第9話 黒く燃え盛る拳

「オレちゃんと同じ型を使うなんてな……」


「いや、所詮は学院教育で学んだ護身術の範疇。お主は黒帯級に使いこなしておるが余はまだまだ付け焼き刃の白帯よ。むしろ自身の業前わざまえを誇るがよい」



 アノマーノが背負い投げをした理由はただ一つ。

 相手が立ち上がるまでに数秒間確実な隙が生まれるからだ。


『必殺の〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉を受け流した!?』


『団長は絶対に当たるときにしか使わない。アレを打ち破った奴は初めてなんじゃないか!?』


『嘘、団長負けちゃうの!?』



 バードリーが劣勢であることに気づいたのか焦りを見せる団員達。

 そんなギャラリーの存在は無視し、アノマーノはバードリーに賛美の言葉を投げかけた瞬間、縮地の歩法を用い一歩の踏み込みで斧を回収した。

 ここから行われるのは、“世界の覇者”を目指す女の逆転劇だ。



***


 アノマーノは考える。


 今この瞬間、自分はここで勝ったとしても、呪われた斧に振り回される人生を送っている事実から逃れられないのではないか?

 ……いいや、そんなはずはないのだ。今までも自分の手で道を決めて歩んできたことだって事実である。


 余は“世界の覇者”になりたいのだろう?


 それこそが、己の最も強い、貫き通すべき自我エゴだ。

 ならばあらゆる不幸も、境遇も、能力も、利用できる物はすべて利用する。それこそが“世界の覇者”になるために必要な行いであろう。



***


 

「バードリー・ノワールハンド。今からお前の心を言い当ててやろう」



 アノマーノは啖呵を切りながら、左手に斧を握りしめてバードリーへと突進する。



「突然読唇術にでも目覚めたのかな? でもそんな暇はないよっ。〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉ッ!」



 対しバードリーは、攻めに偏った戦術をカウンターへと切り替え直した。


 そして距離を取ってから改めて近づく相手の動きを見極め、全身全霊の一撃を持って迎え撃つ〈黒拳流〉の奥義、〈掌握拳フルパワーカウンター〉を放ったッ!


 このままではアノマーノは彼の全力の一撃をモロに受けてしまう。黒く燃え盛る鎧の汲まなく炎は全身に広がり、我慢しきれるモノではなくなり失神するのはもはや確定したも同然だ。



「今のお主は、ッ!」



 ただアノマーノにそれは通用しなかった。

 彼女は戦いの中で彼の力の原動力はむしろ劣等感こそが強いモノだと読んだ。本当に倒したい相手がいるのに、その未来が無謀にすら見えている。そんな現実を否定するためにも、ロンギヌス以外の敵に負けたくはなかった。その思想を、アノマーノは解き明かしたのだ。



「あぁん、お嬢ちゃんにオレちゃんの何がわかるって言うんだよッ!」



 そうアノマーノ思案しながらも、同時に腹部に目がけてバードリーの渾身の右ストレートを叩き込まれてしまうッ!


 今回は回避に専念できておらず、完全な直撃だ。2つの拳に別れていた黒い炎は一点集中し、漆黒の鎧の痛覚反映機能により胴体手足どころか目も口も耳も、生きるのに必要なあらゆる部位が焼ける感覚が襲いかかる。

 鎧を脱いだ時にどうなっているのかもわからない。



「はぁ……はぁ……とっとと眠ってな」



 勝利を確信し、息を切らしながらも勝ち誇るバードリー。



 しかし――



「!?」



 バードリーがぶつけた拳を引き離す寸前に、彼の右腕をアノマーノは右腕で掴んでいた。

 もはや炎のせいでまぶたも開けていられないアノマーノだったが、腕に触れてしまえば身体の部位の位置は全て触覚で辿り理解できる。



「安心せよ。余がお主に、倒したい敵と戦う機会を与えてやるのだ。その時までに強くなるのだぞ。では、チェックメイトなのだ」



 ブンッ!


