第140話.穂高進一

無双を誇るルシヤの騎馬隊、無人の野を行くが如く駆けていた。その時、突如として矢じりの後ろに控えるその一角が崩れた。


ドォン!


火薬の咆哮。

小銃のはるか射程外から滑り込んだ銃弾が、馬の身体を突き抜けて破壊した。肩甲骨を砕いた上に、その向こう側に風穴を開けたのだ。同時に二頭の乗馬がやられ、二名が同時に落馬した。

銃声によって初めて危機を認識したソコロフ将軍が、ルフィナに言った。


「何だ!攻撃されたのか!?」

「……これは!?」

「ルフィナ!どうした、どこから狙われたのだ!?」


再び後列の兵が狙撃を受けて吹き飛んだ。遅れて銃声の高らかな声が届く。

ライフルの弾が進むスピードは音より速い。だから弾着に遅れて銃声が聞こえる事は当然ある。

しかしこの時代の一般的な小銃の精度では、音を追い越して数を数えられるほど遠距離からの狙撃は現実的ではない。


「まさか!まさか……!いえ、これは鷹(タカ)です!日本の鷹(タカ)が我々を狙っている!」

「どこからだ!」

「距離約1500メートル、三時の方向からです!」

「1500メートルだと?馬鹿な……」


高弾速のライフル弾とはいえ、引き金を引いた瞬間に着弾するわけではない。

銃口を飛び出てから、着弾するまでには一秒以上のタイムラグがある。その間空中を飛翔する弾は、重力によって落ちるし、風に煽られれば弾道は曲がる。

長距離での狙撃というのは緻密な計算によって行われるものであり、騎乗して移動している目標に命中させることは一般的には不可能である。


「やつならばやります。鷹が……あの時、あの時に殺しておけば!」


ルフィナの目の奥に黒い炎が揺らめいた。



……



「命中。次弾装填急げ」


穂高率いる狙撃隊二十五名は、八挺の狙撃銃を携えて彼方で砂埃を上げる騎馬隊に銃口を向けていた。


「八番、二ミリ銃口を右へ。二番銃口を一ミリ下げろ」


穂高の合図により、全員が狙撃銃の照準を調整する。


「よーし、今ッ!!」


掛け声と同時に、八個の銃口が同時に火を吹いた。空を切って飛ぶ大口径のライフル弾は、走り込んできた騎馬に吸い込まれるように命中した。


部隊に動揺が走る。

何事もないように穂高は次弾の装填と、銃口の向きを指示していく。これならば、もはや狙撃手は穂高の指の代わりさえこなせれば良い。

こんなことが出来るものなのか。それも眼帯をつけた、片眼の彼が。なまじ優秀な隊員達は、尊敬を超えて彼の能力に恐れさえ抱いた。


「どうでてくるかな?」


遠眼鏡を見ながら吾妻が穂高の隣で呟いた。


「どうかな。いや、足を止めたな」


どうやら向こうは混乱しているらしい。いくら訓練しているからといっても、馬も動物だ意にそぐわない時もある。好都合だ。


「射撃準備。よーし……今ッ!!」


再度、雪兎達が咆哮を上げた。平行に並んだ八本の矢が、それぞれの目標に向かってぶちあたる!


「命中!次弾用意!」

「この距離で、遠眼鏡もなく。隊長には見えているのですか?」

「見えている!無駄口を止めろ、銃口が射撃の熱で少しずれている。三ミリ左だ」


隣の隊員を諌めながら、次の射撃の準備をさせる。どう転ぶかわからんが、この場で彼奴等を殺しきれないと良くない予感がある。

逆にここで彼奴等を止めさえすれば、戦争は終わる!


「穂高!奴らこちらに向かってくるぞ!どうする!?」


落馬した者を置いて部隊を立て直した敵部隊は、こちらに突撃をかけてくる心算らしい。

正面にいるのは敵将校とルフィナ。ルフィナ・ソコロワだな。

ということは、あの将校が敵の親玉ということ!


「敵の大将が正面の大男だ!彼奴を討てば我々の勝利である。真っ向勝負をかけるぞ!」


時速60キロで1500mなら九十秒。全速力でこちらに突撃して来た場合、稼げる時間はそんなものか。それまでにどれだけの弾を打ち込めるか。

次の射撃準備が整ったところで、号令をかけた。


「しっかり引き金を引くタイミングを合わせろ。バラバラの点ではなく、面で制圧する!」

「「はい!」」

「射撃準備…よーし、今ッ!!」


蜘蛛の糸のような八本の弾道の糸をなぞるように、全く同時に銃口を飛び出した弾丸が、騎馬隊の何名かに命中した。

ルフィナ・ソコロワの識覚は、危険予知の能力。以前敵対した時には、狙撃を回避されて手を焼かされた。

だからこその同時射撃。少々回避したところで避けきれない平行同時射撃。分かっていても避けられなければ、見えていないのと同じ事だ。


『『ウラーーーーッ!!!』』


腹の底をえぐるような怒声が聞こえる。

こちらを正面に捉えた彼奴等は、全力でもって駆逐するために駆け出した!

騎馬隊の吶喊の声。あれは死を呼ぶ声だと身体のどこかが理解している。


「怯えるなッ!手を動かせッ!」


細かく震える隊員に喝を入れて、急がせる。

この瞬間が勝負だ、この瞬間に全てを……!


「た、隊長!見えているのですか!?」

「何度も……!見えている!」


蜘蛛の糸のように、それぞれの銃口から輝く弾道の線。それが八本はっきりと見えている。そして敵の騎馬がこちらに向かって動いてくる姿が!

だが何か、何かおかしい?


「おい、穂高!お前……眼が!」


慌てた吾妻の声を聞いて右手で、眼帯のない方の目を触る。ぬるりとした感触。これは、なんだ。


「その血は……!」


穂高の目から、血の涙のような物が溢れ、その眼球を真っ赤に染めていたのだ。これでは何も見えるはずがない。

だが、敵の姿と銃口から出る弾道の線「だけ」は、はっきり見えた。


「問題ない。四番、手がブレているぞ。六番、銃口を二ミリ上げろ!準備しろッ!!」


八個の銃口が、同時に火を吹いた。

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