第2話 追放されし幼女
「ハッキリ言おう――お前はマデウス家に必要のない存在だ。無理に残ろうとするな。何者でもない人間として好きに生きろ」
父から言い放たれたその一言はアノマーノのあらゆる尊厳を蹂躙した。
***
この世界には、〈
大きく分けて2つの人間がいる。
前者は30年〜200年前後の寿命を持つ種族に対する呼称で、主に秀でた技術力が強み。
所謂普通の人間とされる
そして後者は200年〜数千年の寿命を持つ種族に対する呼称で、長い寿命を持つが故に多くの鍛錬を積み強大な戦闘能力を持つ個人が多い。
強靭にして暴虐——魔法にも戦闘力にも長けた優生種の
アノマーノは〈マデウス国〉の王にして、後者の
3人兄妹の末っ子で、生まれた当初はそれはもう皆に可愛がられていた。
ブリューナクの血縁者達は生まれながらにして才能に恵まれ、将来的には一人一人が国ひとつを支配できるほどの力を持つことになる。
アノマーノも当然、そうであることを期待されていた。
妙に
だが、ある日を境にその環境は大きく変貌を遂げてしまう。
アノマーノは8歳の頃、誕生日の深夜に突然と目を覚ました。
(心の中に道標を引かれている……何なのだこれは)
彼女は〈魔王家〉の住まう魔王城の廊下を歩いていく。
己を引き寄せるそれが何なのかはわからない。だが先を歩きたい。自身を導く存在の在処を知りたい。本能が勝手に動き出し、歩む足を止めることができず、とある場所へと向かっていた。
(こ、ここは……)
辿り着いたのは、〈魔王城〉にある武器庫の扉の前だった。
何故が普段は頑丈に鍵がかけられているが今日に限ってノーロック。
中にはまだ今の彼女が手にするには危険な物品の数々があり、それも普通の武器庫と違い神秘を帯びた伝説の武器や呪いの武器が幾多と収められている。
もちろんアノマーノは幼いなりにわかっていた。この扉を開ければ家族の皆に叱られることを。
なのに、この中へ入りたい。中にある何かが欲しい!
何故か本能がそう
扉の先に広がる景色は、人が百人入れる程には広いスペースにギッシリと、ガラスのショーケースに入った白く綺麗な直剣、5mはある巨人が撃つために作られた弓、石に突き刺さった不可思議な盾、赤い龍が閉じ込められた結晶石、壁には槍や
だがそれらの武器に対してアノマーノは何の魅力も感じない。
彼女を引き寄せるはただ1つ、複数に束ねられた鎖によって
象る形は大人が片手で持てる程度の木の棒に近く、それでいて扇状とも言える刃の付いた
一見すると秀でた魅力を感じられない。それこそ武器と呼ぶには頼りなく戦場よりは大工や農家等が携帯する一般的な工具であるが、アノマーノはそれを手にするために生まれてきたかのような確信を持って引き寄せられていく。
その両手で鎖を引きちぎり呪符を1枚1枚剥がしていき、手荒く粗暴な動きで、獣が餌を捕食するかのように。
――
――――
――――――
いつの間にか意識が飛んでいたようで、小鳥の鳴き声が聞こえる中でアノマーノは目を覚ました。
「……!?」
場所は当然武器庫なのだが、自分の周辺を見渡すと何故か手に持っているはずの斧がない。それどころか——封印を解いたがために散乱しているはずの呪符や鎖も見当たらない。
「うむ、きっとアレは夢なのだ!」
アノマーノは
そろそろ従者が起こしに来る時間だ、このことが家族にバレると何が起きるかわからない。ひとまずは何もなかったような顔で自室のベットへと潜り眠るふりをしなければ。
今はきっと、それでいいのだ。
しかし——その夜を境に、アノマーノの人生は敷かれたレールから外れてしまう。
***
朝食を終えると、彼女の日課が始まる。
まだ学校に通う歳ではないものだが、アノマーノは〈魔王〉の娘。将来〈
彼女はこの時間が何よりも大好きだ。
将来の夢はこの世界の誰よりも強い、“世界の覇者”になることだから。
それは、まだ言葉も曖昧にしか話せない2歳のある日〈魔王城〉に現れた、素性の知れない“あの人”に出会ったことで生まれた夢だ。
きっと——
間違いなく——
父よりも強いと思えた、“世界の覇者”だと思えた“あの人”のようになりたい。
ある意味人生最初の一目惚れとも言える憧れが彼女の心を大きく支えていたのだ。
だから3歳の頃から、常人の3倍はハードなトレーニングを重ねてきた。勉学にも妥協はなく、本来は3年、いや5年は先に学ぶことになる学問にも手をつけている。
故にその向上心によって家族からも強い評価を受け、愛されてきた。
のだが————
「〈セカンド・ダークフォース〉! アレ? 〈セカンド・ダークフォース〉! ど、どうしてだ、何故出ないのだ……」
魔法のトレーニング中、普段通りなら使えるはずの魔法が発動しなかった。
