第16話 巨人殺し
アノマーノ一行は〈マデウス国〉王都へと辿り着いた。元々アジトから王都までの距離は短く、最終的には皆全力疾走での移動となったが6時間程度しかかからなかった。
なおアノマーノは気品を保つために馬車での移動をすることを提案したものの、今後の予算に響くがための経費削減でバードリーに却下されたようだ。
また到着する直前、アノマーノは一見すると上に一枚ジャケットを羽織った程度の上下長袖な庶民衣装であるが細かい装飾が目立ちどこか品格を感じさせられる装いに着替えていた。他の面々の衣装はというと、バードリーは〈バードリー義賊団〉として着用しているポケットが多く動きやすい所謂キャンプ衣装で、逆にヴァーノは
そしてセレデリナは相変わらず素肌を見せない黒ローブだ。
「街へは着いたけど、結局どうするの? 直ぐに〈魔王城〉へ向かう?」
「いやそれは控えたい。まずは100年前から祖国がどう変わったのかを知りたいのだ」
この街は〈
もっと言えば、様々な国の〈
〈
また中世式の西洋な街並みで建築物はまだ煉瓦や木製のモノが多いものの、物質コーティング系の魔法を常時展開する魔法石の発明によって自然災害にも強い。
「うむ。あの頃から大して変わってはおらん。いい街なのだ」
「俺らは仕事でたまに来るが、アノマーノちゃんはマジで久しぶりなんだよな」
「〈
また何よりもこの街においては、最奥にどの建物よりも高く聳える真っ黒で巨大な城は印象的だ。
〈魔王城〉。所謂西洋作りの造りではあるが、その色合いは黒一色とあまりに悪趣味。これらは全て〈魔王〉ブリューナク・マデウスの指示で塗装されたらしい。
「あの城も変わっておらぬ……か」
「後で寄る実家なんだから、親への挨拶ぐらいちゃんとまとめときなさいよ」
「余計なお世話なのだ!」
「じゃ、まずは酒場にでも行くか! なんだかんだ俺らも20年は来てねぇからなぁ。何か変わったことがあるんだったら、大体あそこのマスターに聞けばわかるだろ」
他愛もない会話が続いたところで、バードリーが話を切替えた。
あくまで
***
ここはBAR『KING』。
木造な施設で、提供される酒は安く庶民御用達だ。
「〈
中へ入れば、鷲の頭に胴体を持ちつつ、二足歩行するための足を携えた〈
手は鳥らしく木枝のような形の三本爪で、グラスを鷲掴みにしながら拭いている姿は様になる。
「うわっ本当に安酒しか置いてなさそうね」
「セレデリナちゃん……、ここはオレちゃんの行きつけだから、失礼なこと言わないでよ。……20年これてないけど」
そう言いながらも一行はカウンター席に着く。
アノマーノは子供にしか見えないが、特に追い払われることはない。マスターはその瞳を見通し、外見だけでは読めない真の年齢を見抜いたのだ。
これに彼女もホッと胸を撫で下ろす。どうしても身長がコンプレックスなため、配慮してもらえるのは非常にありがたい。
「お客さん、注文は?」
それはそうと、まずは客として振る舞うのが先決。渡されたメニュー表に合わせて皆が酒を選ぶ。今はまだ昼だ。いきなり強い酒を飲みたくはない。
「じゃ、ビールを1杯ずつお願いできる?」
ここではどの酒もワイングラスかショットグラスのどちらかで提供され、1杯あたりの量も少ない。度数が程々のビールは現状に最適だろう。
だが、
「え、嘘!?
マスターが承る寸前、セレデリナがはしゃぎながら注文変更を要求した。
あまり一般的な酒屋では取り扱っておらず、基本的に酒蔵にも貯蔵されていない逸品。
アルコール度数は98度と、もはやアルコールそのものを液体として飲むに等しく普通の人間が飲むことは想定されていない。
身長が3m〜7mはくだらない〈
……その分高級品で、仕入れている店も少ない。
(えっえっ、セレデリナはそんな酒を普段飲んでいるのだ!?)
実は100年の修行期間、セレデリナはこの
「あ、瓶でお願い。アタシそれじゃないと酔えないから」
そうして、あいよ。とグラスに注がれた黄色の
セレデリナはそれを手に取ると、蓋になっているコルクを無視しながら手刀で先端を斬り、棘状に無理やりこじ開けられた瓶口から直接ごくごくと飲み干していった。
今回財布持ちとして金銭管理を任されていたバードリーはその姿を見ながら既に予算オーバーであることを気にし始め青ざめる。
「パァッ! 貯蔵はある程度してるけど、ちゃんとした酒場で飲めるは久しぶりねぇッ! ちょっと酔えるこの感覚、たまらないわ」
あっさりと一升瓶の中に入った液体を丸ごと飲み干したセレデリナを前に、目を丸くして無言のまま愕然とするバードリーとヴァーノにマスター。
アノマーノは法廷上20歳を超えており元服しているため、セレデリナとの食事に際してたまに振るわれていたのでビールぐらいは飲みなれているのだと自慢しようとしていたのだが、ドン引く酒場の男3人の前では口を噤んだ。
「…………」
流石にこのような光景には慣れないのか、硬直を続けるマスター。
それから10秒ほど間を置き口を開く。
「なるほど。中々に面白い女がこの世にいたもんだ。気に入った」
なお、〈
このマスターはかなりの酒マニアで、実は売れもしない商品を趣味なだけで仕入れていたのだ。
たまに頼む客もいるが、とある常連を除き酒飲みがお遊びでショット飲みをして後悔する言わば罰ゲーム用というのが精々で、彼女のように美味しく頂いて満足する客は300年間この店を経営してきて初めてだった。
「ハハハ、それで、何か聞きに来たんだろ? 今ならどんな客や街の裏話でもするよ」
それがあまりに喜ばしい出来事なのか、マスターはどうにも調子に乗った面持ちでバードリーに問い出す。
「そうだなぁ。じゃ、ここ20年で何か王都で変わったこととかは起きてないか? 例えばデカイ事件が起きたとかさ」
シメた!
チャンスを得たからか、バードリーは大雑把に話を引き出そうとする。
マスターは「そうだなー」と小首を傾げながら、
「まず〈返り血の魔女〉が100年〈魔王城〉に侵入していないことぐらいだろ」
適当に話題をひとつ出すと、セレデリナがギクリっと顔を隠し始める。
自分が当の〈返り血の魔女〉セレデリナであることはもちろん、眼の前にいる幼女を半殺しにし続けたせいでまともに旅も強者狩りもしていないとは口が裂けても言えない。
「いや、それはどうでもいいな。他には何かないか?」
そんな彼女の心境を察してか、バードリーは話題を変えるようマスターに催促する。
なるほど、じゃあ。と続けて、マスターは口を開いた。
「……そうだな。つい最近だが、〈第一ロンギヌス領〉――いや、〈ノワールハンド領〉が滅びたって話はどうだ?」
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