第106話.火花
ぞろり。
背筋にゾッとする視線を感じて、振り返った。その先には、ルシヤの兵隊。先に見つけた五名とはまた別の兵隊だ。一組だけでは無かったのだ、こちらからも何名か登って来ている!
『居たぞ!!』
雷鳴のような声が浴びせられると同時に、私は地面を蹴った。
こちらは手負いの上、武器は無く丸腰だ。こんな有様ではどうもしようがない、三十六計逃げるに如かず。何も手出しする事は考えず、身一つで逃げるのだ。
折角捕虜に取った敵識者(ルフィナソコロワ)だが、捨てておくしかない。自分が生き残る事だけを考える方へ思考をスイッチする。
遅れて辺りに銃声が響いた
斜線が通らないように身を低くして、木を盾に石を盾に後ろに逃げる。
『囲め、回り込め!向こうは銃を持っていないぞ!』
『一人で近づくな、遠巻きから囲んで撃ち殺せ!』
『殺せ!殺せ殺せっ!』
好き勝手に罵倒してくれる。折角ここまで永らえた命だ、無駄死にしてたまるか。
タタンッ!
鼻先を掠めるように小銃弾が空を切った。
「……っ」
声にもならない呻きが漏れた。その場を飛びのいて後ろに下がる。上手く包囲してくれているな、囲いを突破して抜けるのが難しい。
武器……石でも投げてくれようか。いや、やめておこう。投石は確かに強力な武器と言えるが、小銃相手では分が悪い。身を乗り出したところで蜂の巣になるだけだ。
『良いぞ囲め!そっちだ!』
こうなれば、あれを使ってみるか。そう思って身を隠したまま叫んだ。
「おい!待て、こちらはルフィナソコロワを捕虜に取っている!」
『なんだ』
ざわりと、敵兵共がざわめいた。彼女の名は、一定の価値があるようだ。交渉材料にはなるだろうか。
「繰り返す、ルフィナソコロワは当方の捕虜となっている。今は生きている!そこから近づくな!」
どうしたものかとルシヤの兵隊達の視線が一人の男に集まった。指揮を執っているのはアイツだな。分かりやすくて結構だ。
「彼女はここには居ない、場所は私が知っている!ここで私を殺せば居場所がわからなくなるぞ!」
『誇り高き我がルシヤ軍には、女の兵隊などおら……ん』
だろうな。隊長らしき男が何か言ったが、それを聞き終わる前に飛び出して、再び走って逃げた。次の物陰に転がるように入り込む。
敵の返答など、はじめっから聞いてはいない。一瞬目線が切れればそれで良い。
慌てて小銃を構え直して撃ち込んできたが、私はもう堅牢な木の影に隠れた後だった。
間一髪。
足跡に銃弾がめり込んだのを感じた。一瞬遅ければ二度と走れなくなっていただろう。
『卑怯者め、コソコソ逃げるだけか!』
『死ぬのが遅くなるだけだ、早く死ね!』
勝手なことを言ってくれる。
十人からの武装している兵隊の前に、素手で躍り出るやつがどこにいるものか。肩で息をしながら、口の中で文句を言う。
ジリジリと攻め寄るルシヤ兵。こちらから何も攻撃できんのだから、そりゃ間合いも詰め放題だ。向こうからするとハイキングみたいなものだろうな。
なんとか引きつけて白兵、徒手空拳を喰らわせるしかないのだが。一か八かというか、勝ち目は殆ど無い。
敵兵のギラギラとした銃剣の刃が白く光っている。
左目に鈍痛。はしゃぎすぎたらしい、傷口が開いて包帯がわりの布切れにじわりと血が滲むのを感じる。息も上がってきた。
「追い込まれたな」
背中を冷たい泥に押し付けながら、一人で呟いた。肩を上下させて肺腑に酸素を送り込むが、一向に楽にはならない。
死ぬ時と言うのは、全く急に。予期せぬ時に、にわかにやって来るものなのかもしれんな。
ザッ。
至近距離から物音。潰れた左目の視野のその死角。
慌てて頭ごとそちらを向いて、右目で姿をとらえた。いつの間にか左後方側より回り込んでいたルシヤ兵。
軍帽の下から覗く顔は、無精髭が少し生えてはいるがまだ若い。痩せ型長身の青年だ。若武者ならではの大胆さで囲めと言うのも忘れて踏み込んで来たのか!
出会い頭に一言を発する間も無く、敵は銃剣を突き出した。それを紙一重で身をひねって躱す。
それと同時に踏み込んで距離を詰める……が片目の弊害か、距離感を見誤ってしまった。
空振りに終わった反撃をよそに、ルシヤ兵の翻した銃床が私の頭に打ち付けられた。
鈍い音が頭の左から突き抜けて右の耳に聞こえた。視界が飛んで転倒する。
「ぐっ……!」
受け身も取れず、頭から泥に突っ込んだ。
うつ伏せに倒れたところを、上から押さえつけられる。軍帽を剥がれ、前髪を掴まれて身動きが取れない状態で頭を持ち上げられた。
『鷹を捕らえました!』
私が武装していない事を確認した兵隊が、そう叫んだ。そして、こちらに顔を近づけて言った。
『ルフィナ殿はどこか』
なんだ。結構人気じゃないか、あの女。
さっきの男は何でも無いような口ぶりだったのにな。
「見つからないのか。机の中は見たか?石の裏は探したかな?」
『こいつ!ふざけるなよ!』
激昂したルシヤの兵隊に、顔を地面に叩きつけられる。口の中を少々切ったようで、血の味が広がった。
全く、年長者に対する態度じゃあないな。
折角答えてやったと言うのに。
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