第6話 漆黒の鎧

 それは全身を象るように張り付き、霧が晴れるとアノマーノは新たな姿を表す。


 基礎的な造形こそ全身を覆い守る西洋甲冑であるが、パッと見て真っ黒なカラーがどこか特異的だ。加えて恐竜のように背中から首を越え頭部の頂点にかけて拳程には多い大きい棘が、手足には何本もの細長く反った刃が備え付けられている。

 頭部の目の辺りには横真っ直ぐな赤い線が入っており、口部は描かれておらず閉じていて冷淡さを感じさせる。

 正しく戦鎧着装せんがいちゃくそう。手に素朴な木こり斧ハンドアックスを握り、目の前に立つ彼女は漆黒の騎士だ。



「何が起きてやがる!?」


「ほーう。土壇場に覚醒ってのはヒーローみたいだねぇ。面白くなってきたじゃん」


「負けたらここの連中を明け渡すつもりなんだろ。余裕こいてる場合じゃねぇぞ団長」


「〜♬︎」


「口笛吹いて誤魔化すな!」



 アノマーノは自分の変わり果てた姿の全容を認識することはできず、自身の身体を見渡すことで、漆黒の鎧を着込んだ姿であることだけは理解できた。



「なるほど。やはりアレは呪いであったか。それを受け入れた上で立ち上がったことで。そう認識するのが手っ取り早そうである」



 意外にも冷静で、そのまま戦闘の構えを取る。

 対してヴァーノは焦燥に駆られた表情を見せ——突然と叫んだ。



「アオォォォォォォォォォォン!!!!!」



 いや、これは獣の雄叫びだ。


 己が声に合わせて目が赤く染まり、全身の体毛が逆立ち、先ほどよりも獰猛で、獣らしい姿へと変わっていく。

 これは魔法ではない、いわば武術だ。〈獣人種ビーストマン〉には潜在的に獣の遺伝子が存在する。それを一時的に引き出す業なのであろう。〈獣化〉とでも呼ぶべきか。



「今のお前相手に手を抜いたら後がねぇことは何となくわかる。別に手加減していたわけじゃねぇが、この姿はあんまり長持ちしねぇ分使いたくなかった!」



 言葉と共にヴァーノは一歩足を踏み込むと、一瞬にしてアノマーノの目の前へと肉薄する。

 明らかに〈縮地〉の歩法だが……なんとヴァーノは目で見て術を盗んだようだ。



「これほどの手練と戦えて余は嬉しいぞ」



 アノマーノもまた、自身の力に確信を得ていた。

 ヴァーノがどれだけ本気を出そうがと。



めた口を!」



 手足頭部腹部五体全てを狙ってブンブンと乱暴に、それでいてしなやかに素早くグレートメイスを振り回すヴァーノ。



「……見切ったッ!」



 その全てはアノマーノにとってようで、飛び上がったり一歩後ろに引いたり、首を軽く曲げる程度で回避されてしまったが。





「では、トドメなのだ」




 アノマーノは攻勢に移ると一言呟く。

 これにはヴァーノは焦りを覚えるが、時既に遅し。






 自身の胴体を守るようにグレートメイスを構えて防御姿勢をとったものの、瞬きするほどの間に、武器ごと一刀両断して、先ほど傷一つ付けられなかった右肩を上からバッサリと斬り落としたのだから——



「なっ!?」



 血反吐を地面に吐き捨てるヴァーノ。


 アノマーノは、おそらく鎧に筋力から何から何まで身体強化を促す力があるのだと考える。それによって進化した膂力りょりょくを活かした斬撃は、ヴァーノの肩は滝のごとく血を流し、放置すればそのまま死に至るほどに追い詰めていたのだから。

 とはいえそれで戦いが終わるとも思っていはいなかったが。


 

「よし。ヴァーノちゃんは負けでいいな。ヒーラちゃん来て来て~」



 観戦していた団長が手を2回叩くと、部屋に青色の水たまりのような粘液の塊がズルズルと高速で地面を這い近寄ってくる。



「『我が魔の力よ。の者を修復し給え』セカンド・ヒール」



 ソレはヴァーノの切断された右腕に取り付き、身体の切断面に引き寄せると、魔法を唱え始める。

 粘液が青白く発光しあっという間に彼の腕が溶接するようにくっつけてしまい、元の彼の肉体へと再生していった。



「予想通り、こやつ自身は回復魔法を持たぬがこの程度の負傷なら治すと思っていたのだ」


「ああ、これぐらいやられたらヒーラちゃんを呼ぶのは当然だよね」



 おそらくヒーラとはあの〈粘液生命スライム〉の名だろう。

 そう、これもまた魔法が持つ規格外の力。

 人間にとって致命傷とすら言える負傷でも、その場で元通りに回復させることも容易なのだ。自身に回復魔法を唱え続けることで、剣を振るい続けながらも一切傷を受けず身体が再生し続ける不死身の戦士はこの世界においてはよく見られる普遍的な光景の一つに過ぎない。



