第19話 潜む影

「ソーボウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」


 木々を下敷きにしながら、ソーボウは大の字で伸びている。心拍音こそ聞こえるがピクリとも動きはしない。

 惨めな部下の姿にロンギヌスは驚嘆したまま口を大きく開けてその場で固まってしまう。



「セレデリナ、これまで沢山の拳術けんじゅつを見せてくれてありがとうなのだ」


「何言ってるの? 単に同じ手を何回もやるのが好きじゃないからあらゆる手段で半殺しにしただけなんだけど」



 勝負が決したことで外野の3人の元へ戻るアノマーノ。

 アノマーノはセレデリナの元で鍛えた分、彼女のあらゆる武術をその目で見て習得している。

 だから、そんな彼女を目の当たりにしようとも、セレデリナは当たり前のことが起きただけで退屈だなといった態度だ。


 また、この勝負を前にバードリーもヴァーノも驚嘆することはなく、真相をその眼で読み取っていた。

 ソーボウに対して放たれたのは、全身の気力、体力、神経、そのほか全てを右拳ひとつに集中させて放つ〈全壊拳〉と呼ばれる技だ。

 それこそ魔法によって我が身を強固にした人間を負傷させることも容易で、ソーボウ程度の相手ならば一撃必殺の拳となるほどの威力を持つ。

 ただし、本来全身を支えるために整えられた人間のあらゆる力を一点集中させる性質上リスクも大きく、使用した腕の筋肉は全て粉々に砕け筋肉は破裂し滝のような血を流すことになるが……。



「セレデリナ、回復を頼む」


「はいはい〈セカンド・ヒール〉」



 各々が思考を巡らせているうちに、〈全壊拳〉によって負傷したアノマーノの右腕にセレデリナの手が触れる瞬間治癒魔法を唱えると、損傷した腕部はあっという間に修復し元の五体満足の姿に戻っていた。

 当然こんな技、アノマーノが通っていた魔族学院では教えてもらえない。なにせ回復魔法によるケアが前提の捨て鉢同然な拳術けんじゅつだ、人の子を預かる教育施設で取り扱われる訳がないだろう。


 存在だけは認知していた技であるが、実際にアノマーノが使用した姿を見るに自分では使いたくないなと素直に2人は受け取った。



「ん、そういえば大将があの鎧を着ないで斧も使わなかったはあの〈巨人種ジャイアント〉を殺さないためか?」



 また、ヴァーノもまた別の観点から疑問を尋ねた。

 戦闘においては彼もまたエキスパートだ。観察眼に歪みはない。



「もちろんであるぞ。元々恨みもない相手な上に兄上の部下だ、不要な殺生は控えたい」



 こんな場でも兄弟関係を重んじるとは、ずいぶんと甘い女だ。

 ただ、コイツについていったとして、後悔する気もしない。

 ヴァーノはそう思いつつ、小さく笑っていた。



「く、ソーボウがやられちまったんなら仕方ない、一旦ここは引くぞ! 次は正式な場で勝負しろ愚妹!」



 もはやアノマーノに皆が釘付けになっている中、思い出したかのようにロンギヌスが負け惜しみを言いその場から去ろうとする。

 その双眸そうぼうからは、妹に勝てるヴィジョンが見えず畏れを成しているのが読み取れる。



「おっと、アンタと勝負するのはオレちゃんとヴァーノだよ」



 そんな彼を、バードリーとヴァーノが阻む。



「だ、誰なんだよお前らは」



 ただ正直に言えばロンギヌスはこの2人のことをよく覚えてはいない。

 部外者に突然喧嘩を売られたも同然であり当惑した。



「ハァ……」



 まあ、そんなことだろうと、2人は嘆息する。

 どうせ覚えているのは喧嘩を売られた〈拳聖〉の二つ名を持つ父エンドリー・ノワールハンドのことだけ。

 子供だった自分たちなんて蚊帳の外だ。

 だからこそ、ここで名乗りを上げよう。彼の心に、敵の名を刻みつけるため。



「オレちゃんとヴァーノちゃんはお前が損切りで滅ぼしたここのノワールハンド領元領主、エンドリー・ノワールハンドが残した息子と従者だよ」


「つまりな、大将に着いてきてるのはアンタに復讐するためってことだッ!」


「……!?!?」



 やはりというべきか、ロンギヌスは彼らの言葉を前に過去の記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 ノワールハンド。

 その名を聞いてすぐ、彼らが何者なのかを理解した。

 


「あー、覚えてるよ、あの時のガキだな? 大きくなったじゃねぇか。親父、弱かったぜ」


「「……」」



 返したのは、彼らに対しての父への侮辱。

 しかしその言葉で逆上するほどバードリーも、ヴァーノも、ロンギヌスも短気ではない。

 


 ならば――


 

「ま、具体的にいつって話は決まってないけどさ、その時が来たらよろしくね、ロンギヌス



 あえて気さくにロンギヌスの名を呼んだ。

 挑発とも取れるこの態度に腸が煮えるような感覚を覚えるロンギヌスであったが、自分も煽った身だ、きっとここで乗ってしまえば格下に落ちぶれてしまうだろう。 



「ケッ、覚えておくよ。まずはテメェらを倒して、その次は愚妹だ」



 なので、そう言葉を言い残し、ロンギヌスは一目散にその場から去っていった。









***

 

