第4話 快進撃

 それからのアノマーノは、天下無双の快進撃を繰り広げていた。



(“世界の覇者”を目指すのならばライバルが多い方が良い。不要な殺人などしないのだ)



 腰掛けた斧には一度も手を触れることなく、四肢を使った徒手空拳のみで来る行く敵を薙ぎ倒していく。


 例えば、キッチン近くにあった休憩室ではテーブルと座席が並べられており、静かに休憩する者たちばかりだった。

 彼らは厳しい訓練を受けた兵隊などと違い、このような不意打ちのタイミングですぐに構えを取れない戦いの素人だ。



「「「なんだてめェー!」」」


「ここの連中は危機感がない者ばかりなのだな」



 元々7人程バラバラに集まっていた部屋なのもあってかこの程度の相手に臆することなどなく、一対多数の状況に持ち込まれる前に一人一人確実に腹部へと拳を打ち込むことで失神させ、各個撃破していった。



「「「グワァーッ!」」」



 それからは休憩室から続く訓練所、集会用多目的部屋、武器倉庫などを転々と巡り、敵と顔が合えばその場で四肢を振るい気絶させていく。


 この賊は基本的に〈小鬼種ゴブリン〉が中心であったが、中には全身が粘液で出来た〈粘液生命スライム〉や皮膚が腐り落ちている〈不死者グール〉といった社会に表立って顔を見せない種族も見受けられる。

 何となくながら彼らもまた、の集まりなのではないかとアノマーノは勘づいた。


 だが今この瞬間にそれが重要という話にはならない。

 大事なのは、セレデリナを救い出すためにもここのボス――彼らが言うには“団長”――を倒すのが先決だからだ。考えるのはその後でいい。



***


 最初の脱獄からおおよそ40分後、56人という数の敵を蹴散らし、囚人部屋から見て最深部と言える洞窟の奥へと辿り着く。そこには『団長室』と部屋札が掛けられた個室があった。

 おそらく団長ボスはここにいるはずだと断定し、覚悟を決めつつ木製の扉を開けた。

 

 どうせあの程度の腑抜けの集まりだ、この先にいる敵も雑魚だろう。


 などと慢心はしない。

 アノマーノは誰よりも強い“世界の覇者”を目指す女だ。



(拘束されたセレデリナの運搬を委託され、奴隷商人とのコネクションを持つような社会性の強い人間。であれば、逆説的に信頼されるだけの腕力だって備えているはずなのだ。油断せずに行こう)



 と身構えてすらいる。






 この部屋はやけに広く半径50mはある円形な造りで、黒い瞳がどこか印象的な、金色の髪を長く伸ばし、赤い肌に額には一本角を生やした〈鬼人種オーガ〉がいた。

 一見すると兄のロンギヌスにも似たチャラけた若い男とも見えるが、彼とは違い顔には幾らか傷が目立ち、数々の戦場をくぐり抜けてきた戦士であることが伺える。おそらく彼が団長なのだろう。ひと目でわかる。



「よう! お嬢ちゃん、とんでもなく暴れ回ってるな! 報告聞いたよ」


「まあ、そいつもその後お嬢ちゃんに飛び込んでいってボロ負けしたようだがな」



 また隣には言うなれば2mはある巨躯な手足の生えたオオカミな、筋骨隆々で半裸の〈獣人種ビーストマン〉もいる。

 〈獣人種ビーストマン〉は〈人族ヒューマンズ〉で、他の団員達は皆種族〈魔族デーモンズ〉なのもあり少し浮いているが、彼なりの理由があるのだろう、不要に触れるべきではない。


 それに団長共々戦場慣れした警戒心を感じられる。いつこちらが不意打ちで攻撃してもすぐに会話を切り上げて迎撃してくるだろう。



「単刀直入に言おう。そこの団長と勝負したいのだ。余と共に閉じ込められていた女を助け出したくてな」


「へぇ、ついさっきまで牢屋で寝てたようなガキがよくそんなこと言えるじゃん」



 飄々とした態度でアノマーノを嘲るような受け答えをする団長。彼の言うアノマーノの立場に間違いはなく、返す言葉は見つからない。



「まずは俺と一対一で勝負だ。団長はお前の実力をその目で見たいようでな、つまり高みの見物をしたいってワケだ」


「いやそれは言い過ぎだよヴァーノちゃん……。ま、倒せば次はオレちゃんが相手って感じで、もし仮に俺らを倒せたんなら、その後は煮るなり焼くなりしてくれて構わないよ」



 最初は団長の右腕と思わしきヴァーノと呼ばれる〈獣人種ビーストマン〉が相手のようだ。


 明らかにめられているのは間違いない。彼以外の部下は全て倒したというのに、その事実を認知してなおこの態度をとれるのは、2人共それに見合う実力を持っていると認識すべきだろう。


 であれば二対一で勝てる相手ではない。話に乗るのが得策だ。



「わかった。その話を受け入れよう」


「ありがと、恩に着るよ」



 団長は他の仲間が全員倒されたというのにやけに気さくだ。どうにも掴みかねる雰囲気である。



「……じゃあ、始めようぜ」



 そして、ヴァーノが一言つぶやいた刹那、皆が口を閉じ、部屋が静寂に包まれると団長が指を弾いた。

 アノマーノとヴァーノは揃ってそれが戦闘開始の合図だと判断し、敵へと踏み込でいくッ!

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