この章では俺が命の危険に晒される

「あんた、国から派遣されてきたやつだな?」

 まちがいない、こいつは能力者だ。そんな奴の目的なんて一つに決まっている。

 こいつは、俺と舞依の敵だ。

 俺たちはそういう身なのだ。

「そうだといったら? ボーイ。俺は『世界気象庁WMA』から派遣されてきた。この辺にいるっていう能力者を殺すためにやってきたんだが、まさかこんなガキだったなんてな」

 この黒人、今何と言った? 能力者を殺すためにやってきたと言った。今ここにいるのは俺だけだ。俺を殺しても能力者を殺したことにはならないはずだ。

 こいつは俺を能力者だと勘違いしている! 

 黒人がこちらに手を向ける。俺の近くに設置されていた消火器に火の粉が集まってくる。

「死にたくなかったら俺を殺してみな!」

 爆発する! 瞬間、俺の体は飛びのいた! 同時に消火器から爆音と巨大なエネルギーが発散した。爆風によって俺の体は吹き飛ばされる。消火器の白煙と、爆発の黒煙で辺りは何も見えなくなっている。

「Oy my god! あのレッドポンプの中身は霧だったのか! コゾウ! 今からそっちに行くからな!」

 煙の中からおっかない言葉が飛んでくる。俺は体勢を立て直して駆けだした。能力者相手に手加減をするはずがない。ただの一般人の俺ならなおさら危険だ。どうにかしてあいつから逃げる方法を考えなくては。

 俺は三階のエレベーターとは逆の方に向かった。先ほどまで俺がいた土産物屋まで続く道を逆戻りしていることになる。とりあえず今はあいつから距離を取ることを優先する。身長に動かなくてはとか、そっちに行ったら行き止まりだとか、理性ではわかっていても、身体があいつから離れたがっている。

 その時、頭からちょろちょろとシャワーのような水しぶきを感じた。これはスプリンクラーだ。立ち上る炎の熱を感知したのだ。放射状に噴出された水がたちまち火の勢いを弱めていく。煙は水を孕み地に落ちる。爆発に伴う火事は収束に向かっていく……ように思えた。

「邪魔だぜ! そんなもので俺の爆風が消されるものか!」

 追いかけてきた黒人が手を振り払うと、複数台のスプリンクラーは爆音を立てて四散した。あいつ、根本から破壊してきたぞ。

「くそっ! このままじゃ行き止まりだ!」

 一目散に脚を動かす。運動不足の体に堪える。こんなことなら普段から運動しておくべきだった。

「待てよボーイ! そっちは行き止まりだぜ! 逃げずに戦え!」

「待てと言われて待つ奴があるか!」

 逃げ道もやがて終わりを迎える。俺は既に通路の奥のショップまで戻ってきてしまっていた。ここは背の高い商品棚が多く設置されている。なんとか陰に隠れてやり過ごせないものか。商品棚の影に隠れ、ぜえぜえと乱れた呼吸を押さえつけて息を潜める。

「俺は追いかけっこがしたいんじゃないんだ。さっさと出てきな。さもないと、ここを火の海にするぜ」

 あいつ、ここを丸ごと爆破する気か? そんなことをされたらひとたまりもない。俺はここで死ぬのか。俺が死んだらどうなる? あのバカでクラスメイトで良い友人の拓郎は悲しんでくれるだろうか。他のクラスメイトはどうだろう。親父はどんな顔をするだろう。死んだ母親は天国で俺になんて言うだろう。怒ってくれるかな。そして舞依は……。

 そのときピロンと電子音が鳴り響いた。LINNEの通知だ。なんだってんだ、こんな時に! 

「死ね、ガキ!」

 あいつは商品棚を端からすべて爆破し始めた。やがて俺の隠れている棚も爆破されるだろう。死の直前になって、俺はメッセージを読む。案の定、舞依からの通知。

『雨が降っているね』

 俺の商品棚は爆破される。周りの棚も、壁も。

 爆破の瞬間、俺は商品棚から飛び退いた。本能的に身体が反応した。しかし直接的な被害を逃れたのもつかの間、爆発の衝撃で床が落ちる感触があった。店内は煙と炎にまみれながら陥没していった。宙を舞う感覚。内臓がふわっとして気持ち悪くなる。俺は下の階に落下した。

 だが、俺は運が良かった。階下はザイオンピューロランドの名所『ザイオンキャラクターボートライド』。かわいらしいキャラクターとメルヘンな音楽とともに、ボートに乗って洞窟内の川を冒険するアトラクションだ。俺は幸いにも川に落ちた。落下の勢いは水に吸収され、炎は瞬く間に消えていった。天井を見上げると、ぽっかりと穴が開いてしまっている。壁にも大きな穴が開き、どんよりとした曇りの空が見える。そして、顔に降り注ぐ豪雨。そういえばさっき舞依が『雨が降っているね』と言っていた。

