第14話 世界最強の幼女

「ガァアーーーーッッッ!」



 修行開始10分目、魔法の剣で右脚を切り落とされ終了。





***


「グッ……」



 修行開始2時間3分目、魔法より全身を凍結され即死も同然な状態となり終了。




***


「がァ、がァ、がァ、がァァァァァァァ!!!」



 修行開始12時間42分目、腕、足、胴、脛、踝、首筋、目、耳、鼻、その他あらゆる部位に対して、魔法の剣、槍、矢、ナイフ、斧、鎌、曲刀、特大剣、と幾多の武器で順番に突き刺され終了。

 セレデリナはアノマーノをいたぶるのが楽しくなってきていた。

 ……それなのに。



「余はこの程度では折れんぞ」



 平然とした顔で、一切弱みを見せてこない。

 そんなアノマーノを見ていると、セレデリナは何かゾクゾクして来たようで、



「じゃあもっと虐めてあ、げ、る♡」



 という言葉を呟く。




***


「アバーッ!」


 終了開始18時間目0分、魔法で筋力を強化した拳でみぞおちに全力のボディーブローが炸裂し失神状態に。終了。




***


「一日やってみてどうだった?」


「死ぬほど痛かったのだ」


「その割に嫌な顔してないわね」


「別に気持ちいいワケではない。負ける度に悔しい想いで一杯になるぞ」


「そういうところで子供っぽいのってなんかずるいわね」


「うむ、余はまだ15のガキであるからな!」



 時刻は夜。彼女らも流石に1日1度は食事と睡眠を摂っている。なので今日は焚き火と共にスープでいっぱいの鍋を囲んでいた。この内アノマーノはうち四分の一を食すのだが、セレデリナは食欲旺盛なのかその残りのすべてをかっ食らう健啖家けんたんかだ。



「中々に美味であるぞ。これは豆を煮たスープであるな」


「そうよ。アタシって天才だから、どんな料理も中の上ぐらいの美味しさにできるの。それ以上を作れたこともないんだけどね。常連は定着して利益も出せるけど行列のできる名店にはなれないって感じ」



 そう、この荒野はただ2人の女だけが衣食住を共にしているのである。


 話の中で、アノマーノはセレデリナの天才性は森羅万象あらゆる技術に対して適応されるのだと理解していく。そして、確信を得たのかこう告げる。



「だがお主の武術はように見えるな。勝ち目があるとすればそこなのだ」



 こと武術や魔法に関してはこの言い回しが正しいだろう。

 セレデリナは少し恥ずかしそうに頬を赤くしながら返事をする。



「し、失礼ねあんた!?」



 とはいえ、これはセレデリナ本人も自覚的な弱点である。

 ……結局、その弱点を突ければ苦労しないという話で、0.1秒を隙だと言い張ることと大差がないのだが。



「ふふふふふふふ」



 なので、セレデリナは可笑しくて笑ってしまった。



「な、間違ったことでも言ったのだ?」


「いいえ、そんなことないわ。もしその理論道理にアタシを倒せたら、その時は弱点だって認めてあげる」





***

 

「あっあっ」



 12日と10時間32分目、一度斧の刃と魔法の剣が鍔迫り合い状態になるが、即座に筋力強化の魔法を唱えたセレデリナに押し負け胴体をバッサリと斬られ終了。




***



「これでどうなのだ!」


「甘い。〈セカンド・ライトニング〉」


「グァァァァァァッッッッッ!!!!」



 3ヶ月と24日と4時間と6分目。あえて真正面から攻撃を行い、その瞬間に背後へ回り込み、後は一撃を決める寸前にまで追い詰めるが天からいかずちが落ち丸焦げになり終了。





***


「見えた!」


「んなわけないでしょ」


「ギィッ」



 1年と4ヶ月と7時間14分目、降り注ぐ剣の雨を高速で斧を振り回すことで弾きながら接敵し、待ち伏せと言わんばかりに放たれた着火魔法も先読みしてバックステップで回避。その後瞬時に斧を投擲しようとしたが……右手がスパッと切断された。

 よく見ればセレデリナの手から白く細い糸が見えていた。多芸にも程がある。

 ただ、ここ最近は一度の戦闘時間が10秒〜30秒という短さから進歩し1分台まで戦えることが増えてきた。少なくとも成長はしており、そこはセレデリナも認めている。



 その日の夕食後にセレデリナがコーヒーを淹れてくれた。

 ミル挽きするのが面倒だと言いながら片手でまとめてコーヒー豆を粉々にする調理工程には軽く引いてしまったが、完成品は鼻腔をくすぐる淡いどこか心を落ち着かせる香りの、コーヒーだと断言できる液体がマグカップに入っていたので良しとした。



「セレデリナの分は無いのであるな」


「作ればするんだけどね、あんまり苦いのは好きじゃないのよ。ミルクがあれば飲めるんだけど保存が効かないから此処にはないし」


「なるほど、人の好みにケチは付けんぞ」


「けどそういうアンタは見た目に似合わずにがーいブラックで飲めるのね」


「うむ。余はブラック派である。自分で飲む分にはミルクも砂糖も邪道と思っておるぞ」


「大人っぽい趣味なのに言動ひとつでガキっぽくなるのはなんかこう、アノマーノらしいわね」



 実のところ、夕食時のこうしたセレデリナとする他愛のない会話もまたアノマーノの楽しみになっている。

 自分を幾度となく半殺しにし続ける女にも可愛らしいところがいくらでもある。それを反芻はんすうし続けられるのだから。





***



「ジッッッッ!」



 4年と2ヶ月と15時間28分目、ついに一度の戦闘時間が10分を超えるようになった。

 何よりも致命傷になる攻撃を受け流すすべが磨かれ、血まみれになりながらも戦闘を持続できるのが当たり前な状態にまで進歩した。

 ただし、防御面の改善に対して攻撃面では未だアノマーノの刃がセレデリナの肉体に触れたことはなく、加えて、アノマーノの肉体は未だに幼女のままで成長していないが……。




***


「本当に化け物であるな――」



 15年と10ヶ月と12時間22分目、全身から血を吹き出しながらその言葉の後に失神するアノマーノだったが、ついに1時間の戦闘時間を超えた。しかし未だに刃は通らず。

 東国とうごく伝統の暗器であるクナイを肺に刺突されたのがトドメであった。





「……今だ!」


「ハハ、今一瞬嬉しくなったでしょ。残念、ちゃんと戦ってる時は感情を殺しなさい」


「グガァッ!」



 30年と2ヶ月と5時間58分目、ついに刃が通った。修行期間が長引くことで成長していた筋肉が少なからず漆黒の鎧で得られる身体強化として反映される性質があるようで、反応速度が上昇し同じ相手と恒久的にタイマン勝負をしている現状が重なれば自然と動きや癖を読めるほどに進歩した。結果、捻りなくフェイントで碗部にかすり傷を付けることに成功。

 もちろんカウンターで直ぐに蜂の巣になったが、それでも今まで届かなかった場所に手が届いた。これは紛れもない進歩と言える。


 

「おめでとう。ところでもう修行が始まってからそれまでに経験した人生の時間を超えてるけど感想は?」


「無駄な時間は1秒とてなかった。まだまだやりたい。それだけである」


「そう言うと思った」



 なおこの夜の食事は何故かフルコースとやけに豪勢だった。




***



 42年と3ヶ月と9時間37分目、一度の勝負で2回傷を入れることに成功。



 57年と9ヶ月と18時間27分目、この日を境にセレデリナがアノマーノの攻撃で出血し一瞬ながら怯む姿を見せるのが当たり前になってきた。決闘一回辺りの時間も1時間を超えるようになり、この日に関しては普段食事と睡眠の休憩を入れている時間を2時間オーバーしたほど。しかし、2人ともちゃんと8時間は寝た。セレデリナが普通に寝たかったのだ。




