第18話 粗暴を砕く拳

「では、好きに構えるといいのだ。余も本気で相手させてもらうぞ、兄上」


「……いや、さっきのは言葉の綾だ。お前程度に自分の手を汚したくねぇ。こいつと戦ってくれや」



 一方で、当のロンギヌス自身にそこまで士気があったわけではないようだ。

 彼は突如として指を弾く。


 すると――――


 空か何か大きな物体が飛来してきた。


 隕石か?

 いや、人だ。


 肌は薄黄色く、筋骨隆々。髪はモヒカンと外見だけなら〈人種ヒューマン〉に見える。

 だが————背が5mある。

 これは〈巨人種ジャイアント〉と呼ばれる〈人族ヒューマンズ〉の一種族。



「ロンギヌス様、コイツを捻り潰せばいいんですねぇ〜〜〜〜〜」 



 舌をベロベロと突き出しながら、今にも見下ろした先にいる小人たちを痛ぶりたいのだと表情だけで読み取れる。もはやセレデリナとは比べ物にならないぐらいには品性もない粗暴な男に見える。しかして、彼は〈人族ヒューマンズ〉であって〈魔族デーモンズ〉ではない。

 本来なら〈魔族域デーモンズゾーン〉において寿命差から居場所を持つことが出来ず〈人族域ヒューマンズゾーン〉で暮らすべき人間なのだが、ロンギヌスは彼を実力からか認め、人権を意識的に与えているのだろう。



「ソーボウ……テメェはホント物分かりが悪りぃな。ま、とりあえずはあのチビからで頼むぜ」



 この大男を呼び出したかと思えば、ロンギヌスは傍観者に徹そうと腕を組んでその場に立ち伏せる。

 


「ゲヘゲヘ、女子おなごを痛ぶるのは何よりの快楽だぁ〜」

 


 右腕に握った3m大の鉄製のトゲ棍棒をペロペロと舐めながら呟くソーボウ。

 その名の通り粗暴にも程がある巨人だ。



「あーもう、なんなのよコイツッ! アノマーノ、さっさと倒しちゃいなさいッ! 10秒以上かけたらアタシがアンタを殺すッ!」


「アノマーノちゃん、流石にコイツは10秒ぐらいで倒してやってくんないかな?」


「10秒で頼むぜ、大将」



 ソーボウ自身の言動もそうだが、ロンギヌスが自らの手を汚さず事を済まそうとする態度には皆侮りを覚え、縁の薄いセレデリナすら頭に青筋を立てアノマーノに勝負を懇願する。



「いや待てそれは理不尽なのだ!?」



 もはやソーボウとアノマーノが勝負をする事実は揺るがなくなった。

 つまり、セレデリナの元での修行を経たアノマーノが最初に戦う敵はこの巨人のようだ。



「ゲヘゲヘ、お前を倒せば次はそこの黒服女だぁ〜〜〜」


「何を言っておる、そやつはあの〈返り血の魔女〉であるぞ?」


「おいおい、愚妹がなんでそんな有名人と一緒にいるんだ? どうせそっくりさんかなにかだろ」


「冗談も大概にしろよぉ〜」



 バードリーは、アノマーノとソーボウが戦う土俵を作るためにヴァーノとセレデリナを誘導し距離を離した。

 土俵際でソーボウを見守るロンギヌスはどうにもアノマーノの言葉を信じようとはしない。たしかに、100年ぶりに顔を合わせた妹が〈世界三大武人〉の一角に師事していたなどという話自体突拍子がなさすぎるのだが……



『あぁん? 乱入していい? あいつ殺したいんだけど』


『セレデリナちゃん落ち着いて落ち着いて!!!!!!!』


『若、何があってもコイツを止めるぞッ! 試合を邪魔されちゃ大将のメンツが立たなくなる』



 なお、彼らの会話を聞いたセレデリナは苛立ちを覚え今にも乱入しようとしたが、それをバードリーとヴァーノは必死に抑制していた。



「おいおい、武器を持たないでソーボウとやるってのか?」


「うむ。お主を相手取るならこの拳でやるのがちょうど良いのだ」


「舐めるなぁ~~~~~~~~~~」



 そんな彼らなど眼中になく、2人の戦士は試合の準備を進めている。

 この時、相手を狙い定めトゲ棍棒を振り回す構えを取るソーボウに対して、アノマーノは斧を取り出すどころか胸部を守るように拳を構え地を踏み込んで足取りをするだけだった。



「まあいいや、勝負開始だぁ〜〜〜」


「応なのだッ!」



 両者、30m程距離を取り、睨み合う。

 2人の心に戦いのゴングが鳴り響いた。




***


「〈ファースト・フレイムエンチャント〉だぜぇ〜〜〜」



 ソーボウは初めに、トゲ棍棒に炎を付与させ威力を増加させるエンチャント魔法を唱えた。

 炎を持った巨大な野蛮人ともなると、かえってこの荒廃した街並みに似合う体貌と言えるだろう。



『ファースト級を詠唱破棄だってェッ!?』


『言うて若も固有魔法ユニークマジック持ちだからな。それ以上にすげぇんだぞ』


『そもそもファースト級程度の魔法、使われてそう困ることもないでしょ』


『セレデリナちゃんの感覚は常軌を逸してるから参考にならないんだよ!』



 彼はアノマーノの位置を見定め、地面へと燃え盛るトゲ棍棒を振り下ろす。

 体格差から考えても直撃すれば即死は必至。仮に命中せずとも地を砕き足場が不安定になり地の利が完全にソーボウ側に回ってしまうだろう。



(ソーボウはああ見えてすばしっこく、スピードと破壊力の双刃で戦うエリート戦士だ。愚妹もこれで終わりかな)



 部下の立ち回りから、勝利を確信するロンギヌス。



「げへげべげへげへ。おでの勝ちだ〜」



 今にも幼女を捻り潰さんとするトゲ棍棒。

 叩きつけられた先で、凄惨な肉塊が血を汚す未来を2人の愚者はわらう。

 









 ————ソーボウが叩きつけたのはに過ぎなかったのだが。




「いきなりの大技、初手で仕留めなければやられると判断したのだな。それは正解であるぞ」



 その声が聞こえたのは背後だった。

 反応し、振り返るソーボウ。



 瞬間、彼の目の先は真っ暗な闇そのものに変わった。



「なんでそこにいるんだぁ!?」



 正体はアノマーノの右拳だ。

 頭部を狙っての全力ストレート。少なくとも彼女は拳に全身全霊の力を込めて放った。


 ドゴォンッッッ!!!


 直撃したソーボウは衝撃によって吹き飛び、ゴロゴロゴローッ! と転がりながら街の外にある森の木々を薙ぎ倒し、50m先の地へ倒れ伏せた。

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