第138話.首長ト将軍
明而四十一年、六月八日。
ルシヤ軍、司令部に一人の将校が現れた。
「ただいま帰還しました」
凛とした声に、皆が一様に振り返る。そこに立つのはルフィナ・ソコロワ少佐であった。
「おぉ、ルフィナか。任務遂行ご苦労だったな、身体に変わりはないか?」
ルフィナ・ソコロワは心の中で唇を噛んだ。父親であるソコロフ少将の、体を気遣うその心遣いが気に入らないのだ。
豪傑な将軍であった、他の将校らには激烈に当たっているのを知っている。彼は彼女が娘だから、女だからと甘い態度を取る。
彼にはその自覚は無いし、客観的に見てもそこまで区別はされていないのだが、それにしても、それがどうにも彼女のカンに触るのだ。
一種の被害妄想的でもあるが、気になり始めてはどうにもならない。
「ありがとうございます。ところで報告の通り、捕虜を連れて参りましたがいかがしましょうか」
「ん、そうか。見よう」
ルフィナは短く返事をすると、奥から一人の人間を引きずり出した。その男は後ろ手に縛られて、ひざまずいた格好である。
それはニタイの民の首長その人だった。
「言葉は通じるのか?」
「わかりません、ルシヤ語は通じないようです」
「土着の人間か。このような者が我々の邪魔をしていたとはな」
将軍は首長の前髪を掴んで、顔を上げさせた。彼は苦悶の表情を浮かべながらも、将軍の目をジッと見た。
中途までは、ニタイの民の襲撃は上手くいっていた。夜襲を得意とする彼らは、少ない兵力でありながらも上手く隠れ、一撃を加えて姿をくらませる。そんなやり方で戦果を上げていたのだった。
しかし暗闇でも攻撃を察知できるルフィナ・ソコロワの率いる部隊により、ついには撃滅させられたのだ。半数は離散し、残りの半数はその場で討ち取られたか捕虜とされた。
「おい、言葉がわからんのか。命乞いしてみろ」
『……』
「おい!」
『乞う命などあるものか、意思は継がれた』
ニタイの首長は口の端を歪めながら、ぽつりと言った。
「何を言った?」
「わかりません。日本語でもないようですが。貴様もう一度言ってみろ」
『……』
しばらく待っても何の反応もなくなったので、将軍は諦めて乱暴に手を離した。
「もう良い。収容所にでも送っておけ」
「はい」
ルフィナが合図をすると、何名かの士官が入室して彼を連れ出した。後方に捕虜の収容所はある。しかし物流が滞っている現状では、果たして無事に辿り着けるのだろうか。言ったソコロフ将軍にもわからないし、そんなことを考えてやる気もない。
「戦況はどうですか」
客人がいなくなって静かになった後、ルフィナはそう問うた。
「ああ、突撃部隊は上手くいっている。まだ牙城は崩せておらんが、抵抗が弱まってきているのは確かだ。どうやら彼奴等は銃弾(タマ)が足りんらしい」
実際に、日本側の消耗も色濃くなってきている。銃弾が無いので石を投げて戦っていると言う話が、まことしやかに流れているくらいだ。
「ふっははは。このまま押せば勝てる。敵の弾がなくなるまで兵隊を送り込めば勝てるぞ、この戦争は!」
命の魂(タマ)より銃の弾(タマ)。ルシヤは兵隊の命を掛け金に、降りる事もできない日本に消耗を強いている。
これは独断専行であり、短期間であるから出来る事であるが、期限が決まっている彼らにとっては後の事など関係ないのだ。
「私も出撃しますか?」
「少し待て。お前には俺と一緒に出てもらう。虎の子の例の部隊も既に用意させてある」
「……!では閣下自ら」
ソコロフ将軍は今までもそうだった。いつも最後の決には前線で陣頭指揮を行って、そして勝利を重ねてきた。
「はっはっは!いよいよになればな、我が前には日本兵など子猿に過ぎん事を教えてやるわ!」
ソコロフ将軍は立ち上がって、そう叫んだ。
司令部にいる皆の視線が彼に集まる。彼の言葉には「ソコロフ将軍ならば、本当にやれるかもしれない」そう思わせる何かがあった。
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