「にしてもヴァーノちゃんを倒しちゃうなんてビックリしたよ。お嬢ちゃんとやり合うの、楽しみになってきた」



 なので、この勝負はある意味団長がアノマーノを戦うに値する相手なのかを見定めるための試験のようなものだったのだ。



「あ、ギャラリー呼んでいい?」


「相手を格下に見るような態度……でもないようであるな。お主にとっては」


「うんうん。お嬢ちゃんがオレちゃんの部下達を殺さないでいてくれたから、裏でこうなるように話は進めてたんだよ。っとことで、おーい、みんなー、観に来ていいぞー!」



 アノマーノとの会話の中で、団長は先ほどのように指を弾く。


 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!!!!!!!!!!!!


 すると、何人、何十人という数の人間の足音がアノマーノの耳に響き渡る。

 音を辿って無意識に部屋の入り口へと振り向いたところ、そこへアリの軍隊行進かの如くここへ来るまでに素手でノックアウトしてきた団長の部下達が入ってくる。

 ヴァーノを蘇生しに来たヒーラを含めて総勢56人。

 彼らが皆、円を囲むように部屋に集まった。



「団長、いい試合を見せてくださいよ!」


「そんなガキ相手にまけんなー!」


「皆様ドリンクの販売です。ポップコーンもありますよ」


「俺コーラ!」


「私トマトジュース!」


「おで血液」


「貴方の淹れるコーヒーが好きだからアイスコーヒー頼もうかしら。もちろん砂糖とミルクも付けてね」


 

 何やら自分達の所属する組織の人事が大きく変わるかもしれない事態であるはずなのに、彼ら闘技場で試合を観戦しにきた客のような軽いテンションでいる。いや、それどころか、内輪でビジネスまで始めている様子だ。



「これはどういうことなのだ?」


「ああ。オレちゃんらはただの賊ってわけじゃなくてね、定期的に団長になる権利を懸けて一対一の試合をしてるんだよ。もちろん負けたことはないけどね☆ 毎回ヴァーノちゃんがいいところまで来てくれるから見る側も賭け事にしたりその場で飯を売ったりと楽しいイベント扱いしてくれてるから慣れちゃってるのよ。それが脱走した奴隷だとしても、皆平等な視点で見る。それだけさ」



 この賊たちは、相当なお気楽集団であることをアノマーノは完全に理解する。であれば、団長とヴァーノ以外が不意打ちと素手による攻撃だけで壊滅するような腰抜けだったことにも納得がいった。



「賊の割にはやけに楽しそうであるな」


「命懸けなんでね。息抜きしやすい環境にしないと」


「おっと、勝ったとして団長の権利はいらんぞ」


「了解、承りました!」



 ここでアノマーノと掛け合っていたバードリーは、どうにも気になっていたことがあるようで、それについて尋ねた。



「……ところで、アノマーノちゃんだっけ? 本気で〈返り血の魔女〉を救い出す気?」



 気さくな青年といった印象が強いバードリーだが、眉をひそめている。


 実は、〈返り血の魔女〉とは、セレデリナがこの世界において誰もが恐れる魔女であることを表す二つ名なのだ。そんな彼女に手を差し伸べようとするのは無知か愉快犯でしないようにバードリーは疑っていた。

 アノマーノはまだ若く、そんな二つ名の女が世界で暴れている事実など知らなかった。

 突きつけられた事実は一件重い物であったが、むしろ、『それがどうした』と言わんばかりに迷いなく答えを返す。



「何を言っておるのだ? 余は“世界の覇者”になりたい。そのためにはセレデリナが必要なのだ。だから彼女に自由を与えるのは合理的である」



 驚嘆するあまり咳払いするバードリー。自身が目の前にいる幼女の覚悟や思想を軽んじていたことを理解し、少し恥ずかしくなったようだ。



「オッケー。アノマーノちゃんのことはよーくわかったよ。じゃ、勝負しようか」



 そうして、お互い準備は整った。

 すると、ヴァーノが「アォォォォーン!」と、目を赤く光らせた時よりは低いトーンの雄叫びをあげる。試合開始の合図なのだろう。



「余は【アノマーノ・マデウス】。今こそお主を倒し、〈返り血の魔女〉へ居場所を与える者であるッ!」


「オレちゃんはバードリー・ノワールハンド。バードリー義賊団の団長だ。真剣勝負、しようぜ」

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