第8話 復讐者
この世界における貴族とは国から定められた土地を治める領主のことを指す。
自身の土地から集めた税収の一部を所属国の王家へ送り、その残りを治めている自身の土地の政治や産業等のために使う。そうすることで領地を運営していく一種の政治職だ。
大まかには〈
この世界では人間一人一人の力の差が激しく、強い個人が力を持って民を納得させることで国や領地の治安は保たれており、子へ、子へとある程度強さが遺伝することもあって選挙民主制が主流になる気配もまたない。
バードリー・ノワールハンドは貴族の生まれである。
それこそ裕福な暮らしの中で困難のない人生を歩める立場だった。
そんな彼は、自身の立場にかまけることはなく、自分を産んでくれた、育ててくれた両親への恩返しがしたいと物心がついた頃には考え始め、勉学に励み、一族を中心に伝わる武術である〈黒拳流〉を中心に心身を鍛え上げていた。
特に父エンドリー・ノワールハンドは〈
しかし、そんな生活も長くは続かなかった。
20歳になり成人を迎えたある日、所属国である〈マデウス国〉の王族長男であるロンギヌス・マデウスが自身の活動拠点となる領地を求めて父に決闘を挑んできたのだ。
「今日からここを俺の領地にしたい。拒否権はねぇぞ。文句があるなら拳で語れや」
戦争よりも代表者同時による御前試合が優先されるのがこの世界の社会。
尚且つ一度挑まれれば拒否できない暗黙の了解まで存在する始末だ。
勝負は父が敗北した。完膚なきまでに。
〈魔王〉の遺伝子はそれほどまでに強大であり、理不尽だ。
その結果、ノワールハンド家は領地どころか自宅ごと取り払われ、貴族としての身分も剥奪。共同体で生きる余裕もなかったのか家族共々バラバラになってしまった。
そうして孤独に生きることを強いられたバードリーは、この事件を境に打倒ロンギヌスを誓い、復讐の道を歩み始める。
やったことは、山賊に喧嘩を申し込んで組織ごと乗っ取り、新たに仲間も呼び込み、裏社会経由にはなるが金銭を稼げる環境も段階的に確保していく生活。
これは意外にも効率的に実戦を通した鍛錬を重ねられ、ノワールハンド家を復興する際の未来の領民を事前に確保しておけることからも全てにおいて都合の良い活動であった。
それが、〈バードリー義賊団〉の始まりである。
しかも今では貴族から世界最強を自称する〈返り血の魔女〉の身柄を預かれるほどの立場にまで登り詰めている。
もちろんバードリーは目的を見失うことはない。
ロンギヌスを倒す。
そのために今日もまた拳を振るうのだ。
(今オレの前に立っているのは、本人が言う通りならマデウスの名を語る人間。つまりは〈魔王〉の娘なワケだろ。なら、ロンギヌスを倒すためには越えないといけない壁。負けるわけにはいかねぇよ)
***
『団長負けるなー!』
『いくら賭けたと思ってるんだ!』
『団長銀行バンザーイ!』
『あ、私はあの小さな鎧に貯蓄の半分を賭けましたよ』
『お前、団長を信じねぇのか!?』
『ガイドゥやめろ!』
アノマーノの斧を受け止めたところ、聞こえてくるのは声援や試合に対する感想の数々。
確かに彼らはバードリーが復讐を終えた後の領地開拓にとって都合のいい布石のような立場だ。しかし皆が皆バードリーに拾われ、裏社会の人間としてではあるが
つまり、バードリーは誇りそのものだ。負けて欲しくないのは当然だろう。
「好き放題言いやがって……」
斧は腹部に突き刺さり、傷こそ浅いが同時に致命傷スレスレでもある。
(間違いなくこの攻撃はマグレじゃない。お嬢ちゃんはチャンスを与えれば次も決めてくるってことだろ。攻めに回られ続ければ確実に負けちゃうね、これは)
バードリーは心象は焦りと不安に満ちていた。
たがそんな自分に鞭打つかのように、彼は自身を奮い立たせこう叫ぶ。
「オレちゃんには倒したいヤツがいる。だからこそ、お嬢ちゃんみたいな子供に負けてる暇はないんだよねッ!」
バードリーの声は怒りで
アノマーノに負けたくないが故に心が火山のように燃え盛った。
瞬発力に長けた思考の人間である以上、土壇場になればなるほどかえって勘が冴える。
つまり、ここからがバードリー・ノワールハンドの真価が発揮される局面だと言えるだろうッ!
「〈黒拳流〉はカウンターに特化した拳法。だけど、こういうのもあるんだよッ!」
バードリーは先程まで受けに徹していた中、刺さった斧を宙へと投げ捨て、突如としてアノマーノに飛びかかった。
そこで行うのはラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュの連撃ッ!
黒い炎で燃える両手の拳を幾度なくアノマーノにぶつけようとするッ!
「戦闘スタイルが変わった!? だが、この方が戦いやすいのだ」
手元に斧のないアノマーノは反撃せず、あくまで回避の連続でこの場を乗り切ろうと判断した。
攻めることを意識しないのであれば攻撃には落ち着いた対処をしやすい。
まずはバックステップを行い距離を取りながら初撃を躱す。連撃は距離をとる行動には目に見えて弱い。それを利用しないではないだろう。
一方、バードリーにとっては回避そのものを誘導しているに過ぎなかった。
「
攻撃へと転じ、2つの拳を前に突き出しながら重ね合わせるとそこから黒い炎の玉が発射される。
これは〈黒拳流〉の中では番外的な技で、回避そのものに対するカウンターを狙ってあえてリスクのある連撃で攻めに入るというモノ。遠距離魔法を確実に当てるための奇策でもある。
「まずい、避けきれない……アッズゥッ!」
バードリーの狙いは見事に的中。アノマーノを覆う漆黒の鎧は先程の炎が消えぬまま更に燃え上がっていった。
「まだ折れぬ!」
それに耐えながら足を崩すこともないアノマーノは、もはやこの黒い炎で燃え盛る鎧の姿こそが正常だったかのようにすら見える。
「まだまだ行くぞ!」
「攻め手なしに戦う相手ではなさそうなのだな」
ここでアノマーノはまだ先延ばしにする予定だった木こり斧の回収を早めることにした。
元々一撃で決めるための投擲であり、耐えられてしまうと先の戦術に困る賭けではあったが、なまじカウンター攻撃を狙っていた相手にはアレしか手が思いつかなかった。
と言っても、回収するにも斧が落ちているのは10m先前方だ。
下手に回収に集中すれば後がない……が、
「だから、発想を逆転させるのだ」
どうやらアノマーノにはここに来てまだ手があるようだ。
そんな彼女の思考を、バードリーは視線だけを読み取って理解した。
ならカウンターよりも攻勢を選んでいる以上、一度腰を下ろしてから地を蹴り勢いのままアノマーノに接敵し右ストレートを放つのが最適だ。
「〈
これはバードリーの
両手に宿る黒い炎を右手だけに集中させ一撃必殺のストレートパンチで相手を焼き尽くす。
今の彼ならば、慢心もなく確実に急所に当ててアノマーノをノックアウトできるだろう――
「ありがとう、期待通りなのだな」
だがその黒く燃える拳はアノマーノを焼き尽くすことなく、彼女の両手に掴まれる。
「は!?」
アノマーノは掴んだ腕を離さず、遠心力を利用しつつ勢いのままにバードリーを持ち上げ、地面へと叩きつけたッ!
回避専念状態だからこそスムーズにカウンターをかますことができた。
これは柔道における背負い投げであり――この世界においては〈黒拳流〉の基本技の一つだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます