第12話 地上最強の無敵の人

 ――アノマーノはその言葉を待っていた。


 ここまで大きく前に出た演説も全て、セレデリナに己の胆力や野望の大きさを見せつけることが目的だったのだから。

 やはりあの呪いを反転させる謎の斧の力すら加味しても自分が力不足だ。セレデリナが師匠として自分の前に立つ環境で強くなれる。まさに目論み通りだ。



「いささか具体性に欠ける話であるが、何を企んでおるのだ?」


「ちゃんと考えはあるわ。アンタがアタシを倒す。その瞬間までとある土地から一切離れることは許さない。そんな地獄の時間を味わってもらうだけよ」



 セレデリナは演説していたアノマーノと同じように真剣な眼差しを向け、荒唐無稽な修行方法を提示する。

 もはやこれに意見を返せるのはアノマーノだけだ。



「……」



 何かを考え込むように周囲の座席に座り頬ずえをつくアノマーノ。

 30秒ほどの静寂を経て、答えを返した。





「わかった。なら100年で終わらせるのだ。父上を倒すのはその後、これで良いであろう?」



 彼女の弁舌には、絶対にソレを成し遂げてみせるという自信がこもっていた。

 それそこ皆が皆、『こいつはそれをやってのける覚悟がある』と納得し、余計な茶々を入れない程に。


 が、1人だけアノマーノに対して口を開いた者がいた。声の主はヴァーノだ。



「100年後か……200年が寿命のせいぜいな〈獣人種ビーストマン〉の俺は132歳になるな。はは、もうジジイじゃねぇか。ま、それもそれでおもしれぇが」



 そんな彼の言葉のおかげで気が緩んだのか、皆は口々に自分の気持ちを吐露していく。



「実際にちゃんとした土地に住めるのが100年後? いいじゃねえか」


「ウチはヴァーノ以外ピンピン生きてるよ絶対」


「〈返り血の魔女〉の目論見通りに事が進めばウチの新星エースはマジで誰にも負けなくなるってのは面白いな。安心感持って戦える」


「ホントに〈魔王〉を倒しちゃいそうね」


「あーもういい、乾杯しよう乾杯!」


「ごめんなさい、ウチの酒蔵は〈返り血の魔女〉様が飲み干してしまいました」


「チクショー!」



 これは歓迎ムードそのものだ。

 誰も彼もアノマーノが強者つわものとして帰ってくることを望んでいる。

 加えてバードリーからもこの言葉が贈られる。



「じゃ、〈バードリー義賊団〉はお嬢ちゃ……違うね、アノマーノちゃんが帰ってくるその日までは通常営業を続けさせてもらうよ。お仕事頼みますぜ、姐さん」


「おっけー。まっかせて〜」





 いつの間にか自分を無視して盛り上がる愚者共を前に、苛立ちを覚えたセレデリナ。

 彼女は大きくため息をつきなこう宣言する。



「じゃあ、1週間後には修行を始めるわよ。後悔しないことね」


 



***


 そもそも〈返り血の魔女〉セレデリナとは何者なのか?

 その真実について伝えよう。


 まず〈魔族デーモンズ〉と〈人族ヒューマンズ〉の2つに別れているこの世界には、それぞれの陣営に所属する国連議会における最高責任者が配置されている。

 前者は〈魔王〉ブリューナク・マデウスが、後者には〈人王〉バーシャーケー・ルーラーが、玉座に構えながらも自身が治める国だけでなく、世界全体を見据えて政治を動かしていた。

 特にバーシャーケーは〈人族ヒューマンズ〉でありながらどういうカラクリなのか種族的寿命を超えて今や御歳1822歳と異端の存在であり、それ故に〈人族ヒューマンズ〉全てを従える立場として君臨している。


 そして、これらの国連最高責任者の2人は世界で最も強い個人武力を持つ武人でもある。

 彼らに勝利した者はおらず、かといって2人が真剣勝負として拳を混じり合えば必ず引き分けに終わり、実力は完全に同格として拮抗していた。


 おかげでライバル関係が強い分2人は仲が良く、〈魔族デーモンズ〉と〈人族ヒューマンズ〉が規模の大きい戦争をすることなくここ1000年は比較的平穏な世界が続いている。双陣営ともに、個々人レベルでは互いを差別し合う関係が少なからずあるが……。


