第105話.死生観

『さあもう良いだろう』


彼女はもう十分だとばかりに、吐き捨てるように言った。


『この世界では私は勝った。それでいい、それが全てなんだ。父の、我が一族の汚名を払拭し、名誉を守った!私は死に、世界は閉じる』

「死んで世界が閉じるだと?そういう事か、くだらん」


聞き捨てならない一言に、つい口が出た。ルフィナの表情が険しくなる。


『何?』

「お前は私の左目を捨て身で奪ったと。それで満足だ。さあ死ねると、そう言いたいのか」

『そうだ。これで前世と同じ世界には辿りつかない。この世界を塗り替えて勝利したのは私だ!』


勝利だと。父だ一族だと言いながら、これだ。


「それは利己主義(エゴ)だ。お前は家の為だ、父兄の為だと言っておきながら、全く究極的には自分の事しか考えていない。それを他人のためだと称しているのだから救えない」

『負け惜しみだな。今回は私の勝ちだ、それは揺るがぬ』


ふん、と鼻で笑う。

今回はとは、まるで次回があるかのような言い方だな。


「今回は?」

『何が言いたい』

「今満足して死んで、この世界はどうなる?それで終わりなのか?何も変わらない、まるで今世が通過点のような事を考えているからそうなる。まるでリセットできるゲームのような事を考えているからそうなる。だから簡単に諦める」


彼女は俯(うつむ)きながら、絞り出すように口を開いた。


『やれる事はやった。やり遂げた』

「私はそうは思わんね。まだ足をやられただけだ。まだ命があるだろう。単に命を捨てるのは簡単だが、命を使うのは難しい」

『何が言いたい』

「来世はと気張るくらいなら、今を生きて、生き抜いて何とかしてみせろ。これだけやったから死んでも許されるなどと言うのは、ただの敗北者の戯言だ」

『敗北者だと……っ!』

「この世界はこの一つが全てだ。お前が死のうが続いていく、ひと繋がりの連続だ。お前が言うのは、残される者の視点に立てず自分中心の物の考え方から抜けられない子供の戯言だ。前世の記憶があるなどと大層な事をいうが、まるで子供が駄々をこねているのと何も変わらない」


人差し指で一本指を作って、胸を指す。


「生きろよ。自分本位から世界本位に思考を変えろ。本当に家の事を思うなら、本当に同胞の事を思うなら生きろ。戦争はここで終わりではない。それに戦争が終わっても家も祖国もその後続いて行くのだぞ。それを命の限り支えて行くのが本当ではないのか」

『ああ!くだらない説教などいらん』


そう言うと、彼女は下を向いて沈黙した。

クソ、私は敵兵相手に何を熱くなっているのだ。答えのないような問答をして何の意味がある。


落ち着け。


どうにも手前の命を軽んじている者には腹がたつ。しかし今はそんなことを気にしている余裕は無いはずだ。

ぎゅっと残った右目を閉じた。


「!」


何も見えない暗闇の中、微かに草木が踏まれる音が聞こえた。何者かがこの場所に近づいて来ている。それだけを実感として感じた。


どうする。

足音は大きく、そして数を増して行く。静かに目を開けた。彼女はまだ迫る足音には気づいていないようだ。


「少し頭を冷やしてくる。お前はここに残っていろ」

『……』


応答なしを了解とみなして岩棚を離れることにする。足音の主は敵か味方か、どちらにせよこちらから出向いて、先に発見せねばならない。



……



気配を追うと、すぐにそれらは見つかった。

ルシヤ兵が五名。彼らは間隔を空けて登ってくる。それぞれが小銃を構え、辺りを警戒しながら動いている。


このままこちらに向かって来ると、いずれ岩棚も見つかってしまうだろう。

どうする。みすみすルフィナを、ルシヤの識者を渡して良いものか。引き返して彼女を連れて逃げるか、このまま私だけ逃げるか。

それとも、見つかる位ならば殺してしまうか。


黒い考えが、一瞬頭を過ぎる。

だが駄目だ、捕虜にすると言った。捕虜を殺すなどと言う事はできん。


しかし、何もせずとも時間は過ぎる。

どうするべきか、決断は。

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