第2章 先を往く魔女、追う幼女(後)

閑話 最強の三人

 井の中の蛙大海を知らず



 セレデリナは、まだ自身が〈神霊種ゴッドチルドレン〉であることを知らない頃、母に教えれたこの言葉が未だに好きだ。


 私は井の中の蛙だ。死ぬまで一生、何があっても。

 絶対にこの世界には自分よりも強い人間がいる。だからそれを見つけ、倒す。

 もし怠惰に堕ちこの心得を失うのならば、自分は何者でもない人間と化してしまう。

 それが嫌だから、井の中の蛙であり続けたいと思い通している。

 これはもうある種の強迫観念も同然だ。だがその事実を理解してもなおやめない。


 ————そうだ、それこそが、彼女の自我エゴだ。

 この自我エゴを貫き通し、世界を旅し、古今東西あらゆる武人に喧嘩を売っては新たな力を身につけていく。彼女の人生はその繰り返しであり、きっと、決して、終わりはないだろう。

 例え〈世界三大武人〉の枠組みに入ろうと未だ強さを求め続ける現状がそれを証明している。

 故に彼女は敗北を経験したことがなかった。あったとしても引き分けが精々。


 だから、ようやく敗北を教えてくれたアノマーノには感謝してもしきれない。

 絶対的に自分より強い敵がいる。その事実を前に、興奮を隠せなくなってしまったから。

 ならしばらく彼女についていってみよう。アノマーノが歩む覇道には、これまで自分がしてきた冒険を凌駕するような熾烈な戦いや出会いが待っているかもしれないから。


 もしかすれば、これは新しい愛の始まりなのだろうか? 







***




 500年は前のある日。



「今日でちょうど100回目か。今度こそ決着をつけようぞ」


「ハァーハッハッハッ! 勝つのは我輩だァ! 我輩こそが世界最強の名に相応しいィィ!」



 〈魔王城〉から隣接した闘技場にて、〈魔王〉ブリューナク・マデウスと〈人王〉バーシャーケー・ルーラーは対峙していた。

 方や羊角を顳顬こめかみから生やし綺羅びやかな鎧から露出する肌は紫の肌と、悪魔の二文字を想起させる男。

 方や手足の生えたシャケ人間とも言えよう〈魚人種サハギン〉であり、衣装は上半身半裸。その肌は宝石のように綺麗に透き通った白と蒼の二十層の体表。鎧と見紛うほどに美しい筋肉の、2mはある巨躯な背丈を持つ男。


 彼らは100年に一度、意味もなく決闘をする。ただそういう性分だから。理屈なんて存在しない。

 2つのかいなが握る大剣、何も握らぬ愚直な拳。

 彼らの心は戦場を通し、今日もまた重なり合うのだ。


 しかし、この対決は引き分けに終わる。

 彼らの実力は常に対等であり、どれだけ全力をぶつけ合っても実力に差異が生まれないのだ。





***



「今日こそあんたとの勝負に白黒付けられると思ったから来たわ」



 またある日、〈返り血の魔女〉セレデリナは特に事前連絡アポイントもなく王座室にて王としての命を全うするブリューナクの前に現れる。

 セレデリナは〈魔王城〉の入場門へ直接現れ、顔を見るたびに門番兵たちは「またお前か……」と思いながらも道を通し、城内を警備する兵たちも似たような心情のまま彼女をブリューナクの元へと誘導される。喧嘩の申し込みをするだけでも毎回はた迷惑極まりないのだが、ある意味日常となっており諦め気味だ。


 ブリューナクにとってセレデリナはバーシャーケー同様に対等な力を持つライバルなだけあり彼女への対応が甘い。というより、最後に喧嘩ができればいいとしか考えていない。

 しかも彼の妻であるシェリーメアもまた夫には甘く、こういった国をも揺るがしかねない問題を軽く受け流してしまう。

 

 そして始まる、〈魔王〉と〈返り血の魔女〉による決闘。

 勝つのは、強いのは、どちらなのか。





「ハァ……ハァ……まさか奥の手があっただなんてね……」


「日進月歩。我もまた成長しておるのだ」



 この勝負も、引き分けに終わった。

 常に鍛錬を続ける以上、実力差が一切生まれないのだ。


 バーシャーケーもセレデリナも我にとって究極のライバルであって生きがいだ。一生高め合いたい。

 ブリューナクはこの関係を楽しみ続けた。何せ闘争こそが本能だ。彼らとの戦いで死ぬなら本望。

 だからこそ彼らを倒すためにより強い力を身につける。


 いやそれだけじゃない。もっとライバルが欲しい。世界中で拮抗し合う最強の存在が3人しかいないなんて事実を認めたくない。

 〈世界三大武人〉なんて小さな枠の中にいるのは嫌だ。〈世界四大武人〉がいい。いや〈世界五大武人〉ッ! いやいやまだまだ小さい、〈世界百大武人〉がいいッッッ!!!


 ブリューナクは求め続ける、拮抗し合える最高のライバルとの戦いを。


 そのためになら何でもやるだろう。


 例え、娘の人生に大きなヒビを入れてでも……。





***


 アノマーノはこの100年を経て、1つの懸念を覚えていた。


 それは、自分自身がとなったことだ。


 ただ毎日セレデリナとの戦いを繰り返し、何百回も何万回も何百万回も負け続けた末に一本を取った。次にまた同じ勝利を掴めるかは保証しかねる。結局は同じ相手としか戦っていないのだが、未だに勝敗がつかぬ三角関係を持つ〈世界三大武人〉の一角を倒してしまった以上は便宜上そう形容せざるを得ない。

 とは言っても、間違いのない事実がある。


 アノマーノは、“あの人”と同じ“世界の覇者”に一歩近づけた。


 これだけは揺るがない。揺らぐはずもない。




『お前は“世界の覇者”になる実力など持っていない。……いや、そもそも王にすらなれんッ!』


 

 同時に、そんな彼女は毎日のように同じ夢にうなされていた。

 夢の中では、父であるブリューナクがあの日の言葉を叫ぶ。ただただ嫌な夢。

 いかなる志を持っても払いきれない邪念として今でも彼の顔が浮かんでしまうようだ。


 あの顔を、声を心から消したい。

 家族に認められないトラウマは未だに癒えないでいる。“世界の覇者”になるにはそこの改善が必要だ。

 アノマーノは、父を必ず倒すと再び決意していた。

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