第7話 黒炎拳
勝負が始まる直前、漆黒の鎧で全身を覆っているアノマーノは自身の現状に対して分析を始める。
やはり、8歳のあの日の夜に触れた斧こそが自身の人生を狂わせた元凶であり、今でも身体の成長自体は改善しない呪いになっていたのは間違いないのだ。
もはや身体的なコンプレックスまで与えてくる呪いであることだって明らか。
ある意味斧自身に翻弄された不幸な人生。この
はっきり言って答えはそう出ない。
……それに、勝負が始まってしまった。悩んでいる余裕はどこにもない。答えは戦いの中で導き出す。今はそれでいいのだ。
***
初手はバードリーの魔法が唱えることによって始まった。
「早速見せてやるぜぇ、
その言葉と共にバードリーが両手を握りして、マッチに火を付けるかのように拳同士をサッと擦り合わせる。
動作が終わればすぐさまに左右の拳が燃え上がった。
真っ黒に
メラメラと燃える黒い炎。
「くっ、
そんな魔法など、見たことも聞いたこともない。
そう、
魔法を使う際、本来は魔法図を想像する過程で自身の魔力と対話するための詠唱も必要なのだが、特定の形式がない分自分の中で当たり前な思考を即座に出力するだけで済むためそれらは不要という特性を持つ。
ただ、何かしらの形で魔力の燃費が悪い場合や制御が難しかったりと、少なからず他者へと伝達していくには非合理的だと判断されたものと見るのが定石だ。
(……いや、こやつはアレだけの男を部下に従えておる。従来の魔法を覆す力を秘めているかもしれぬ。油断ならないのだ)
アノマーノは非合理的な魔法であることに可能性に希望を見出さず、警戒することを選んだ。
そして、この判断が正解だったと直ぐに思い知る。
「……タァッ!」
強化された身体能力に身を任せ、アノマーノは走りながら飛び上がり、かち割るように両手で斧を握って振り下ろした。
〈縮地〉の歩法で一瞬の動きを重視するよりも、走って移動する方が切り替えもしやすく効率が良い。
「手は読めてるんだよねぇッ!」
対してバードリーは左腕を深く握りしめ、天へと突き上げるアッパーカットを振り上げる。
「ウグゥッ!」
それはアノマーノの腹部に大きく直撃し、突き飛ばされ天井にまで叩きつけられてしまうッ!
「熱い、熱いのだァ!」
しかもただの打撃ではなく、鎧が黒い炎で燃え上がっている。
どうにも漆黒の鎧は身体こそ守ってくれるが痛覚をある程度共有するようで、消火されない限り悶え続けるしかない。
「〈
策士とも呼べる程に頭の回る武人であれば、本来使える魔法よりも土壇場であえて威力の弱い
そのような先の見通しにおいては自分の方が有利なのだとアノマーノは安心した。
ただ同時に不安要素もある。
あのとき大胆に振りかぶって攻めたのは、隙の大きい動作をわざと行い、横へ回避するように誘導するための
なのにバードリーはコンマ3秒ほどでカウンターを決めることに賭け、それを炸裂させたのだ。
その攻撃を更に読んだ先の一撃をぶつけるのが正解だったのかもしれないが、彼もまた経験の多さでは大人であり、子供のアノマーノはそう上手く立ち回れなかった。つまり、今のままだと三手先では有利を取れても肝心の一手先の読み合いでは負けている。結局勝負の終盤で相手が取った疲労度や負傷の数などのアドバンテージ差で負けかねない状態だ。
ならばこの勝負、せめて今ある力を最大限に活かさなければ勝ち目ないだろう。
「ふん、その程度の攻撃、捌ききれぬわけがなかろう!」
天井から思いっきり身体に体重をかけて地面へと降り立つアノマーノ。
それを見た、バードリーはカウンターを狙った攻撃が主戦法なのかその場に立ち止まっている。
アノマーノはすぐさまに足を走らせ、彼を中心にした円を作るようにぐるぐると走り回った。
速度だけなら時速約100kmと馬より速い。漆黒の鎧の身体強化はそれだけの力をアノマーノに与えているのだ。
攻める瞬間を見極めれば勝負を決めるのは容易いだろう。
「あー、走り回って消火できると思っているなら間違いだぜ。その炎はただ炎じゃねえ、消えない炎だからな」
……だが、狙いが読まれていた。
高速移動により発生する自身への風圧で鎧に着火した炎を消そうとしていた企みはお見通しのようだ。無意味だという真実まで添えて。
(考えてみれば、ここまで移動に意識を向ける必要はなかったのだ。読み合いに入るにも焦らすように歩くだけで充分立ち回りとしては正解だったと言えよう。やはり経験の浅さが冷静さを挫いた判断を下してしまうのは今の課題であるな……)
実戦不足もあって自戒を始めるアノマーノ。だがそれは自身そのものを
「まあよい。この程度の熱さ、耐えれば良いだけであるからな」
「相変わらず七転び八起きだねぇ」
しかしながら現状の問題として、身体は常にメラメラと炎上し、皮膚が焼けるような感覚が延々と続いている。持久戦に持ち込むは間違いなく不利だ。
そこから立ち回りを切り替えるアノマーノ。
颯爽と駆け、約50cm、木こり斧のリーチにまで距離を詰めたッ!
「〈縮地〉を教えてくれた先生には感謝なのだ」
その一手先の動きを読んでいたバードリーは、地面に拳を思いっきり打ち付ける。
「そう簡単に肉薄されたくはないねぇ。
動作に合わせて彼から密着し円柱の如き黒い炎の渦が吹き上がった。
言うなれば黒い炎の壁だ。このまま斧を振り下ろせば斧そのものが燃え上がり、手から伝播し全身がさらに焼け焦げてしてまうが……アノマーノは一手先を読まれることを前提に二手先を読んでいた。
「まんまと罠にハマってくれてありがとうなのだな」
「!?」
なんと、攻撃の動作をしたかと思えばそれを瞬時にとり止め、炎の渦に触れることなく足を踏みつけなが5mもの距離を後ろに下がる大胆なバックステップを行った!
「斧にはこういう使い方もあるのだ」
そこですぐさま構え、アノマーノは右手で思いっきり斧を握りしめて投擲した。斧はその形状から遠心力でグルグルと円を書くように回転し続けて飛んでいく。
当然、漆黒の鎧による身体能力強化を受けたアノマーノであれば瞬きする間に敵の元へと到達する!
「ガァァァァァァァッッッ!!!!!」
斧は見事に、バードリーの腹部に直撃した。
黒い炎が延熱したおまけ付きで。
「……余は勝ったのだ?」
少し油断が見える言葉をつぶやくアノマーノだったが、勝負はまだ続く。
理由はシンプルだ。
バードリーは斧が自身に直撃した瞬間に持ち手を掴んで攻撃を止めていたからだ。斧を燃やす炎も元は彼の魔法なのか消えている。
「今のは……かなり痛かったぜ……」
あの斧がそのまま直撃さえすれば胴体を貫通し即死するか失神していただろう。アノマーノも相手が死亡する可能性がある中、妥協すれば負けると殺意を見せた。
それでいて、彼女の殺意を受け止めてしまうのがバードリーだ。
――彼もまた、負けられない理由があるのだから。
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