第107話.覚醒

「……ってくれ」

『何だと?』

「もうちょっと丁重に扱ってくれ。ルシヤは捕虜の扱いも知らんのか。先進国というのは聞き間違いだったな」


べっと血の混ざった唾液を吐き出した。痛みは無いが、顔面も口中も何か痺れたような感覚がある。


『何を!誰が捕虜か、お前はここで死ぬんだ』

「待て待て、降参だ。武装もしていない、それに捕らえたと言ったのは貴様だろう?』


ぐうう。と妙な呻き声を漏らした。

そうこうしているうちに、四方からルシヤ兵が集結してきた。


『どうしましょう』


未だに私を押さえつけたままの青年兵が言った。それに反応して、殺せ殺せ。のコールが敵兵の間で起こる。


『ルフィナ少佐の所在が分からんから、殺すのはもう少し待て』


そこで隊長らしき男が言った。


『少佐が見つかり次第、ここで殺す。見つからなくても殺す』

『非武装ですが、良いのですか』

『コイツにどれだけやられたか、知らんわけではないだろう』


挨拶がわりに一発、腹を蹴られた。衝撃で肺から空気が飛び出て、息がつまる。


「かはっ」

『草木に紛れて隠れて撃ち込んで来るなどと、コイツは卑怯な蛮族だ。人間にもなれん蛮族に捕虜も何もない。殺して首を切り取って持って帰る。鷹の最期の瞬間は、泣いて鼻水を垂らしながら命乞いをしていたと貴様の仲間共に言っておいてやる』


そう続けた。

許せん、許せんが何を言い返す事もできない。口をパクパクさせて酸素を求めるのが精一杯だ。そうこうしていると、遠くからルシヤ兵の声が聞こえた。


『小隊長!ルフィナ少佐を発見しました!』



……



ルフィナが二名の兵士に支えられて、目の前まで来た。私はと言うと、縄で後ろ手に縛られて地面を転がっている。


『気分はどうだ、鷹』


ルフィナが言った。


「良い気分じゃあないな」


『お互い満身創痍だな。だが、私と貴様とでは決定的に違う事がある』


なんだ、と聞き返すまでも無く続けた。


『私には仲間がいる。偉大な皇帝陛下の部下、ルシヤの兵らが居るのだ』


そう言って何か感じ入っているのか、彼女は涙ぐんでいる。はっきり言うと、阿呆である。そこの部下は、ルシヤには女の兵隊などおらんと言っていたがね。


「そうか」

『同じ識者だ。最期の言葉を聞いてやる。言ってみろ』


死にたい死にたいと言っていた女兵士は何処へやら、随分と大上段から言ってくれる。最期の言葉か、考えた事もなかった。


「ああ。言葉では無いが、一つだけ願いがある」

『願いだと』


静かに、落ち着いた声で言った。


「煙草を一本くれないか、最後に一本だけ吸わせてくれ。ルシヤの識者であるルフィナソコロワが日本の識者である鷹を討ち取ったんだ。前世からの因縁も終わりだ、最後に願いを聞いてくれても良いだろう」

『……わかった』


ルフィナは近くの兵に顎で指図して、煙草とマッチを用意させた。


『吸え』

「手がこれでは」


後ろ手に縄で縛られているのだ、それらを持てるはずも無い。外してくれと目で訴える。


『ほどいてやれ』

「感謝する」


自由になった両手で煙草を一本つまみ出して、口にくわえた。マッチを受け取り、火を点ける。

ルシヤ兵に緩んだ空気が流れた。今から処刑される男を眺める気持ち、それはどんな気持ちだろうな。

憐れみか?いや、愉悦か。

どちらにせよ油断、その間隙を突いて私は叫んだ。


「今だ!!」


パァンッ!

叫び声に合わせて銃声。私の背後の男の頭に穴が空いた。私はそのまま後ろに飛び退いた。ルフィナが豆鉄砲を食らったような顔をした。

吾妻だ、前方に吾妻が潜んでいて狙撃したのだ。流石に同じ釜の飯を食った仲だ、以心伝心の技だった。

一瞬動揺したルシヤ兵らであったが、よく訓練されている。狙撃弾が一発であった事もあり、すぐに体制を立て直した。

こちらを追う者と、吾妻を狙う者に分かれて小銃を構えた。そこに真横から私に声がかけられる。


「タカ!大丈夫か!?」


ウナだ、密かに潜んでいた彼が藪から飛び出て、何かを私に押し付ける。それは雪兎だった。


「ああ、助かった」


その黒い長大な狙撃銃を手にした瞬間、私の中で何かが弾けた。それは、識覚の話を聞いた時にハマったそれだ。

このような至近距離で、狙撃の為に作られた銃を手にしてどうなる。しかし頭の中には、やれると言う実感だけがあった。

ルシヤ兵らの銃口が全てこちらを向き、引き金に手がかけられた。


『殺せっ!鷹(にほんじん)を逃がすな!』

『駄目だ!鷹は再び爪を持った。無理だ!』


ルフィナがそう叫ぶ。

その刹那、辺りがまるでスローモーションのように遅く感じ、そして敵の銃口から飛び出る弾道がはっきり見えた。

その線を当たり前のように、最小の動きで回避して、手近な敵に向かって雪兎の銃口を向ける。


タタァン!


全ての敵の弾は、私の脇を掠めるように抜けていく。腰だめに構えた雪兎の引き金を引いた。銃口から炎が上がる。

その銃弾は、敵を射線上の二名を同時に引き裂いた。一人は腹の半分が吹き飛んで。もう一人は哀れにも腰骨が砕けたようだ。

地面で支えずに撃ったものだから、強大な反動で重心が空に跳ね上がる。


『撃て!撃てッ!!』


命中弾がなかった事に驚いたのか、小隊長とやらが叫んだ声には怯えが含まれていた。

再び、こちらに向けた発砲が起こった。しかし、先と同じように射線が見える。どこをどう弾が通るのかわかるのだ。


何を恐れる必要があろう。

それらの弾道を一瞥して当たらぬと判断すると、冷静に雪兎のボルトを操作し次弾を装填し、薬室を閉鎖した。


タタァン!!


銃声。

銃弾は、完全に線をなぞる。ルシヤの銃弾は全て狙い通り、虚空に消えていった。

お返しとばかりに再び発砲。狙いはルシヤ兵の頭部。それは一瞬で失敗したスイカ割りのスイカのように砕けて消えた。


『何がどうなってる!』

『幽霊だ……やはり鷹に弾は当たらないんだ!身体が透けてるんだ!』

『撃て!殺せっ!!』


繰り返す事数度。何度やっても、私の身体には銃弾は触れることが無かった。

最後に残った兵隊の一人は、困惑した顔のまま絶命した。これでルフィナソコロワを除いて全員死んだ。


我々は三名で十人からのルシヤ兵を全員殺した事になる。生きて帰れたら表彰してもらえるだろうか。

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