第13話 荒野の魔女
ここは草木がひとつも無き砂一面虚無の荒野。
そこに、2人の女が立っている。
1人は赤髪に白い肌、黒いローブを身に包む魔女。
1人は白い髪に紫の肌、
そう、今日からアノマーノを最強の女にすべく修行の日が始まるのだ。
「流石に荒野といえど余所者が入ってきそうであるが、そこは大丈夫なのだ?」
「アタシの居場所になるはずだった国よ。色々あって跡形もなくなっちゃったけど。今じゃ〈返り血の魔女〉の呪いがどうだかって話で誰も入りたがらないわ」
「流石は余に師事してくれる武人だ。中々の過去をお持ちなのである」
「さっすが“世界の覇者”だとか何だとかを目指してるおこちゃま、肝が座ってる〜」
煽り気味に会話を切り上げるセレデリナは続けて具体的な修行内容を宣言する。
「勝負のルールだけは伝えるわね。まず、アタシが今持ってるこのコインを弾いて、それが地面に落ちた瞬間に決闘開始。10mの間合いを開けての勝負になるけど、そこからどう攻めようとルール無用……相手を殺さない分には何でもありよ」
「了解したのだ」
説明すべきことは全て済んだ。
瞬間、――コインは弾かれる。
地に落ちる小さなコインの音と共に、2人の武人による決闘が始まった。
「では早速やらせてもらうぞ。戦場に立つ余の名は【アノマーノ・マデウス】ッ!」
「ええ、その心を折ってあげる。〈セカンド・ランスクリエイト〉」
右手に
あの日から様々な検証をしたところ、斧を握りしめて自分の名前を叫ぶことが変身のトリガーと判明した。斧ならなんでもよく、森林伐採用の木こり斧から左右両刃のバトルアックス、1m程の刃を持つ大斧、はてまた槍の先に小さな斧を付けたハルバードまで全てに対応している。つまりは斧限定なものの思いのほか手軽な力であるため、この修行においては常時使用するつもりだ。
致死に近いダメージを受けると強制的に鎧が砕けて解除されてしまう弱点こそあるが、同時に戦闘活動が可能な程度に傷が癒えれば再度変身可能となるため目立った短所とも言い難い。しかも、制限時間が存在しないようだ。
対しセレデリナは両手に魔力で形成された結晶の如き青白く透き通った2本生み出し両手で握った。
これは持ち主の魔力がある限り存在を維持し続ける武器を生成する魔法の一種である。
「いきなり詠唱を破棄するとは、魔女と呼ばれているだけはあるのう」
「お褒めに預かり光栄ね」
〈返り血の魔女〉の実力は只者ではない。本来魔法を唱える際は魔法図の想像するための過程として自身の魔力と対話するための詠唱が必要となるのだが、その全てをコンマ0.1秒で終わらせ詠唱ごと破棄し名を叫ぶだけで発動に成功している。
「タァッ!」
先に動いたのはアノマーノだ。
武器が槍ならリーチで有利を取られる間もなく攻め込めばいい。火力不足は鎧の力で改善済みだ、勝機はある。
「そうよね、何も知らなかったらそうなるわよね」
セレデリナは両手の槍を円を描くように回転させながら、前方に左手を突き出しアノマーノの斧を受け止める。
そして流れるように次の魔法を唱えた。
「〈セカンド・バインド〉」
アノマーノの影を取り込むかのように無数の黒い穴が足元に現れると、そこからジィィイリリリリリ! と鎖が飛び出してきた。
15秒間相手の動きを完全に拘束する魔法だ。
アノマーノはこの搦手に対応できず、鎖は全身に巻きついて拘束されてしまった。
「はいトドメ」
最後に、セレデリナはアノマーノの左肩を狙い、魔法の槍による刺突を行った。
完全に貫通し、身体に空いた穴からは滝のように血が流れる。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉッッ!!」
悶え苦しむアノマーノ。普通なら致死に等しい出血を伴う痛みが全身に響いた。