 そんな世界にもう1人、〈魔王〉とも〈人王〉とも肩を並べる実力を持った武人がいる。それが〈返り血の魔女〉ことセレデリナだ。

 彼女は外見こそ〈人種ヒューマン〉と同一の特徴をしているが、身体の構造や脳の作りが明らかに突飛している。カテゴライズするならば、〈神霊種ゴッドチルドレン〉と呼ばれる種族なのだ。

 この種族は無垢な民の1人の赤ん坊として生まれるものの、様々な経験を経て不老不死の神に近い存在として世界に君臨する運命を持つ、いわば選ばれし者。

 もちろんそんな存在が何人も世界に点在することはなく、産まれてくるのは1000年に1人という希少さだが。

 純粋無垢に種族として身体能力に長けており、頭の回転も早く、あらゆる知識や魔法を一瞬で習得できる天才である。言うなればこの世界で最も優れた種族と言えるだろう。


 だが同時に、不老不死でありながら短命とされている。それは何故か?

 その理由は――――優秀すぎるからだ。

 何でもできてしまう天才的な才能を持つが故に自然と神と人々に崇められ、いつの間にか社会の輪を壊し、〈魔女〉と呼ばれ殺される。

 しかも子を作れない体質で遺伝子が世界に残されることも無い。ある意味本当に神のような存在でありながら、不幸な人生の末路が約束された種族なのだ。

 場合によっては産まれた段階で保護者となりうる人物に殺されるなど、生きているだけで世界の敵扱いである。

 それ故に、記録上〈神霊種ゴッドチルドレン〉が2人以上同時に観測された時代は存在しないとされている。

 

 ならばセレデリナとは何者なのか?


 それは対して難しい話ではない。

 ただ、これまで産まれてきたあらゆる同種族の中でも、運が良く、生きるのが上手かった〈神霊種ゴッドチルドレン〉だ。


 彼女の人生は損切りの連続であった。

 両親にこそ大事に育てられたものの、自身の生まれ育った集落で〈神霊種ゴッドチルドレン〉だという噂が立てば生存本能が働いたのかすぐさま家族に別れも告げずに失踪。

 自分の居場所になる新たな村や街を見つけても、直感的に1年を過ぎるれば崇められたり恨まれたりと、命の危機を産むと判断してそこから消える事がザラ。もちろんその1年経たずとも問題が起きればすぐさまに消える。

 1度だけ10年と長く留まった街もあったが、それは彼女を信仰する女によって土地の全て焼き払われる悲劇を生み、かえって1年のルールを絶対に崩さないきっかけになっている。


 そんな繰り返しを通して、人生を続けていた。

 世界のどこにも居場所がない代わりに、ずっと長生きしている。


 また、彼女は常に強くなりたいという欲求に抗えないでいる。種族としてではなく、一人の人間として持つ自我エゴというべきか。

 旅の中で、とにかく強者を名乗る武人と対峙してきた。戦う度に技を盗み、魔法を習得し、自身もまた1人の武人として高みを昇っていく。

 その名を聞き数多の人間が勝負を挑んできたが、全てを返り討ちにしている。

 もはや彼女は実力、経験ともに誰よりも深い領域に達した究極の武人なのである。


 それこそいつの間にか、〈人王〉バーシャーケー・ルーラーや〈魔王〉ブリューナク・マデウスと拳を混じり合せているほど。

 

 しかも彼らと勝負する際、勝敗がはっきりわかれることはなく引き分けの勝負になり続けており、元々の2人の関係も相まって〈世界三大武人〉の1人として数えられている。

 セレデリナが世界最強の女と自称するのはこれが根拠だ。


 ただ問題もある。何せセレデリナは守るべき地位や名誉を一切持たず、ただ孤高に世界を流離さすらっているのだから。

 〈魔王〉も〈人王〉も武を極めたが故に座る玉座があり、背後には常に民が、家族がいる。不要な暴力は振るわない。


 なのにセレデリナは相手の態度が気に入らなかったりすると直ぐに暴力に訴える。殺人にまでいかずとも、酷い目にあった人間は数しれずだ。

 やりすぎると回復魔法で相手を癒すがそれでもトラウマという心の傷は残していく。

 しかも彼女は暴力を振るったところで失う地位がほぼ存在しない。


 ——言わば地上最強の無敵の人なのだ。


 武人としては種族性も相まって天才と言えるだろうが、同時にセレデリナは世界にとって天災てんさいでもある。

 〈魔王〉も〈人王〉も、止めることができない。


 しかし同時に、世界で誰よりも孤独な人生を送っている者でもある。

 だからこそ、アノマーノの『居場所を与える』という言葉には、心の底から救われたのだ。

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