この世界の人間は皆が皆、魔力という神秘の力を携えており、それぞれの形式に沿った魔法図を想像しながら名を叫ぶことで、手のひら火を起こす、水を生み出す、雷を落とす、身体能力を強化する、傷の治癒、飛行能力の獲得等、多種多様な“魔法”というものを使うことができる。
この魔法は特に戦闘においては最も重要な技術とされており、己が武術に魔法を組み合わせて戦うのが戦闘における基本だ。
また、魔法には人それぞれに適正があり、大雑把には炎、水、風、雷、土、光、闇、治癒、支援等の種類に分かれる。基本的には誰もがひとつのみの適正であることが多いが、いずれかを複数を同時に操れる者もいる。ただ、それらは全て生まれながらのセンスといった形で変わることはない。
この中で、アノマーノは闇属性の適正を持っている。
「??????????」
そして、間違いなく彼女は現在練習中の魔法図を一寸も間違えることなく想像し、名を叫んだ。
なのに、何も起きない。
「うぅ……まさか昨日の夜のせいでバチでも当たったのだ……?」
アノマーノは少し涙目になる——
「おいおい、どうした? 急に魔法が使えなくなったのか?」
そんなアノマーノに、〈
彼は長男のロンギヌス・マデウス。チャラチャラとした外見からイメージがブレることなく普段から遊び呆けている男だ。
「ロン兄様!? そう、突然使えなくなったのだ!」
「おーうおーう。こりゃ悲しいなぁ」
ロンギヌスはアノマーノに対してヤケに嫌味たらしい態度だ。
それもそのはず、〈魔王〉ブリューナク・マデウスの子である3人兄妹の中でも彼は妙にアノマーノを嫌っている。努力が苦手な故に人一倍努力する彼女を見ると自分の弱さを嫌でも理解することになり、それが癪なのだ。
なんなら今のアノマーノの姿を見て、
(こんな嬉しいことがあるかよ! 急によくできた妹が無能になったんだからな!)
などと心の中で喜んでいる始末だ。
そしてマデウス家とアノマーノは、ロンギヌスにとって都合のいい展開へと向かっていく。
***
「……出来の悪い娘を持ってしまったものだな」
「アノマーノがこんなことになるなんて、私は悲しい」
その日以来、父であるブリューナクどころか、母のシェリーメアまでロンギヌスと同じようにアノマーノを下賎な目で見るようになった。
とはいえこれは当然だ。
例え彼女がどれだけ努力の天才であっても、武術だけでは戦闘能力の幅は必ず中途半端なところで頭打ちになる。
〈
言うなれば、魔法の使えなくなったアノマーノは〈魔王家〉にとって
それからのアノマーノは、食事こそ出るが家族と共に摂ることはなくなり、自室で孤独な時間が日に日に増えていった。8歳の少女が
「お姉ちゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁん」
「どーしたのー、アノマーノー」
結果、毎日のように唯一彼女を無下に扱わない長女のクリスフィアの部屋へ飛び込むようになった。
クリスフィア・マデウス——〈魔王家〉の長女であり、様々な国へと出向いて交渉をし続ける〈調停官〉を務めるエリート中のエリートだ。
しかも
彼女は常にニコニコと笑顔で、かえって何を考えているのかわからない。
故に心の底で頭打ちなアノマーノの才能をよく思ってはいないが、それを口に出すことは無い。アノマーノもまたそのことは理解しており、ただただ惨めな現実を受け入れた上でも甘えられるなら何かに甘えたかったのだ。
***
それでも鍛錬も勉学も怠らずに、アノマーノは日々切磋琢磨していた。
おかげで、何とか父を説得し、9歳からは全寮制の魔族学院に通うことを許可された。
魔族学院とは、文武ともに何十人といる専属教師の元、12年間の教養を積み優秀な人間として社会に出る人間を育てるための学院だ。主に貴族の子らが生徒の中心になっている。
アノマーノはそこで優秀な成績を納めれば家族が振り向いてくれると信じ、誰よりも勉学に励んで行くこととなった。
……しかし、10歳の誕生日のある日、自分の体の異変に気付く。
8歳から自分の身体が一切成長しておらず——ずっと幼女のままなのだ。
〈
どれだけ鍛えようが筋肉痛にならず、よって筋肉すら成長しないため魔法どころか身体能力も頭打ち。
であるならば……あの日の夜、一切の戦闘能力面の成長機能を失ってしまった。
そうとしか考えられない。
事実に確信を得た日のアノマーノは何時間もベッドにうずくまった。心の行き場など何処にもないのだから。
けれども、泣くのだけは我慢した。泣いてしまえばその事実を前に全てを諦めてしまう気がする。
何せ諦めしまえば——
“あの人”のように、誰よりも強い“世界の覇者”にはなれないから。
心構えだってそのひとつだ。諦めたらその時点で夢は潰えてしまう。
