マレーシア編③行動力がヤバいタイプのオタクがあらわれた

シックボーで資金を4371MYRにまで増やした後、みんなを探す。フロアをウロウロとしていると、隅にある椅子で頭を抱えているM社長がいた。


「お、社長ー」

「お前、どうだった?」

「僕はバッチリ。今4371MYRです」


そう言うと、M社長の顔が一層暗くなった。これは聞かなくてもわかる。ボロボロに負けたんだ。この人のことだ。どうせ最初勝って気分をよくし、大金を賭けて負けたんだろう。ブラックジャックはディーラーの意図を介入させにくいゲームだが、だからこそ急に大金を賭けて勝てるゲームでもない。運なのだ。


「他のみんなは?」

「斎藤はルーレットにしがみついてる」


指されたほうを見ると、確かに斎藤ちゃんはルーレットにしがみついていた。目を見開いて回るルーレットを一心不乱に見つめている。目が回りそうだ。


「田中はタバコ吸いに行くっていってた」

「うわあ僕も吸いたくなってきたなあ」

「行けばよかやん」

「流れを切りたくないやん?」

「勝ってるやつはそうだよなあ」


ということは、田中さんもいくらか負けたんだろう。冷静になるため、ゆっくりと喫煙できる場所に向かったと。つまり、今ライバルになりそうなのは斎藤ちゃんただ一人ということだ。もっとも、M社長と田中さんが今後追い上げてくる可能性もある。


同じ卓について場を乱して来ようか。


そう思ってM社長から離れたとき、日本人観光客らしき人がキョロキョロと共同不審に歩いているのが目に入る。わかりやすく挙動不審な彼が面白くなり、僕は声をかけてみることにした。


「どうしたんです?」

「おお、日本人もいるんだ。カジノに来たはいいものの、どうしていいかわからなくてね」


彼は色々なゲームのテーブルを見ている。カジノ初心者か。ここはひとつ、先輩風でも吹かせてやりたいな。僕も今日が初カジノなわけだけど。ビギナーズラックで完全に気分を良くしていた僕は、彼に各ゲームの説明をした。彼はその説明を終始うんうんと頷きながら、熱心に聞いている。


「どれか興味惹かれるものありました?」

「んー。簡単そうなやつがいいな」

「それだとシックボーとか、ルーレットとかですかね」

「なるほどね。君はカジノよく来るの?」

「いえ、今日がはじめてです」

「どうしてカジノに?」

「フリーライターなんですけど、企画で仲間たちをカジノで勝負することになりまして」

「なるほど、面白そうだね」

「あなたはどうして?」


彼は少し間をおいた後、カジノに来た理由を話し始めた。


「俺は同人ゲームが好きでね。特に、R18のRPGが好きなんだ」

「ほう」


俄然、この人に興味が湧いてきた。僕は実際オタクだからいいが、相手の趣味もわからない初対面で同人エロゲの話をしてくるこの男は、間違いなくヤバい人だ。


「女主人公物とか結構やるんだけど、カジノって定番なんだよね」

「まあ、普通のRPGでも定番ですよね。ドラクエとか」

「色々なゲームに出てくるけど、実際行ったことがないから気になって来てみたんだ」

「なるほど、一種の聖地巡礼みたいな」

「そうそう!そんな感じ!君も結構オタだね?」

「アニメもゲームも漫画も小説も映画も好きですし、バリバリですよ」


こうして彼と完全に意気投合し、しばらく話し込んでしまった。彼の名前を仮にHくんとする。少し強面なので年上だと勘違いしてしまったが、実際は僕より年下らしい。僕はよく年下に見られるので、お互いに年齢を勘違いしていたようだった。


「さてHくん……勝負しませんか」


話を切り出したのは、僕からだった。どうしても、この人と何か勝負ごとがしてみたくなった。初対面で「彼もオタクかもしれない」という可能性にオールインし、見事「初対面で同人エロゲの話をしても引かない人間」を引き当てたのだ。勝負運があるに違いない。


「初心者同士……熱い勝負になりそうだ」


どうやら承諾しているらしい。


勝負は、ビデオスロット。先にボーナスステージに辿り着き、ボーナスステージ内でBIG WINを掴み取った方の勝ちとなるルールにした。資金が尽きたら、その時点で失格となる。資金は互いに均一にした。


隣同士の台に座り、同じゲームの台と向き合う。同時にスロットを回し、いざ勝負!


しかし、この勝負は非常に地味だ。ただ延々と回転するリールを見つめて、ベットボタンを押すだけのゲームなのだから当然と言えば当然かもしれない。昨今のオンラインカジノと比べ、このとき遊んだビデオスロットは比較的演出も地味だった。


そもそも、どうなればボーナスに行けるのかすらわからない。リスピンシンボルがあるから、リスピンを連続3回以上とかそのくらいだとは思うが、適当にボタンを押して眺めるだけだ。僕が日本のパチスロが好きになれない理由も、ここにあった。退屈!じっとしているのが苦手!動きたい!


此処から先はあまりにも地味なので割愛させてもらうが、僕は負けた。あの人おかしいよ。ベット額が。常に資金の5%をベットし続けている。10%法というのがカジノ業界にはあるが、まさかスロットでそれと似たようなことをやるとは。


ビデオスロットは賭け額が高くなるほど、ボーナスが当たりやすくなる台がある。あれはそういう台だったらしい。そうとは知らず、僕は低額ベットをし続けた。勝負だというのに、日和った僕の完全敗北だ。それにしても、Hくんはあまりに勝負師すぎる。


「勝った!スロットも面白いもんだなあ」

「え、スロットはじめてなの?」

「ギャンブル全般やったことなくて」

「え、はじめてであのベットを……?」

「勝負はハイリスクハイリターンじゃないと。仕事も勝負どきはリスクがかなりあるけど、リターンもでかいでしょ?」


はにかんでいる。はにかむな。僕が哀れに見える。僕は完全に、ビギナーズラックを引き起こしたHくんを前に敗北した。しかもこれは、みんなとの勝負に全く関係のないポケットマネーから出したものである。


結果から言えば、ポケットマネーから出した金額は全額擦った。


勝たねば!何がなんでも勝って金一封を!どうせ大した額じゃないけど!


「そろそろ勝負に戻らないとなあ」

「何にするの?」

「ここは一つ、カジノらしくバカラといこう」

「やはりバカラか。俺も同行しよう」


こうして、奇妙な友情を育んだ僕たちはバカラテーブルへと向かった。途中遭遇したM社長は、既に全額擦っており、最下位が確定していた。聞いたところによると、ポーカーで全額賭けて負けたそうだ。ハンドはA・A。役はスリー・オブ・ア・カインドだったそうだが、フルハウスに負けたとのことだった。


Hくんの勝負強さを、あの人に少しだけ分けてあげてほしいと切実に思う。


現在の総資金:変動なし。

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