 ソーボウも倒し、ロンギヌスも消えたことで一難去ったと、一行は安堵の息をついた。

 ――その時



「……はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜疲れたぁ」



 突然とセレデリナか大きな溜息をついてぐったりとした顔つきになる。



「おつかれ、セレデリナちゃん」



 バードリーが労りの言葉をかけた通り、ことセレデリナは非常に精神力を消耗していた。


 確かに一度男連中2人からの抑制を受けた。

 だがそれ以上に、セレデリナはこの瞬間までひたすら自身を抑えていたのだ。

 ソーボウ程度の雑魚はそれこそ小指だけでひとひねりにできる。アノマーノを愚弄するような態度をとる以上、体をバラバラにして内蔵を抉り肉塊へと仕立て上げてロンギヌスに献上することまで検討するほどに。

 ロンギヌスだって、その姿を見届けてからは骨の10本でも折ってやるつもりだった。

 ただ、その気持ちを押し殺してでも、今回は沈黙に回った。


 全てはアノマーノのために。


 何せアノマーノは武器として拳を選んでいた。それすなわち、この勝負では自らの手だけで戦い、不殺を貫くのだという意志の顕れ。


 アノマーノの意思を尊重をしたい、邪魔をしたくない情念に駆られたセレデリナは、なんと自制心を働かせてを選んだ。

 これまで我慢を感情の選択肢に入れた覚えは全くない。だから人々に〈返り血の魔女〉と恐れられてきた。強いのだから、社会という枷を意識せずに自由に生きていられる。なのに、どうしてこんなことを。

 やはりこの100年の間に、彼女に対する好意とも呼べる何かが生まれている気がする。

 もはやただ目的を妨げたくないなんてモノじゃない。アノマーノのためになら何だって耐えられる気までしていた。



「こっちの問題よ。気にしないで。それに宿で休むんだから疲れなんてすぐに飛ぶわよ」



 だから、バードリー如きに自身の気持ちを悟られたくはない。そんな姿勢を貫いた返事をした。




「じゃ、これからどうするんだ?」



 そんなこんなで、ヴァーノは今ここ第一ロンギヌス領ですることはなくなったと気付き、次の判断をアノマーノに仰いだ。



「とりあえず故郷が抱える問題を知り得た以上、手早く動き父上には一騎打ちだけなく現状改善の陳情もしたい。一度宿で休めば直ぐに動くつもりなのだ」



 では、王都へ戻ろうかと足を進めた。

 まあどちらにしても今日の間にやれることはもうないだろう。今はアノマーノの指示に従い休息を取ろう。


 そう思っていたのだが。



「はいはーい。宿先はクリスちゃんがもう確保してるよー」



 どこからか聞き覚えのある女性の声が耳に響く。



「この声は……姐さん!?」


「姉御!?」



 ゆっくりと木々の影から現れる、紫肌の豊満な乳が目立つ白い長髪の女性。

 その正体はクリスフィア・マデウス。アノマーノの姉であり、セレデリナの友人だ。世界中を飛びまわり大規模な戦争が起きぬよう活動する〈調停官〉である。

 アノマーノからすれば100年ぶりの再開であり、その顔を見た瞬間――



「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」



 一目散に走り出し、アノマーノはクリスフィアの胸に抱きつく。


 クリスフィアは妹に抱きつかれて嫌な姉なんてこの世にいないと言わんばかりににっこり笑顔。だからそんなアノマーノの頭を撫でてよしよししている。



「はわわわわわわわわ」



 なにぶん何もかもが100年ぶりであるため、不意に撫でられると何か恥ずかしくなりアノマーノは赤面する。


「姉妹仲良くイチャイチャしちゃって、早く話の続きをしなさいよ」


 豊満な胸を弾ませ、埋めるように立ち回るアノマーノを見て、何か苛立ちを覚えた。


 落ち着かない。アノマーノの動きを見てもクリスフィアの態度を鑑みても、全てにおいて落ち着かない。セレデリナは不思議な叙情に思い悩まされていたが、アノマーノの立場を守るために余計な口出しは控えた。

 なので少し妬けた口振りながら正論で諭した。姉妹はスっと正気に戻って微妙に距離を離す。

 そこでクリスフィアは改めて、自身の立ち位置や行動を説明していった。



「あのねー。みんなが王都に着いたあたりから後を付けてたんだー。何となく話してる内容で今企んでる計画とかもわかったしー、裏回りで動いといたよー」


「待って、ずっと後を付けてたの!?」



 だがそこで飛んできた発言に対して、セレデリナは頭に疑問符を浮かべながら話を遮る。


 クリスフィアとは200年ほど前からとある街で出会って以来の関係だ。どうにも自分を不機嫌にするようなことは言ってこないし、問題があれば手を貸してくれる。距離感も程よく詰めてくるがおかげでこの世に数人しかない友人であると認識していた。

 そんな付き合いの長い彼女の気配を察知できなかった。

 これには今まで感じたことのないような、全身をゾワッとさせる寒気を覚える。


 似たように、他の3人もその気配遮断技術を前に何処か怖気付く。


 しかし当の本人はそんなことには一切触れず、ニッコリ笑顔を輝かせて話を続けた。



「いやー、流石に弟と喧嘩になりかけた時はどうなるかと思ったんだけどねー、無事みたいでよかったー」


「じゃあ、その部下が倒れて伸びてるけど放置しとく?」


「どうせ数時間後には起き上がって自力で帰れる程度には抑えてるんでしょー、その子の後始末に関してはー、クリスちゃんの仕事の範囲にはなんないかなー」



 戦闘勘の鋭さを見せつける発言に、これまでの行動に真実味が帯びていく。

 ただ、流石にこのままでは話が脱線しかねないことを察したのか。


 ——クリスフィアは大きく話を切り出す。



「クリスちゃんはー、今回のアノマーノVSパパの一騎打ちをお手伝いしちゃいまーす」

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