このレベルの苦痛にはまだ慣れがなく、瞳からは涙が溢れ出ている。
身体への負荷が原因なのか漆黒の鎧も黒い粒子を高速で天へと登らせながらあっという間に剥がれていく。そして〈セカンド・バインド〉の魔法の効果時間が終わると、アノマーノが地面に突き飛ばされ倒れた。
————そう、アノマーノは、セレデリナにほんの一瞬で完敗した。
「〈セカンド・ヒール〉。はい傷は元通り」
勝敗が決すとすぐ様にセレデリナは倒れるアノマーノの肩に触れて瞬間回復魔法を唱えた。すると最初から傷が無かったかのように身体の穴や出血した血液は元に戻り痛みも退く。
「〈返り血の魔女〉は格が違うのだ……。いつもならあの状況でバインドの魔法を回避するのは造作もないことなのだぞ」
傷が癒えたことで落ち着いたのか、アノマーノは嫌味というよりは賛美の言葉に感想を贈る。
「アタシは古今東西あらゆる魔法をセカンドまで詠唱なしで使えるの。流石に
「やはり、武術の心得も相応なのだな」
「武術だけでもあんたより強いわ。何せ身体で試さなくても見ただけで動きを完コピできるし、生きた時間だけ強敵と戦ってるから学校や道場じゃ見ないような我流の業も沢山知ってる。記憶力が桁外れなの。魔法も本を読めば魔法図をすぐ暗記しちゃうしね」
〈返り血の魔女〉が何を持って最強なのかを自ら述べていくセレデリナ。
基本、魔法にはひとそれぞれ1日に使用できる魔力リソースの限界がバラバラに存在する。
それを
才能だけでも規格外。その上努力も怠らない。
彼女は紛れもなく世界最強だ。〈
もはや自分が倒さねばならない敵の強大さには恐れおののくしかない。
更には、
「あ、実はこの件って全部嫌がらなの。アタシって性格悪いから。正直に言ってアタシは他人に助けられるのが嫌いでね、自分の手で解決できないの問題に直面するのって負けた感覚になるのよ。そんなアタシをあそこでアンタは助けた。後から考えれば助けだって要らなかったのに。……今となってはあんなの不要な施しよ。だから、死ぬぐらい痛い目に遭ってほしいと思ってコレを実行したの。ねぇ、嫌でしょ? 今はどんな気持ちなの?」
普通なら心理的に参っている状態であろうアノマーノへセレデリナは追い打ちをかけるように本心をぶちまける。
ただアノマーノにとっては特に根をあげるという発想に至ることはなかった。
「面白い、最高に面白いのだ。なんという人生。まさかあの呪いがこのような出会いを余に与えてくれるとはなんたる
むしろ口から出る言葉は、興奮と称賛の混ざった感情の吐露だ。
右手を胸に当てながら意気揚々と返事するアノマーノを前に、セレデリナは己の感情にどこか醜さを覚え
(コイツには何を言っても無駄だわ!? 本当に私に居場所を与えるために力を付けようとしている。むしろアタシの方こそコイツの愛に答えられるのか自信が出てこないじゃないの……!?)
思惑が崩れ、セレデリナはアノマーノへの態度を改めて行く。
「じゃ、諦めないのね」
「うむ。恨む許可は与えた。責任も取ると言った。余はその意志を曲げるつもりもない」
「死ぬほうがマシだって10分後には思うわよ」
「構わないのだ。むしろ余を死なせないまま何度も死の寸前まで追い込む自信があるのだろう? なら、むしろその経験ができるのは願ったり叶ったりなのだ」
「ハハ、あんたってマゾヒストなのね」
「少なくとも人を痛めつけるは趣味じゃないのだ」
自分を受け入れんとするアノマーノを前にしてセレデリナは折れてしまった。
だから返す言葉も、この一言に尽きる――
「そうね。じゃあ今から貴女を沢山殺してあげる。心が折れるまで何度でも何日でも何ヶ月でも何年でもずっと……ね」
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