***


 72年と7ヶ月と2時間0分目、本来なら致命打になりかねない攻撃をギリギリ受け流したセレデリナが、



「実は今まで手加減してたの。今日から本気で行くわ」



 と宣言する。

 本気のセレデリナはこれまでの超人っぷりすら霞むほどに強く、10秒台で負ける決闘が当たり前に戻った。




***


 94年と5ヶ月と10時間48分目、再び戦闘時間が10分を超えるようになり刃も通るようになる。

 本気のセレデリナに刃を通した者はこの世に数人しかいないらしく、この時点でアノマーノ・マデウスは世界有数の武人となった。



「アンタにあってアタシにないモノ。それは“常在戦場”の精神よ。アタシは何だかんだどこかで相手に合わせて手を抜いちゃうし、寝てるときはまだ良いけど食事中とかは油断しやすい。なのに、アンタはそんな時間でもどこかずっと覚悟してるの。そこまで強くなったんなら、その違いの差が結果を別つきっかけになるわ。——きっとね」


「なるほど、確かに余は魔族学院時代にそうでもしないと成長しないと思い込んで心に余裕を持たぬよう心がけてきたが、正解であったか」


「だから本当にあんたがアタシより強くなれたら、世界を脅かす新たな脅威にだってなれちゃうかも」


「それは楽しみであるな」


「ふふ、勝つ気満々みたいだけど、勝たせてあげないわよ」





***


 97年と2ヶ月と11時間52分目、あと一撃でも刃が通れば勝てたとすら言える惜しい場面にまで行き着く。

 セレデリナはその状態でのリカバー力もまた優れており、だからと言ってすぐ様に勝てるようにはならなかった。




***





 そして――――――

 100年と0ヶ月と0時間目。



「何となくだが、余はこの勝負でお主を倒せると思う。いや、わかる、勝つのだ」


「へぇ言ってくれるじゃない」


「余はお主の、セレデリナを今にも追い越す。その次はお主が余を追いかけてほしいのだ」


「いつもになく気合いが入ってるじゃない、楽しくなってきちゃった」



 その日最初の決闘が始まる時、アノマーノはこれまでにないほど自信に満ち溢れていた。勝利を心の底で確信しているのだろうか。

 しかし、これは決して自惚れではない、だ。

 普段は勝って当たり前であるセレデリナすら少し気圧けおされていた。この感覚は〈魔王〉や〈人王〉と戦うときと同じだ。

 だからこそ、この日まで成長してきた彼女を絶対に倒す。その覚悟も決まった。



「じゃあいつも通り、コインを投げて落ちた瞬間に勝負開始よ」


「100万回は聞いた言葉であるが、これが最後になるのだ」



 2人に設けられた間合いは僅か10m。

 ここから離れるもよし、近づくもよし、相手を殺さない限り、どう攻めようが守ろうがルール無用の決闘が始まる。



***




 ――コインは落ちた。



「セイッ!」



 音がなる間もなく、刹那の中の刹那。


 ――一閃

 ――ただ一閃


 勝負を分かつ一閃が抜かれる。



「なっ……!?」



 100年続いた決闘は、なんと僅か1秒で全てが決した。



 セレデリナはどこか油断していた。


 あそこまで啖呵を切ったのだから、きっとアノマーノは鎧を着込んでから斧で至近距離による打ち合いで攻めてくるに違いない。


 そんな思惑があった中、決闘が開始した瞬間にアノマーノは全神経を左足と木こり斧を握る右手だけに集中させ、〈縮地〉の歩法によりたった一歩で間合いを詰め、右手の斧でセレデリナの横腹をバッサリと斬り裂いた。