だから努力を続け、魔法学科を受けられないなら学問と武術に全てを注ぎ、受講する全ての教科において成績は全生徒中一位を常に維持。肉体が成長せずとも技はいくらでも身につけられると学内で習得可能なあらゆる武術を我がモノとした。
その功績を認められ、本来は7年ある修学期間も飛び級を重ね3年にまで縮めることができた。卒業前では全生徒を代表して表彰だってされた。
(これで家に帰ってくれば、きっとみんな認めてくれるはずだ)
そう信じてアノマーノは魔族学院を卒業したのだった。
***
「ロン兄様、どうだどうだすごいであろう? エッヘン」
「勝手に言ってろ」
――
「父上……」
「何が言いたい」
「いや、なんでもないのだ」
しかし、現実は彼女の心を裏切る。
家族の皆はアノマーノの努力を認めようとはしなかったのだ。
もちろん魔族学院での功績は評価されるべきであるが、魔法が使えないどころか明らかに肉体の成長が8歳のあの日から変わっていない。
そんな彼女を見て生まれる彼らの感情は失望の二文字である。
そうして最後に、まだだ。と、アノマーノは母のシェリーメアに声をかけた。
姉とは違ってほっそりとした体付きだが何処か若々しく、何故か常に冷めた表情をしている、妙に掴みどころのない人物である。
(きっと母上だけは余を愛してくれる。だから否定なんてせず認めてくれるはずなのだ)
ただただ答えに期待し、思いを馳せた。
「母上、余はここまでやった。余を、〈魔王〉の娘として生きさせて欲しいのだ! 余という個人を認めてほしいのだッ!」
しかし……その答えは。
「私にはわからぬ……何故アノマーノがそこまで頑張るのか。無理をしなくていいのに。どうして……」
――アノマーノが努力をすることすら望んでいなかった。
母に言い放たれた
しかもよりにもよって姉は〈調停官〉であり、ここ数年の間は仕事が忙しく家には不在。アノマーノが取り付く島などどこにもない。
そうして最後には、あの父の言葉によって叱咤され、完全なる一族からの追放を受けてしまったのであった。
「余は……マデウス家に不必要……」
「申し訳ありませんアノマーノ様。〈魔王〉様に逆らえるの者などこの世にはおりません」
メガネを掛けた女性の
もはやそれに従う以外の選択肢は残されていない。
もし姉がいれば間を割って止めてくれただろう。
しかし天命はそれを許さなかった。
***
それからアノマーノは、〈マデウス国〉の〈魔王城〉から続く王都をさまよい続けることとなった。
「ひ、ひもじいのだ……」
しかし、不幸は続く。
彼女が一族を追放された噂は早くも貴族や商人たちに伝播してゆき、無能な女に仕事を与えるような聖人など1人として現れやしなかったのだ。
家出もあっという間に5日が経過した。胃に何も入っていない状況が続いており、水分もロクに取れていない。もはや餓死寸前の中、アノマーノは路地裏で倒れ込む。
ゴミ漁り等で胃を埋めようにも質量が足りない上に彼女は上質な食事に慣れた温室育ちなために汚れた食物を消化しきれない。商人たちの下働きから地道に初めて行くことすら許されないのだから、ある意味必然的な状況である。
「これが余の人生の終わりだと言うのか……誰にも期待されず、唯一目をかけてくれるお姉ちゃんすら助けてくれない。あぁ……あの斧にさえ触れなければ余の人生は変わっていたのだろうか。斧そのものが余を不幸にせんと誘惑した。それに勝つことこそが、“世界の覇者”になる試練だったのかもしれない。そんなことすらも理解できなかったのだと言うのなら、ある意味この結末は当然なのかも知れぬのだ」
他者からの失望、行き場のない絶望、一つ一つの要因が彼女にとっての希望の線を切っていく。
ならばこれで終わりなのだと理解してしまうのは必然だった。
「――いや」
……それでも、折れないのがアノマーノ・マデウスという女だ。
「諦めて……たまるか……なのだ……」
あくまで足掻きを見せる言葉を吐き出しながらアノマーノはガクッと倒れ意識を失った。
***
であればそこにいるには路地裏にて8歳の飢えて倒れた親も居ない女児が一人という状況だ。
「いい商品みっけ!」
スラム街の賊が狙って拉致するなど造作もない。
おそらく彼女が魔王の娘だということも知らないのだろう。
何せ魔族学院に通っている間は世間に顔見世をしていない人物であり、当時の姿を知っている者であろうがその間に肉体が成長し外見が変わっていると考え、眼の前にいる幼女を魔王の娘張本人などとは気づきはしない。
これこそが彼女が賊のアジトに隔離されるまでの物語だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます