第10話 明かされる真実
食堂には扉が3つあるのだが、アノマーノが入った位置から逆方向の扉をガチャリと開る音と共に、のほほんとしいて、言葉の最後を伸ばして話す穏やかで聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
「ごめんごめーん。キッチンでコーヒー淹れて貰ってたー。ここのは美味しいからねー」
入ってきたのはアノマーノ同様に
この瞬間、もしアノマーノが常識の範疇に収まるような人間であれば「余がピンチの時におらず、奴隷商人に売られかけたりた大変だったのだぞ!」と叫び殴りかかっていたに違いない。
だが……、
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
アノマーノは一歩一歩大きく踏み込みながら瞬発的に移動する〈縮地〉の歩法で一直線に食堂を駆け抜け、クリスフィアに両手で抱きついた。“世界の覇者”を志す者としての反応ですらない。
「うわぁー。大胆だね〜アノマーノ〜」
もしアノマーノが姉であるクリスフィアが好きな理由が「ただマデウス家の中で唯一自分に目をかけてくれる優しい人物だったから」などという推察をするならばそれは間違いである。
答えは――――マデウス家を代表する〈調停官〉として世界中を飛び回り、国家間に
だからこそ、彼女に憧れるあまり愛情とも呼べる心の揺らぎを産み、とんでもなく近い距離感でスキンシップをとってしまう。
「何……アレ?」
「愛が重すぎじゃん!?」
「昨日の威勢はどこに行ったんだか」
もちろん今のところ親愛の範疇を超えていないが、客観的に見れば重く過度な愛情であり、突然の再開とはいえ出会って直ぐに姉に抱きつく姿に周囲はかなり引いている。
「アノマーノー。そのまま抱きつかれるとお姉ちゃんの話も進まないからー、一つ一つ話を聞いてくれるー?」
「はーいなのだ!」
急に外見相応の幼く甘い雰囲気を醸し出すアノマーノ。
このまま放置してもセレデリナの現状等分からないこと尽くしだ。
本人もそれを察したのか、クリスフィアから離れる。
「まずねー、セレデリナちゃんことなんだけどー。アレはクリスちゃんが助けるためにわざとここに受け渡したのー」
そこから、クリスフィアはこれまで裏で起きていた出来事について語り始める。
***
第一に、そもそもとして〈バードリー義賊団〉とはクリスフィアが〈マデウス国〉とは別に個人で使役している私兵の集まりだ。
事はとある山賊組織を乗っ取ったのはいいものの、一般人からの略奪無しに生計を立てる手段に悩んでいたバードリーの前にクリスフィアが現れたところから始まった。
義賊団を名乗っている通り窃盗などは行わず、クリスフィアが〈調停官〉として表立った活動をしにくい裏社会での仕事を請け負っている正義の組織である。
続けてアノマーノが〈バードリー義賊団〉アジト内の囚人部屋に居たかについてだが、アノマーノが人さらいで生計を立てている野盗に誘拐され奴隷商人に売りつけられかねない状態になっていた中、ギリギリのところでその事実に気付いたクリスフィアの策略によって奴隷商人から牢獄ごと奪ってこのアジトに匿うことになったという経緯となる。
ただ強面な人間も多いため下手に本人たちに直接説明してもらっても信じてもらえる可能性が低く、割り切ってクリスフィアが合流するまでは奴隷商人に売りつける目的で拉致した野盗という設定で事を進めることになっていた。
獄中飯にしてはやけに豪華な食事が提供されていたのもその証拠。
最終的にアノマーノがバードリーを倒してセレデリナを救出するために暴れだしたのは誰にとっても予想外の事態だったが、死人も出ておらず今のところ団員達の間で目立った不満分子は出ていない。
またセレデリナについても似たような話で、彼女に恨みを持つ貴族のウランデル男爵が〈
そこで、元々セレデリナとは友人関係だったクリスフィアが動き出し、友を救わんと私兵であるバードリー義賊団を利用したという経緯だ。
結果、本来運搬するはずだったマフィアと抗争の末に入れ替わりセレデリナの確保に成功。
後は下手に解放すると勘違いで組織ごと血祭にしかねない女だからと、クリスフィアが個人で元凶である貴族のウランデル男爵を拉致してアジトに持ってくるまでの間は牢獄の性能を信頼して閉じ込めたままにしていたのである。アノマーノの保護とタイミングが重なったのは当然偶然だ。
つまり食堂の奥で束縛され悶えている〈
こう考えるとアノマーノはそもそもとしてセレデリナを救おうとした必要すらなかったように思えるが、あのタイミングでセレデリナに居場所と自由を与えるためのに戦うと誓わなかった限り、セレデリナはこの後も孤独な旅を続けるだけの人間になっていただろう。
だからあの戦いには強い意味が充分に存在したのだ。