 事前に常時回復リジェネ魔法を唱えさせる隙も与えず、アノマーノの戦線復帰のために何千、何万回と使用してきた瞬間回復魔法で立て直そうとした瞬間————



「我が名【アノマーノ・マデウス】。今ここに〈返り血の魔女〉を打ち倒す武人なり」



 名乗りあげ、黒き霧に包まれ漆黒の鎧に姿を変えながら、追撃でVの字を斬るように斧を振るい、彼女の両腕を刎ねた。

 斧とは敵の部位を刎ねるための武器。その性質を殺さず、活かし切った斧捌きだ。


 瞬間回復魔法〈セカンド・ヒール〉は負傷箇所に手を当てた上での詠唱を必要とするため、普段ならここから頭突きなり何なりでカウンターを取り腕無しでの戦闘を試みるところだが、生憎腹を割かれたまま出血も止まらず、しかもアノマーノは首を狙った次の剣閃を構えている。

 致死寸前のダメージを受ければ負けのルールである以上これは本当にお手上げだ。



「アハハハハハ、本当に心が折れないで100年ちょうどでアタシに勝っちゃうなんてね」



 セレデリナは技術、戦術の双方で完敗してしまった。





「……〈セカンド・リジェネレイト〉」



 勝敗が決まったところで、口頭だけでの詠唱が可能な身体の傷を一定時間徐々に回復させ続ける魔法を唱え、自身に緊急手当を施しながら満面の笑みを浮かべそう述べるセレデリナ。

 出血こそすぐに止まるがまともに手を動かせるようになるには1分はかかる、これはあくまで決闘後の後始末に過ぎない。



「“常在戦場”の心得の話を聞いてから、ずっーーーーと鎧無しでの初手こそが最適解だと考えておったのだ。呪いの力だって追撃の隙を緩めないための手段に回す形でな。きっとセレデリナはこの戦術だけは読みきれないと思ったのだ。その賭けを100年目に実行しただけである」


「何か卑怯ね」


「だが、不意打ちといえど余は〈返り血の魔女〉を倒した。それは事実であろう?」



 アノマーノはついに成し遂げたのだ。“あの人”に、“世界の覇者”に近づくための第一歩として〈返り血の魔女〉セレデリナに師事を請い、彼女の出した課題を達成する偉業を。

 己が覇道が前へと進んだ。こんなにうれしいことはない。だから少し大きくなるのも仕方ないだろう。 



「ふふっ。負け惜しみを言っただけよ。どういう形であれアンタは今、〈世界三大武人〉の1人を倒した。つまり世界最強を名乗って良い立場ってワケ。誇りなさい、アノマーノ・マデウス」


 

 セレデリナもまた、ついに自分を倒し得る人物に出会ったことで感嘆としていた。

 だからこそ称えるのだ。“世界の覇者”を目指す女の力を。



「あーそうだ」


「?」



 だがセレデリナにはまだ話の続きがあるようだ。



「100年後、またここで決闘をしましょう。それまではあえてお互い戦わない。だってそうしたほうがより成長した同士で戦えるでしょ、楽しみにならない?」



 ――ああ、そうか。


 セレデリナは、アノマーノのことをライバルだと認めてくれたようだ。

 ただ倒しただけじゃつまらない。

 それでも進み続ける彼女の背中を追いかけ続けることに意味がある。


 セレデリナのその言葉を前に、アノマーノはにっこり笑顔でこう答えた。



「うむ、100年後を楽しみにしておるぞ」



















***

作者コメント


これにて第1章完結となります!




もしここまで読んで頂き、物語も区切りの良いところなので、「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、レビューにて★★★を付けて頂けると今後のモチベーションにも繋がり助かります。


また、皆様のレビュー投稿や応援コメントも常にお待ちしております。

可能なら何かしら頂けると今後の励みになるのでよろしくお願いします!


※明日以降も第2章が毎日投稿として普通に始まります。

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