 そこで俺はピンときた。スプリンクラーは根元から爆破されたため、奴には効かなかった。でも雨なら? いくらあいつでも雲なんて爆破できないはずだ。この湿り気で、爆発の威力は弱まるはず。正面から立ち向かっていくよりも、ここに留まったほうが安全である。

 そして、あいつに追われる中で、俺は爆発の法則性に気が付いた。

 奴は物体を爆破することしかできない! 推測だが、空気中に何もなかったらあいつは爆発を起こせないのだ。思えば商品棚から飛び退いた時も、物質に集まる熱を感じて危ないと思った。

 何はともあれ俺は死ななかった。死ななかったからには生き延びることに全力を注ぐのだ。当たり前に思えるが、改めて意識することは重要だ。

 あいつは今、三階のこの真上にいるはずだ。二階と三階の間はゆうに二十メートルはある。ザイオンキャラクターの世界観を再現するために、空や雲などを立体的に作っているからそれだけの高さがある。いくらあいつでもそれだけの高さを、穴から直接落ちて追ってくるとは思えない。となると、あいつは俺を殺すために一度エレベーターホールまで引き返してから、階を下りこのアトラクションの中にまで来なければならないのだ。

 だいたいの場合、こういった建物は非常用出口が設置されているはずである。それもここのような建物の端の方に。そこからならあいつに見つからずに外に出れる。

 俺は川から這いずり上がった。水を含んだ服が重く感じる。岩肌が向き出た壁に近い草原に降り立つと、ポケットに違和感があった。というより、あるものがないような感じだ。そうだ、先ほどの落下でスマホを落としてしまったのだ。いつもポケットに入れていたから、ないと不安になる。舞依からのLINNEを無視してしまうことになるが、この場合は仕方がない。さすがに命が大事である。

 急いで非常用出口を探さなければ。草原のゾーンを駆け抜けていく間に、雨に濡れ続けるザイオンキャラクターたちとすれ違う。サナモロール、トーテムプリン、モチャッコ……。もちろんクノミちゃんやモイメロもいる。楽し気な音楽を背に、いない客に向かって虚しく音声が響く。悪いが、今はアトラクションを楽しんでいる余裕はない。

 走る間にもどんどんと地響きが大きくなっていく。あいつ、爆破しながら追いかけてきているようだ。出口を急いで見つけなければ。

 息も絶え絶え、全力で探し回った結果、草原のゾーンと森のゾーンの境目、ひときわ大きい岩に隣り合った大木のうしろに非常用出口があった。従業員用のようだ。扉の取っ手に手を掛けた時、ズシンと特別大きな地響きが起こった。ミシミシと天井がなる。そろそろ危ないかもしれない。

 扉を開けるとそれまでのメルヘンな世界観と打って変わって、無機質な通路が現れた。まっすぐ進み、二度目の扉を開ける。途端、ぽつぽつと頭に降りかかる雨。涼しい匂い。外に出たのだ。足元は非常用階段になっていて、段差の間から地面が透けて見える。地上と二階の間はやはり十五メートルくらいある。

 一息ついたのもつかの間、さらに大きな地響きが俺を襲う。地が揺れ、立っていられないような感覚。階段の手すりにつかまりしゃがみ込む。同時に、なんだか気温が上がってきた気がする。まるで建物が熱を貯めているような……。

 その時、建物全体に亀裂が走り、煙を立てながら派手に崩壊を始めた。あいつ、建物ごと破壊したのか? 世界が揺れ、足元が崩れ落ちる。俺はまたしても落下した……。

「悟くん!」

 地に着く直前、俺は誰かに、まるでお姫様のように抱きかかえられる。その声は何度も何度も耳にしたものだ。舞依が雨に濡れて泣いている。化粧が雨で流れて、目尻から黒い線が伸びている。

「良かった、本当に良かった。ごめんね、一人にさせちゃって。ここは危ないから離れよ」

「舞依……なんでここに」

 舞依は俺を地面に下ろすと、手を取って走り始めた。よろつく俺のペースに合わせて、時々こちらを振り返る。舞依は黒と白の交じったかわいらしいフリルのような服を着ている。この服を着ているのは相当気合が入っているときだ。

 まだ崩壊は続いている。巻き込まれる前に離れるべきだ。徐々に雨は強くなっていく。崩壊による土煙も、雨に吸い取られていく。

 舞依のおかげでなんとか命拾いをしたようだ。感謝をしなくてはいけない。この時ほど舞依が頼もしく見えたことはなかった。見た目によらず、舞依は強い女だ。

 建物の外周から大通りを目指す。しかし、危機が完全に去ったわけではない。あいつはまだ死んでいないかもしれない。俺たちを殺すつもりでここに来たのだ。能力者があれくらいで死ぬとは考えにくい。

 俺の予想は的中した。萎え行く土煙の中、瓦礫の上から、あの黒人が歌いながら姿を現した。

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