本になるとは即ち、腕という器用な機器失う代わりに直線での移動に適したフォルムに変わるということ。

 しかも精神構造も理性より本能が優先される野生の獣に近い何かに変わるため、敵が攻撃せんと手を動かしていることを直感的に読み取って、放たれる寸前に移動することも可能なのである。



「よーしよしよし、ウチの相棒は可愛いねぇ」


「ガルルルルルルルルルルゥゥゥゥ!」



 ヴァーノは首を横にフリフリしながらも、手懐けられた忠犬のように背に乗ることを許している様子を見せる。



(ここに来て余裕を見せんのかよ、ふざけんなッ!)



 もちろん脱力している場合ではない。

 1人と1匹は攻勢に移ることにした。



「これぞ合体奥義、〈鬼狼一体きろういったい〉! 暴れるぜぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「アオォォォォォォン!」



 バードリーを乗せたヴァーノが遠吠えを上げ、颯爽と走り出す。

 この技は、修行を終え、アノマーノを迎え入れるための1ヶ月の間に実戦を経て行き着いたモノ。


 そんな彼らを見ながらも、手元に槍が戻ってきたロンギヌスは迎え撃たんと次の一撃に備える。



「〈双獄炎ツイン・インフェルノ〉!」



 ロンギヌスへと接敵する最中、ヴァーノの上に跨るバードリーは黒く燃える両手の拳を前に突き出し、黒い炎を噴射したッ!

 2つの拳が合わさったことで、範囲は先程までの4倍に拡大! 命中さえすればロンギヌスの全身を覆い尽くし、もはや自身の視界すら完全に奪われるほどの規模ッ!

 しかも獣の遺伝子を活性化させた結果、誰よりも鼻の効くヴァーノは視覚に頼らずとも敵の位置を見失わないで接敵を可能とする。完璧なコンビネーションだッ!


 それもそのはず、鬼狼一体となった2人は今、魔力を共有した状態になっている。

 しかもヴァーノ自身は元々低燃費な魔法し扱えずMRマジックリソースを余らせがちだったため、それら全てがバードリーの力になる。元々、〈獄炎インフェルノ〉はまっすぐに炎を飛ばすシンプルな派生固有魔法である一方で両手の〈黒炎拳〉を同時に使用した場合は通常の三倍は消費し、一〜二発でMRを枯渇してしまうため普段なら使わない手だった。。だが今は2人で共有していることで得られた余裕によって、惜しみなく使用できるのだッ!



「俺が攻めばっかなんて思わないことだなァッ! 〈暴風陣〉ッ!」



 迫り来る大波のような黒き炎に対して、ロンギヌスは槍を両手で横向きに持ち、円を描くようにブンブンの回した。


 付与された魔法による風の螺旋は遠心力を伴い、真っ直ぐ向かって荒れ飛ぶ竜巻を生み出すッ!


 それはバードリーが放った黒炎の波と衝突ッ! 


 本来なら炎は風を前に吹き飛ばされ消えてしまうモノであるが、その規模はあまりにも膨大だ。これによって2つの力がぶつかり合い、まるで風と炎が鍔迫り合いをしているかのような光景を生み出したッ!



「あぁん、風ってのは炎を消し飛ばせるんだぜェッ!」



 とはいえ自然現象が覆ることはない。

 ロンギヌスは自身の優位性を見失わず、黒い炎の波を竜巻の勢いで相殺させた。


 となればお互いの立場は振り出しに戻り、次に攻めたてるものこそが有利となるだろう。



「次は俺のてば――」


「それは相棒ちゃんが許さないんだよねぇッ!」



 その勝負に勝ったのは……ロンギヌスでもバードリーではない、ヴァーノだ。

 2つの魔法が消え去ったその瞬間に地を蹴り距離を詰めたのだ。



「ガウ! ガウガウ!」



 彼の役割がスピードを持ってバードリーを補助する――程度であるはずかないッ!

 ヴァーノは伸びた爪でロンギヌスの衣服を引っ掻き回す。



(まじぃ、抜けられねェ!)



 そう、〈ビースト・オブ・ヴァーノ〉によって野生の勘が働き、一撃にこだわるより直感的に連続して攻撃を浴びせることで衣服そのものの消耗させることが正解だと判断したのだ。



「ぐぁ、グァァァァッ! 痛いッ! 痛いッッッッ!!!」



 胴体、腕、足に狙いをつけながら、口に銜えたメイスを縦に振り上げ、更には下にも振り下ろし、口の上下双方を叩いていく!

 加えて鉤爪による掻き毟るような連撃まで加わり、強固な守りを実現するオリハルメンをヴァーノの打撃が1ミリ、また1ミリと削るッ!



「ち、父上がくれたオシャレ服がァァァァァ」



 これによって、ついにはロンギヌスの衣服は穴だらけのボロ布と化した!

 余程気にいっていたのかロンギヌスはくしゃくしゃに泣き始める。


 〈魔王〉の息子と言えど人間だ、大事なモノを壊されたら辛い。

 しかしそれは〈ノワールハンド領〉を切り捨てた彼にとって因果応報だろう。ここに同情の余地はない。


 一方で、ヴァーノは連撃を放った分スタミナを使い尽くし、すぐに大技を叩き込むのが厳しくなった。



「さぁ、若の出番だ」


「ああ、教えてやるさ! 〈双撃〉は〈魔王の息子〉より強いってことをよぉ!」



 だが、そんな彼のバトンを相棒が受け取ってくれる、完璧な環境と言えよう。



「せめて1人だけでも殺すッ! 〈螺旋槍スパイラル〉ッ!」



 例え心に傷がついてもロンギヌスは折れなかった。

 総力として数の差を超える力があると判断していた己を自戒しつつも、せめて一矢報いたと言える結果を残そうとバードリーへ風の螺旋を帯びた邪槍莫耶じゃそう・ばくやで心臓へ向けた刺突を行う。


 もちろんそんな手はバードリーに通用しないが。



「そう来るのは見切ってたよ! 〈黒拳流〉はカウンター主体。なら、接近に反応した攻撃そのものを誘導してそこに反撃すんのもありなのさ!」



 彼に備わった一手先を読む能力は、それこそ相手の戦闘スタイルを理解しきった今のようなタイミングにこそ発揮される。



「全MRマジックリソースフル投入! 必殺――――〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉!」


 バードリーは右ストレートをかまして邪槍莫耶じゃそう・ばくやを直接殴りつける。


コイツの強みを忘れたみたいだなぁッ!」


 本来なら魔法吸収作用があり、この攻撃は通用しないはすである。

 

 しかしッ! 現在ヴァーノとMRマジック・リソースを共有する彼の場合は話が変わる。

 相棒の有り余ったMRマジック・リソースを全て右拳に込めることで、魔力量を1つの地帯にまで覆い尽くすサード級すら超えるエネルギー量へと変換し、炎をかき消さんとする風魔法との相性差まで踏み倒して行くッ!


 結果、邪槍莫耶じゃそう・ばくやは刃から真っ直ぐ、砂のように粉々に砕かれたッ!



「これで終わりだァ!」



 〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉の炎こそ消えたが、最後に魔法も何もない素手で頭部に全身全霊のストレートパンチをぶちかますッ!

 100年の修行を経て、バードリーは魔法なしでも並の鎧は砕けるだけのパンチ力を身につけている。その拳は、復讐を終わらせるには充分な威力だ。



「アブェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!!!!!!!」




***


 顔面が凹んだまま、開いた状態の〈魔王城〉にまで吹き飛ばされるロンギヌス。白目を向きながら口から泡を吐き、無様な姿で中央階段で倒れるアノマーノ達に敗れた兵士たちの上で延びていた。



「ヴァーノと合わせて、親父の分、かーちゃんの分、領民の分、俺たちの分、全ての怒りをぶつけられたなァッ!」


「ハッハ、こんなに楽しい日はなさそうだ」



 元より殺す気はなかったが、その分武器も防具も壊し、魔法も何もない奴の尊厳を全て蹂躙してやった。

 ここまでやれば不満を覚えることはないだろう。

 2人はどこか満足気だ。



「団長、お疲れ様ですッ!」


「団長が勝ったァ!」


「復讐お疲れ様です」


「一区切りつけましたね」


「ここはバンザイしようぜ!」


「「「「「バンザーイ!」」」」」



 また、最後の顔面ストレートが炸裂する直前には〈バードリー義賊団〉の団員たちも全ての門番兵を倒し、地には気絶する武人たちの山が積み上がっている。

 皆身体の至る所に刺傷や打撲傷が目立つが五体満足だ、死者は当然居ない。

 そんな彼らの姿を見てバードリーは安堵の息を吐きつつも、



「じゃ、アノマーノちゃんの元にみんなで向かおう!」



 と指示を出した。

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