第5話 重撃の獣
「……っ!」
先陣を切ったのはアノマーノだったッ!
ついに背中の斧を取り出し、縮地の歩法で距離を詰めて切り込みにかかる。
しかしヴァーノは横に逸れて回避、先手は不発に終わった――
「『我が魔の力よ。己が肉体を強靭に強化し給え』セカンド・ビルドアップ!」
それと同時に魔法図を脳内で組み上げ、魔法名を叫ぶ。
魔法はファースト、セカンド、サード、そして伝説級にして使える者は千年に一人とされているラストの4ランクに分かれている。
この場合はセカンド級――この世界において使えれば対象の魔法に対してプロフェッショナルとされるランクのため、既に素人相手ではないことが伺える。
魔法知識を有するアノマーノはこれが肉体強化の魔法だと瞬時に判断した。
事実として、魔法を唱えた直後に彼の筋肉が膨張してゆき、元々2mと大柄な彼の
彼と今の
「俺は魔法が下手でな、こいつぐらいしか使えないんだか……できないなりの戦法ってのも確立している!」
ヴァーノはそれを右手1つで振り下ろしてきた。
「なる……ほど」
アノマーノはすかさず後ろに下がって回避。
グレートメイスが叩きつけられた地面は大きく砕けめり込んでいる。あんなものを喰らえば一撃で骨は砕け内蔵は破裂してそのままお陀仏だ。自分の身体が幼女だからと油断をしている様子もない。
外観からして今の彼ほどの筋肉でも両手で無理やり振り下ろしてやっとな規格外な武器。
なのに、ソレを木の小枝であるかのように片手で軽々と振り回している。
筋肉とは即ち身体の可動域と身軽さを左右するモノであり、それを魔法によって強化している以上、全身にバネが付いているかのような軽快さまで併せ持たせたのだと考えるべきだろう。
スピード、パワー共に不利である以上、今やアノマーノは獣に狙われた餌同然である。
「なら、喰らわれなければ良いだけのこと!」
ただアノマーノは純粋な身体能力面で差をつけられてこそいるが、手はある。
〈縮地〉の歩法は一瞬の動きに関して言えばヴァーノを遥かに上回る移動速度を持つ。これにより、巧く背後を取った。
続けて両膝関節を狙った左脚による蹴りつけと右手に持つ木こり斧を裏返し、逆手に刃のない部分による殴打を行う。
これは体格差や防御力など関係なく相手の体勢を崩す東国の武術だ。
「なっ!?」
見事に命中しヴァーノは背中から倒れた。
続けて1歩引き、ヴァーノの頭上に立つ。
そして右肩の関節に狙いを定め、両手で木こり斧を握り振り下ろすッ!
「防具無くて戦うなど命取りと知れッ!」
——だが、その攻撃は通らなかった。
「すまねぇな。俺の魔法は素肌を硬質化させるんだ。だから邪魔くさくて鎧を着ていない。それだけなんだ」
ヴァーノはヌルッと立ち上がり。姿勢を立て直す。
これだ。これこそアノマーノが一族追放を告げられた原因だ。
この世界において魔法は使えて当たり前のモノであり、常に規格外の力なのである。
どれだけ肉体を鍛えようが、いかに業を磨こうが、魔法の前では無力なのだ。
もちろんアノマーノはそれを承知の上で鍛錬を積上げており、魔族学院時代にて行われた試合形式の実戦試験では武術でなんとか凌いでこれた。なんなら誰よりも努力に励んでいる分戦闘面の勘も冴えており、むしろ有利に戦えていたまである。
しかし今勝負している相手は実戦経験豊富な大人が相手なのだ。
肉体が子供であり続けるアノマーノはどこまで頑張っても子供の悪あがきしかできず、大人には勝てない。
普通なら勝てぬ勝負だと判断して諦める状況だろう。
「だが、余は負けるのが嫌いなのだ! その程度今まで受けてきた試練の連続な人生と大差はない」
なのにアノマーノは折れるどころか現実に抗うことを選んだ。
「その勇気は認めるが……こいつでサヨナラだ」
しかし気持ちだけでどうにかなる問題でもない——
追撃せんとハンドアックスを横に薙いだが、それよりも早くヴァーノのグレートメイスが横から振りかかる。
根本的な問題としてアノマーノは瞬発的な面では優っているが、常時のスピードには大きな差があり、8歳から一切反射神経が成長していない以上は相手の攻撃を読み切るのに限度がある。
結局、どれだけ心を研ぎ澄ませようが大きな力に抗うことはできない。
「がぁはぁっ!」
つぼみ状のグレートメイスの先端が直撃したアノマーノは、部屋の壁まで突き飛ばされる。
「手加減したが、骨は粉々になったろうな」
ドスの効いたヴァーノの低い声が耳に響く。
(ぐっ……力量差は思った以上であるな……)
流石に幼女を砕き殺すのは本望ではなかったのかある程度コントロールを効かせられており、多少の身動きは続けられる程度で済んだようだ。
しかし身体強化の魔法を帯びているヴァーノには傷一つとして付けることはできない。スピードもそうだが体格差でリーチを取られやすく、しかも軽々と振り回すグレートメイスはアノマーノにとっては一撃必殺となりうる最悪の武器。
「余はまだ戦えるぞ」
「まだやるのか? 愚か者もいい所だな」
いや、まだ心は折れてはいない。立ち上がる勇気だってある。アノマーノは強い子だ。
(とはいえ、ここでこの状況をどう覆せばいいのだ?)
しかし、束ねられた事実が彼女は
(余は大人になれぬと言うのか? 余は一生子供だから、大人には勝てないと言うのか? それだけは嫌だ。嫌なのだ)
結論が出ない問いかけを浴びせるが、そこに意味はない。不毛さにはすぐに気づいた。
だから一瞬目を閉じる。
その時見える何かが、自分を変える何かになると確信したから。
(……セレデリナ)
塞いだ目で見えたのは、赤い髪のどこか口汚い女性。
アノマーノは、目的を遂行し世界最強を自称する〈返り血の魔女〉セレデリナの背中を追いかたいのだ。だから彼女を自由にしたい、居場所を与えたい。
それこそが、“世界の覇者”となる覇道への近道であり、今最も強い
「考え事をしてるようでちょっとは空気を読んでやったがよぉ、いい加減攻めさせてもらうぜぇッ!」
ヴァーノの声に合わせてアノマーノは目を見開く。
そして、こう叫んだッ!
「我が身に課されたハンデがなんだろうと、夢を諦められないのだ――――!!!!
そのためにも“あの人”のような“世界の覇者”になりたいッ!!! なら、ここで負けて逃げるぐらいなら死を選ぶ。今そう決めた! 覚悟した! この勝負、絶対に勝つのだッ!」
這い上がるどころか強く啖呵を切るアノマーノ。その姿にはヴァーノも驚いた。
相手は
「余は【アノマーノ・マデウス】ッ! “世界の覇者”となるため、〈返り血の魔女〉セレデリナの背中を追う者であるッ!」
――――――――その言葉と共にアノマーノの握る斧の刃から黒い魔力の渦が吹き上がり、彼女の全身を覆い尽くしていった。
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