 左手に握った斧を首筋に向けて振りかぶる。

 そして、――――皮膚に触れる寸前で刃を止めた。

 


「あー、チクショウ。そんなこと言われちゃったら、オレちゃんの立場がないじゃん」



 その攻撃を前に、負けを認めたのかバードリーはまぶたを閉じ満足気な顔を浮かべる。


 









***


 アノマーノは目を覚ました。

 バードリーが降参を認めた瞬間に気力を使い果たしたのか意識を失い昏倒。魔法を全て解除したことで鎧を燃やす炎こそ消えたが同時に漆黒の鎧は黒い粒子を浮かべていきながら消滅し、〈バードリー義族団〉の医務室に運ばれていた。



「ん、目の前にいるのは誰なのだ?」



 目を開いた彼女の視界に最初に映った人物はセレデリナ……などというドラマチックな展開ではなく、ヴァーノの傷を癒していた〈粘液生命スライム〉のヒーラであった。

 肌こそ青で、身体も水のように透き通っているものの治療時と違い人間の姿をとっている。パッと見では短髪で堂顔な落ち着いた優しい表情の青年だ。



「おはようございます、アノマーノ様」



 どうやらバードリーは自分を倒した相手を丁重に扱い、しっかりとした医療体制で治癒させていたようだ。

 正直勢い任せで全てを進めていたので現実感があまりないが、肌感覚でこれが夢ではないことがハッキリとわかる。

 ならば今からやるべきことはひとつだ。


 セレデリナに会いに行こう。


 そのためにもいくらか確認しておきたいことがある。そこは怠らない。



「では聞きたいのだが、まず余はどれぐらいの時間ここで寝ていたのだ?」


「大体24時間ちょうどですね。あの漆黒の鎧はどうにも痛覚が共有されるだけで身体自体は守ってくれていました。幻覚痛による精神疲労にうなされていた程度です」


「なら良かったのだ。では、セレデリナは……牢屋にいたもう1人の赤髪の女性は今どうなっておるのだ?」


「あぁ……〈返り血の魔女〉なら今食堂にいますよ。とりあえずそこへ行けば貴女の思う疑問は大方解決するはずですので、あまり私を質問責めにはしないでくださいね」



 アノマーノは、正直自分で牢屋の鍵を開けたかったが故に悔しさが胸の中でバッと広がってしまったものの、同時にセレデリナの安否を知ったことでホッと胸を撫で下ろした。


 戦いの最中は聞き流してしまったが、考えてみればこの組織は山賊や野盗などとは違い義賊団を名乗っていた。

 であればセレデリナは当然のこと、自分だってきっと、あくまで奴隷商人への流通に見せかけた何かしらの保護が目的だった可能性が高い。

 そうでないと「商品が逃げたぞ!」と追いかけ回す方面での戦闘になっていたはずであり、スニーキング&スラッシュな戦いとはまた違っただろう。バードリーとの決闘を団員達が総勢で意気揚々と観戦していたことだってそうだ。


 そうしてアノマーノは安心感を覚えつつ、ヒーラの言葉通り食堂へと向かった。



***



「ハァ〜〜〜〜! 安酒しかないのねホントッ! とんだ貧乏連中に捕まったわ!」


「た、頼むから落ち着いてくれ……あと机を蹴らないでくれ……! オレちゃんの紅茶が零れちまうだろ!?」


 食堂に入る直前、聞いたことのある人物の怒鳴り声が聞こえてきた。

 おそらくセレデリナのものだと判断し、アノマーノははやる気持ちを抑えきれず扉を開けるとそこには異様な光景が広がっていた。


 まずセレデリナが座る椅子の先のテーブルに足を引っ掛け、気だるそうな顔で何本ものビール瓶の残骸を汚く散らかし、流れるように指の圧力だけで蓋を開封、そして瓶1本を丸ごとコップの水を飲み干すかのような気軽さで飲んでいた。それでいて床には未開封のビール瓶が並んでおり、その全てを飲むかのような勢いを見せている。


 ——更にその対面には赤く気品のあるスーツを上下に着込んだ正装のバードリーがッ!


 ————更に更にその隣には紳士服をパツンパツンの状態で着衣したヴァーノが彼の隣に立っているッ!


 ——————更に更に更に! 部屋の奥に見覚えひとつない、紫肌に青と白がベースの整えられた服を着込んだちょび髭の目立つ〈魔神デーモン〉の男が椅子に縄で括り付けられていたッ!



「情報が、情報が多すぎるのだ!!!!!」

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