***
「ってことなんだー」
「うむ。理解したのだ。なんというか、勝手に動いて申し訳ない」
「別にイイよー。おねーちゃんはアノマーノが強くなったことを知れてむしろ嬉しいからー」
クリスフィアの話が終わったところで、彼女はさらっとアノマーノの行いを、強さを褒めた。
そう、ようやくアノマーノはマデウス家の人間に己の力を認められたのだ。何気ない一言であったがアノマーノは大きな安心感を覚え、胸中に溜まっていたガスがスッと抜け落ちた。
なお同時にバードリーは元貴族であるが、アノマーノ兄であるロンギヌス・マデウスによって領地を奪われたことで、彼に復讐を誓い、そのために組織を立てたこともアノマーノに伝達された。
「なんで〈返り血の魔女〉がピンピンしてるんだよぉー!!!! こ、殺されるー!!!」
……一方クリスフィアによる情報提供が終わったものの、未だにウランデル男爵が泣き叫んでおり、セレデリナはボリボリと頭を掻きながら苛立ちを示し始めていた。
アノマーノ自身彼の悪行を理解しており、自ら慈悲を与える気にはなれない。
彼は今から死ぬのだな。と憐憫な眼差しを向ける。
「あーもう、うるさいわね……」
そのため、彼にセレデリナが瞬時に接近し、頭部を掴んで首を360°ぐるりと回し容赦なく即死させたことも咎めなかった。
部屋に鳴り響くグギィ……と骨が曲がる鈍い音は彼女の残忍さを嫌でも伝えてくる。
「あ、拷問して殺す予定だったのに即死させちゃった!? ねーねー、人を甦らせる
「1万年以上の歴史の中で誰もなしえていない偉業をならず者集団に求めるのはどうかと思うよ!?」
それに際して少々倫理観の欠けた会話をバードリーと繰り広げるセレデリナを前に食堂の面々は青ざめていく。
——これが〈返り血の魔女〉セレデリナだ。
この世界において、法に縛られず、ただただ強さを求め、邪魔する者には容赦のない孤独な暴君。
アノマーノは、自分が居場所を与えんとする獣の本性をその目に刻む。
だがそれこそが彼女を強くしている精神性であるとも同時に理解した。
むしろ居場所を与えた先にあるもっと上の強さを見てみたい。その背中を追いかけたい。そんな好奇心がより大きくなっていった。
「あっそうそう、アノマーノを買い取ろうとした奴隷商人についてはしばらく朝日を拝めないようにしておいたから安心しておいてねー」
「そ、それも了解したのだ」
しかもこの流れでクリスフィアは火に油を注ぐかのように、自身の冷酷な行いを告白した。この妹にしてこの姉である。こちらも大概愛が重く倫理観が怪しい。
アノマーノはこれ以上食堂の空気を凍らせたままにするのはまずいと判断し、あえてバードリーたちに質問を振った。
「そういえばバードリーが貴族の生まれであることを忘れまいと正装をして紅茶を嗜んでいるというのは理解できるのだが、何故ヴァーノが紳士服なのだ?」
バードリーは仕事のないプライベートな時間、貴族のようにあえて振る舞っているのだと。過去と現状から考えればそれは自分という人間のアイデンティティを守るための行いであり特に揶揄するつもりもない。
ただ失礼ながら、その隣にいるヴァーノは筋肉量のせいかサイズすら合っておらず彼の格好は非常に似合っていない。
これについてはバードリーが直ぐに答えた。
「あぁ、言ってなかったね。ヴァーノちゃんは貴族時代の執事で、他と違い行く宛てがないので家が潰れた時に連れてきたんだよ。つーかオレちゃん生まれた頃のコイツはまだガキだったから幼馴染みたいな縁なワケ」
「そういうことだ。あと、若の紅茶を淹れるのは俺って決まってんでな。その役目は誰にも譲らせたくねぇ」
「なるほど、良い関係なのだ」
アノマーノはスッキリした面持ちで改めて座席に着く。
ヴァーノが執事モードの時に限りバードリーを『若』と呼ぶのもまた可愛らしい話ではないか。と和んだからだ。
そうして、では次に……、と再び声をあげようとしたところ、セレデリナの野蛮な声音が放たれる。
「紅茶と言えば酒はこれで終わりなの?」
「まだ飲むのかよッ! ていうか紅茶と酒は嗜好品飲料なこと以外別モンだッ! 格式を持ちやがれッ!」
「このままじゃウチの酒蔵が底を尽きちまうぞ」
これらの話を続けている間にセレデリナはついに40本のビール瓶を飲み干していた。それなのに頬が赤くならずあまり酔った様子はない。酒豪の域を遥かに超えている。
「で、アンタはアタシを助けた。こんな裏で起きていた茶番にも気づかないでね。だったらさっさと教えなさい、アンタがこれからどうしたいのか」
そしてセレデリナはアノマーノに問う。何を持ってセレデリナに居場所を与えるつもりなのか。
これを前にアノマーノは、自身の今後の野望を皆の前で語る――
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